第92話 意地悪な人と優しい人

 

 エレナを見送ったあと、公園のベンチには、飛鳥とあかりの二人だけが残った。すると、一瞬の沈黙を挟んだあと


「えっと……どっちだっけ、聞こえる方?」

「え?」


 不意に、飛鳥がそう言って、あかりは目を丸くした。"聞こえる方"とは、つまり耳のことを聞いているのだろう。あかりは、一瞬キョトンとしたあと


「あ……えと、左です」

「左ね」


 すると飛鳥は、そのままベンチの左側に腰かけた。それを見て、あかりは更に困惑する。


「え!? なんで座るんですか?」


「え、ダメ?」


「ダ、ダメと言うわけでは……」


 ──そういえば、この人なにしに来たの?


 飛鳥の行動に、あかりは改めて首をかしげる。それに、今の行動には、不覚にもドキッとしてしまった。


(……私が聞きとりやすいように、わざわざ左側に移動してくれたんだ)


 さりげなく、気遣ってくれたのがわかった。きっと彼は、こういう気遣いをさりげなくスマートにこなせてしまう人なのだろう。


 しかも、この見た目と人懐っこい性格。きっと、誰にでも優しくして、女の子を勘違いさせるタイプの人間だ!


(なんて、タチの悪い……)


「座らないの?」


「ぁ……」


 すると、ベンチの横で立ちすくむあかりに、飛鳥が「早く座れば?」とばかりに声をかけてきた。


 だが、この大学の人気者と、ここで二人っきりになるのは、あまり良くないような気がする。


 しかし、そう思っても今更、遅い。あかりは、仕方ないかと腹をくくると、飛鳥の隣に少し間隔をあけて腰かける。


「あの、私になにか、ご用ですか?」


「あー……ちょっとまってね」


「?」


 ニコニコと笑顔を絶やさない飛鳥は、バッグの中から、小ぶりの手提げ袋を取り出した。そして、それをあかりに差し出してきて、あかりは、更に困惑する。


 無理もない。何かを貰うほど、この人と仲良くなった覚えはないからだ。


「そんな顔するなよ。おばあさんに失礼だろ?」


「え? おばあさん?」


「この前、会った大根とカボチャのおばあさん。さっき、たまたまバッタリあったんだけど、コレをあかりに渡してほしいって」


「え? 私に?」


 差し出された手提げ袋の中を見れば、そこには、和菓子の箱が入っていた。

 

(おばあちゃんに頼まれて、わざわざここまで、届けに来てくれたの?)


 そんなことを思いつつ、あかりが、再度飛鳥を見つめるば、彼は『なんで俺が』と軽く悪態づいているのが見えた。


 だけど、嫌なら断ることもできたはずだ。それなのに──


(なんだか、意地悪な人なのか、優しい人なのか……良くわからない)


 でも、こうして、おばあちゃんの気持ちを届けにきてくれたことは、素直に嬉しかった。


「ありがとうございます。今度、おばあさんに、直接お礼しにいきますね」


 すると、あかりはまたふわりと笑って飛鳥に微笑みかけ、その陽だまりのような笑顔を見て、飛鳥は小さく息をつめた。


(本当、なんなんだろう。この感じ……)


 どうして、あかりといると、こんなに"懐かしい気持ち"になるのだろう……?



