第93話 大切な人と拒絶
「簡単なことじゃないよ」
すると、予想外の言葉に、あかりは目を見開いた。
「え?」
「確かに俺こんな見た目だから、女の子からよく声もかけられるし、他にもいろんな誘い受けるけど……でも、そういう誘いを断るのって、結構大変なんだよね?」
「え? 断るんですか?」
「当たり前だろ、俺……もう……」
薄く笑みを浮かべた飛鳥は、呆れたように笑い、また目を細める。
「良く言われるよ。なんで彼女作らないの?とか、女の子選び放題なのにもったいないとか……外見がいいから、良く告白もされるし、彼女になりたい子もいっぱいいるみたいだけど……俺、もう彼女つくる気になれないっていうか……どうすれば……
「──え?」
その瞬間、あかりは瞠目する。
弱々しく放たれた言葉は、あまりにも、彼に似つかわしくない言葉だった。
春の風が揺らすその金色の髪の隙間からは、どこか悲しげな青い瞳が見えた。
それはまるで、何かに怯えているような、そんな弱々しげな色を秘めているようにもみえて、あかりは、飛鳥のその瞳から目が離せなくなった。
「神木さん?」
「……エレナちゃん」
「え?」
だが、その後また、飛鳥が呟いて
「まだ、出会ったばかりの子なんだよね。それなのに、なんで、そんなに親身になれんの?」
「……」
だが、その次に放たれた言葉は、どこかイラついているような、そんな棘のある言葉だった。
まるで攻めたてるようなその声色に、あかりは反論もできず、ただただ飛鳥を見つめる。
「大切な友達とかいってたけどさ、友達つくったり、恋人作ったり、そんなに簡単に大切な人増やしてどうすんの?」
「……」
「許容範囲ってあるだろ、自分の。自分の手から取りこぼした人はどうなんの? 彼女作れとか言われても好きにもなれない子、守ってあげられるほど、俺も暇じゃないんだよね。それに……"守る"って、そんなに簡単なことじゃないだろ……なのに、わざわざ人を好きになってまで、大切な人を増やすなんて……っ」
「怖いですか?」
「は?」
だが、その声に、飛鳥は咄嗟に息を詰め、そのままゆっくりと、あかりを見詰めた。
「……な、にが」
「ですから、あなたが、人を好きになれないのは、大切な人を増やすのが怖いからですか? 今のあなたは、まるで……
「…………っ」
その後、ザァァァと木々が揺れる音が吹き荒れると、それは同時に二人の頬を撫で、髪を揺らし、言葉を攫った。
長い長い沈黙が続いて、数秒間見つめ合うと、その後、薄く口角をあげた飛鳥は
「はは……俺、君のこと、嫌い……かも」
そう言って、どこか貼り付けたような笑顔を浮かべると、飛鳥は、荷物を手にベンチから立ち上がった。
「まーいっか。 もう、話すこともないだろうし。それ、確かに渡したよ。じゃぁね───
軽く小首を傾げて、別れの挨拶をする姿は、特段普段と変わりなく見えた。
でも、背を向けた彼のその声は、決して好意的な声ではなく……それは明らかな『拒絶』を意味しているのがわかった。
「……あかりさん、ね」
一人残ったベンチに残って、あかりが小さく呟く。
怒らせてしまったのだと思った。
今の言葉はきっと、彼の逆鱗にふれてしまうものだったのだろう。だけど、あまりにも泣き出しそうな声で、言葉を放つものだから
──つい、気になってしまった。
「図星……だったのかな?」
大切な人を、増やしたくないだなんて
大切な人を、増やすのが怖いだなんて
失ったことがあるのかな?
『大切な人』を……
でも、あんなにもたくさんの人から好かれて、愛されている人なのに、当の本人は、他人を愛することができないなんて……
なんだか、それは──…
「……はは……人を好きになれないのは、私も
◇
◇
◇
────バタン!!
「ひっ!?」
その後、飛鳥が自宅に帰ると、リビングの扉を開けた瞬間、華と蓮はビクリと肩を弾ませた。
いつもより乱暴に開かれた扉。見れば、そこには、帰宅した兄が酷く神妙な面持ちで立っていた。眉間にシワを寄せ、ただならぬ雰囲気の兄。それを見て双子は、ただただ硬直する。
「……あ、飛鳥兄ぃ? どうしたの?」
「別に……蓮、これ頼まれてた漫画とノート」
「え? あ、ありがとう……!」
華が恐る恐る問いかけると、飛鳥は蓮に頼まれていた荷物をさしだし、早々にリビングから出て行った。
そして、その姿を見た双子は
「ちょっと、何あれ!?」
「知るかよ、俺が……っ」
「蓮、アンタが漫画とか頼んでパシリに使ったからじゃないの!?」
「はぁ!? 出るときは、いつも通りにこやかだったっての。俺にせいにすんな!」
「じゃぁ、何であんなに機嫌悪いの?」
今の兄は、一切笑顔を浮かべていなかった。
あんなにも余裕のなさそうな兄は、とても久しぶりに見た気がした。
(何か……あったのかな?)
兄が出ていった扉を見つめると、華はいつもとは違う兄の姿に、少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。
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