第91話 飛鳥とエレナ


「俺が……なんだって?」


 あかりとエレナが振り返ると、そこにはが立っていた。


 その清々しいくらい綺麗な笑みをうかべた人物を見て、あかりは、とっさにエレナを抱き締め、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。


「な、なな、なんで……!?」

「?」


 蒼白するあかりを見て、エレナが首をかしげる。

 

 とても恐ろしいものでも見るのように怖がるあかりをみて、エレナは、その青年をマジマジと見つめた。


 金色の長い髪に、青い瞳。そして、とても整った顔立ち。その青年の姿は、まさに──


「あ! この人が、お姉ちゃんが言ってた、!?」


「え!? ちょっ、エレナちゃん!?」


 まるで追い討ちをかけるように、エレナが発した言葉に、あかりが更に蒼白する。


 一体、いつから、いたのだろうか?


 少し涙目になりながら、あかりが恐る恐る飛鳥を見上げると、飛鳥は、どこか呆れたような笑顔で


「へー……性格の悪いお兄さんねぇ」


「う……あの……これは、別に陰口を叩いていたわけじゃなくて……っ」


「へー、なんだっけ? チャラそうで、ホストみたいで、詐欺師みたいで? おまけに、女の子もてあそんで喜んでる悪魔みたいな人だっけ? これのどこが陰口じゃないのか言ってごらんよ。ゆっくり聞いてあげるから」


「……ひっ」


 ──怖いッ!!!


 その姿は、とてもにこやかに笑っているのに、もはや、怒っているオーラしか感じなかった!


「あ、あの、ごめんなさい……!」


「あかり、お前、俺になにか恨みでもあるの?」


「いや、あの、今のは、私が悪いです。ただ、その、何とかなりませんか? せめて『さん』をつけるとかして頂きたいんですけど……」


「え? なんで?」


「なんで!?」


「別にいいだろ。呼び方なんてなんでも」


「よくないです! 呼び捨ては困ります!」


「なにそれ。お前、俺に名前で呼ばれたら死ぬ呪いでもかけられてんの?」


 ──いや、まさしくそんな感じだよ!!

 あかりは、心の中でつっこんだ。


 悲しきかな、第一印象はとても良かったはずなのに、色々あったせいか、飛鳥はあかりの中で既にとなりつつあった。


 なにより、彼のファンに下手な誤解を抱かせないためにも、ここはなんとしても、呼び捨てだけは回避しておきたい!


「とにかく! お願いですから、呼び捨てにするのはやめてください!」


「……」


 あかりが、必死に頼み込む。

 すると、飛鳥は


「あー、なんか、そこまで言われると、


(うわ!? やっぱりこの人、性格悪い!!)


「ていうか、あかりは俺のだよね? に向かって、そんな態度とっていいの?」


「……うっ」


 そして、またもや意地悪そう笑みを見せた飛鳥をみて、あかりは言葉を失った。


 確かに、先輩だ!

 まぎれもなく、先輩だ!!


 その上下関係を突きつけられてしまうと、もう反論のしようがなかった!


「あ、あの……すみませんでした……っ」


「あの! お姉ちゃんのことイジメるの、やめてください!!」


「!?」


 だが、そこに、突如エレナが声を発した。


 困り果てるあかりを見て、頭にきたのか、あかりを守るように、身を乗り出したエレナは、飛鳥に向かって、まるで猫のように威嚇する。


「え……?」


 だが、そのエレナその容姿をみて、飛鳥は目を見開いた。


 そこには、とても可愛らしい姿をした美少女がいた。整った顔立ちをしていて、髪は自分と同じ色。


 その姿はどことなく……を彷彿とさせた。


「え?……誰、この可愛い子?」


「あ、この子は……」


「ねぇ、お兄さん」


 飛鳥があかりに問いかけると、あかりの言葉をさえぎり、エレナが、またもや不思議そうに飛鳥をみあげてきた。


「お兄さんのその髪、地毛?」


「うん、そうだけど……君も地毛だよね、それ」


 見ればすぐにわかった。光り具合を見れば、染めているような色合いではなかったから……


 すると、エレナは


「えー、すごーい! 地毛で同じ髪色の人、初めてみた~!」


「俺もだよ。この色、金髪の中でも珍しい色みたいだしね。君ハーフなの?」


「うんん、クォーター! 私のおじいちゃんが、フランス人なの!」


「そうなんだ、俺もクォーターだよ。フランス人だか、イタリア人だかは覚えてないけど」


「ねぇ、同じ髪色でクォーターだなんて、私たちお揃いだね!」


「そうだね~♪」


(あれ? なんか、エレナちゃんと神木さんが、仲良くなりはじめてる!?)