「あ、それより、あなた同じ大学だったんですね?」


「え?」


 すると、感傷に浸る間もなく、あかりがまた問いかけてきて、飛鳥は、先日大学でばったり出くわした時の事を思い出した。


「あー、そう言えば、お前、なんで俺のこと無視したの?」


「っ……無視したくもなりますよ! なんで一緒に歩いてただけで、命の危機にさらされなきゃいけないんですか!?」


「は? なにそれ、意味わかんない」


「それに、同じ大学で同じ学部で、しかも先輩だなんて、あなた一言も言わなかったじゃないですか!」


「あー、それで睨んできたんだ。でも、言っとくけど俺は、赤の他人にわざわざ個人情報ばらしたりしないよ~。むしろ、お前の方こそ、危機管理がなってないんじゃない?」


「え?」


「名前も知らない男に、通ってる大学だけじゃなく、学部、住所、それに一人暮らしだってことまで知られるなんて、俺がマジで"変質者"だったらどうするつもりだったの?」


「……っ」


 ニコッと爽やかに笑って放たれた飛鳥の言葉に、あかりは絶句した。


 確かに、安藤達に聞くまでは、彼の名前すら知らなかったし、今でも知っているのは大学の先輩と言うことだけだ。


 名前も素性も知らない相手に、これだけの情報を引き出されていたのかと思うと、流石に自分の危機管理能力を疑いたくなってくる。


「本当、バカだよねー。そんなんじゃ、いつか襲われちゃうよ?」


「ッ……そうですね。 あなたのこと、して気を抜いていたようなので、今後はこのようなことがないように気を付けます」


「………お前、ホント可愛くないよね。忠告してやってるんのに、もっと愛想よくできないの?」


「そちらこそ、さっきから『お前』とか『バカ』とか、何なんですか?」


「あー、それはごめん。俺、ちょっと口悪いんだよね。子供の時に、友達を作らないように、無理して冷たく接してた頃の癖が抜けきらなくて」


(何この人!? なんか、すごい闇を抱えてるんだけど!?)


 あえて、友達を作らなかった!?

 まさか、この人気者から、そんな言葉が飛び出すとは!?


「まぁ、俺、こんな見た目だからさ。けっこう色々あったんだ。痴漢とか、変態に追いかけられたり、コレクションにされそうになったり」


(……コレクション??)


 何が? 何を??

 さすがに、その言葉には、あかりも頭を抱えた。

 

 だが、その後、視線を落とし、どこか遠くを見つめた飛鳥は、とても悲しげな表情をしていて、あかりは目を見開いた。


 もしかしたら、見た目がいいが故に、怖い思いをしたり、苦労したことも、たくさんあったのかもしれない。


「……そうなんですね……それで、んですね?」


「いや、出来なかったじゃなくて、ね? なに、その可哀想な奴みたいな言い方」


 だが、その後飛び出してきたあかりの言葉に、飛鳥はぴくりとこめかみを引くつかせた。いちいち、癇に障る女だ。


「あ、すみません。そういうつもりじゃなくて……ただ、その見た目だと、やっぱり友達作るのも苦労するのかなって思って……実はエレナちゃんも、友達ができないみたいで」


「え?」


「あの子、去年の冬にこちらに引っ越してきたんですが、あの見た目で、しかもモデルの仕事もしているからか、なかなかクラスに馴染めないみたいで……それに、他にも色々と悩みがあるのに、私は、全く助けてあげられなくて……っ」


「……」


 そう言って、表情を暗くしたあかりは、大切な友達だと言っていたエレナのことを、まるで自分のことのように心配しているようだった。


 そして、そんなあかりの言葉に、飛鳥は再度エレナのことを思い浮かべた。


(あの子……モデルしてるんだ)


 その姿が、幼い頃の自分と重なったからか、飛鳥は、その瞳に、わずかばかりの影を落とす。だが、その後、また、あかりの方から問いかけてきた。


「あの、神木さんなら、エレナちゃんの気持ち、少しはわかるなかと思ったんですけど」


「え? あー、それはどうかな? 俺は、友達を作らなかっただけで、普通にしてたら、あっちから寄ってきてたから、友達作りで悩んだことないんだよね?」


「あー、そうですよね~。一瞬でも、あなたにエレナちゃんの気持ちがわかるかもと思った私がバカでした」


「は? そっちから聞いといて、なにその態度」


「いいえ。でも、あなたほどの人気者なら、友達を作るにしても、恋人作るにしても簡単にできるのかな~って……実際、悩んだことないみたいですし。特に、恋人作りには苦労しなさそうですよね! あなたに憧れての彼女になりたがってる子、たくさんいるみたいですよ?」


「……」


 にこやかに笑う、あかり。

 だが、飛鳥は、そんなあかりから視線をそらすと


「……簡単なことじゃないよ」


「え?」

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