 共通の話題から、なぜか意気投合しはじめた飛鳥とエレナ!

 突如、ほのぼのとした空気をまとい始めた二人を見て、あかりは少し複雑な心境になった。


「ちょっと、神木さん! エレナちゃんまで、たぶらかすのやめてください! 私、エレナちゃんには、 純粋なままでいてほしいんです!」


「ん? それはなんか、俺が純粋じゃないみたいに聞こえるんだけど?」


「あなたに、純粋さはないと思います」


「お前、相変わらず可愛くないな」


 飛鳥は、再び顔をひきつらせる。

 つくづくかんに障る女だ。


「ただ、世間話してただけだろ?」


「知らないんですか? あなたと話してると、命を狙われるんですよ」


「は? なにいってんの? お前バカだろ?」


 そして、再び険悪な雰囲気を醸し出す二人。

 だが、そんな殺伐とした二人を見つめながら、エレナはふと考える。


(このお兄さん……なんだか、凄く……お母さんに似てる気がする)


 髪の色も、瞳の色も、その顔立ちも。

 そう思った、エレナは


「ねぇ……お兄さんのて、どんな人?」


「「え?」」


 すると、唐突に問われたその質問に、飛鳥とあかりは、喧嘩をやめ、同時にエレナを見つめた。


(……お母さん?)


 その言葉に、飛鳥は首を傾げる。


 いきなり、どうしたのか? なにより初対面の相手に、いきなり母親のことを聞く意図がわからない。


「なに? 俺の母親に興味があるの?」


 だが、飛鳥が、その後、優しく笑ってエレナを見つめれば、その穏やかな声を聞いて、エレナは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「あ……ごめんなさい。ちょっと、気になって……っ」


 自分で言って、恥ずかしくなった。


 エレナが顔を伏せれば、そんなエレナの萎縮をとくように、飛鳥は、尚も優しい声で話しかけた。


「えっと、エレナちゃんだっけ? 俺の母親はね……よく笑う人だったよ?」


「……え?」


「そうだなー。優しくて、いつも笑ってて、一緒にいたら凄く安心する、お日様みたいな人だったかな?」


「お日様?」


「うん。でも、俺が小学生の時に、死んじゃったんだけどね?」

 

「……そうなんだ(死んじゃってるんだ。この人のお母さん……)」


 飛鳥の話を聞いて、エレナは再び考える。


 そうだ。いくら似てるからって……そんなわけない。



 ピピピ……!


「!」


 するとそこに、突如電子音が鳴り響いた。エレナは、手にしていたポーチからスマホを取り出すと


「どうしたの?」


「ただのアラームだよ。お母さん今日、早く帰ってくるから、もう帰らなくちゃ!」


 あかりが問いかければ、エレナはスマホを操作ながら、ベンチから立ち上がる。


「お姉ちゃん、さっきは連絡先、教えてくれてありがとう!」


「うんん、また話したくなったら、いつでも連絡してきてね。仕事が忙しくてても、電話ならできるかもしれないし」


「うん……!」


 エレナがそう言えば、あかりも立ち上がり、エレナに優しく微笑みかけた。


「じゃぁ、気をつけてね」


「うん! あ、お兄さんは、もうお姉ちゃんのこと、いじめないくださいね!」


「別に、いじめてないよ」


「ふふ、じゃぁ、またね~」


 その後、エレナはバイバイと手を降りながら公園を去っていった。


 そして、そんなエレナの姿を見つめながら、飛鳥がふと気になったことを、あかりに問いかける。


「……お前、妹もいたの?」


「え? あー違いますよ。あの子は、こっちに来てから知り合った近所の子で、私のです。エレナちゃん、色々と悩みがあって、たまにこうして話をしてるんです」


「へー……」


 走り去るエレナの後ろ姿を見つめながら、飛鳥は目を細めた。


(あの子……)


 なんだか、少し似ていたような気がする。


 ────に。


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