第450話 夏休みと喫茶店


 夏に入れば、学生達は一斉に夏休みに入った。


 そして、夏といえば、さまざまなイベントが重なる季節。合宿やサークル活動で、海にいったり、バーベキューをしたり。青春を謳歌する学生たちは、みんな輝いて見えた。


 そして、強い陽射しが照りつける中、外見的に輝いている飛鳥は、長い髪を三つ編みにして、喫茶店に向かっていた。


 普段は、ざっくり肩口で束ねている髪だが、気分で、髪型も変える時もある。


 特に、夏の野外は、暑くて仕方ないため、首に、髪がまとわりつくのを避けるため、三つ編みやアップにしていることも多い。


 そして、爽やかなツートンカラーのTシャツをカッコよく着こなした飛鳥は、長い三つ編みを靡かせながら、颯爽と街を歩いていく。


 編み込まれた金の髪は、陽の光にあたる度に、キラキラと光を発し、まるで蝶でも追うように、町の人々の視線が飛鳥に集中する。


 だが、その蝶も、店の中に入れば見納めになる。


 カランカラン〜♪


 喫茶店の中に入れば、店のベルが軽やかな音を立てた。


 涼しげな音と、ひんやりと冷たい店内。

 そのおかげが、まるで生き返るような気持ちになった。


 だが、店に入ったら入ったで、中にいる客達が、一斉に飛鳥を見つめた。


 いつものことだが、相変わらず、目立つものだ。


 この反応は、一体、いつまで続くのか?


 せめて、大人になる頃には、落ち着いてほしいと思う。


「あ、隆ちゃーん」


 すると、店の奥に目を向けた瞬間、パーテーションで区切られた半個室のような空間に、隆臣がいた。


 飛鳥は、ヒラヒラと手を振りながら、隆臣の元に急ぐと、荷物を置き、いつものように隆臣の向かいに腰掛け、メニュー表を手に取りながら、隆臣に話しかける。


「今日は、バイト休みだったんだね」


「あぁ、就職試験の勉強はどうだ?」


「まぁまぁかな? でも、受かるレベルではあるかと」


「そうか。お前が、幼稚園の先生になるって、変な感じだな」


「そう?」


「あぁ、ぶっちゃけ、モデルやってるって言われた方が、違和感がない」


「はは。モデルにはならないよ。俺にとっては、トラウマだもん」


 幼い頃、飛鳥は、モデルとして働いていた。


 あの頃は、本当に苦しかった。


 生きているのが、辛いとすら思えるほど、死んだ方がマシだと思ってしまうほど、目の前が真っ黒に染まっていた。


 だが、あの頃の話を、こんなふうに笑い話にできる日が来るとは、思わなかった。


「隆ちゃんは? 喫茶店つぐんでしょ?」


「あぁ。ガキの頃は、警察官になろうかとも思ってたけど、親父に続いて、息子まで警察官になったら、お袋の心労がかさみそうだしな」


「まぁ、警察官って、危険と隣り合わせの仕事だしね」


 お互いの将来について語り合う。

 

 もう、大学四年生。

 そして、来年の春には社会人だ。


 だからこそ、今は、そのための就職試験対策に忙しい時期。だからか、夏休みだといっても、あまり遊んでいる暇は無い。


「いらっしゃませー。ご注文をお聞きします」


 すると、二人の元に店員がやってきて、飛鳥と隆臣は、それぞれ飲み物やランチを注文する。


 そして、去っていく店員を見送りながら


「そういえば、あれから、あかりさんとは、どうなったんだ?」


 と、少し神妙な面持ちで、隆臣が問いかけてきた。


 5月中旬、飛鳥はあかりと、デートの約束をしていた。だが、蓮が熱を出したため、デートはキャンセルしたらしい。


 だが、それから、どうなったのか?


 飛鳥からも、あかりからも、話題が上がらないため、隆臣は、ずっと気になっていた。


 すると、飛鳥は、にっこりと笑って


「ここ三ヶ月、既読スルーされ続けてるよ」


「無視スルー!? ──て、笑っていうことか!?」


 あっけらかんとして答えた飛鳥に、隆臣がツッコむ。


 それも、そうだろう。だって、三ヶ月も無視をされつづけているのだから!


「なんで、既読無視なんて!? まさか、デートをキャンセルして、嫌われたのか?」


「いやいや、そういうんじゃないよ。蓮の傍にいろっいったのは、あかりのほうだし。多分、嫌われ作戦の一環じゃないかな? こうして、無視し続けることで、俺の熱が冷めるの待ってるだよ」


「あぁ。そういうことか……それで、冷めたのか?」


「全然♡」


 すると、飛鳥が、またにっこりと微笑んだ。


 まるで天使のように可愛らしく微笑む飛鳥は、全く凹んでないようで、むしろ、それすらも、楽しんでるようにみえた。


「お前、すげーな。普通、三ヶ月も無視されたら、心折れるぞ」


「まぁ、そうかもね。でも……」


 だが、その後、ふと思い出したのは、神木家で、お好み焼きを食べた後のこと。


 春の夜。一緒に夜道を歩きながら、あかりの気持ちに気づいていることを伝えた。


 あかりが、俺を好きなこと。


 そして、俺があかりを好きだということに、あかりが、気づいているということ。


 お互いの気持ちを確信させて、両思いだということを自覚させた。


 だけど、それでもあかりは、それを受け入れようとはせず『嫌い、嫌い』と言いながら、俺のことを拒んできた。


 でも、好きな人に『嫌い』ということが、どういうことか?


 傷つくのは、苦しむのは、明らかに、あかりの方で、だから言ったんだ。


『嫌いだって、言われれば言われるほど、もっと好きになるよ』って──


 そういえば、あかりがこれ以上、自分を痛めつけることはないと思ったから。


「でも?」


「え?」


 だが、その後、隆臣が、その先を聞いてきて


「いや、恥ずかしいから言わない」


「は? なんだそれ!」


「あはは。まぁ、俺からしたら、可愛い抵抗を続けてるなーって感じ。でも、このLIMEみてると、今の俺って、ストーカーみたいだよね」


 そういって、スマホの画面をみせれば、飛鳥からの他愛もないメッセージが、ひたすら並んでいるだけだった。


「そりゃ、一方通行のメッセージが、三ヶ月も続いてりゃな。側から見れば、しつこいストーカーだぞ」


「だよねー。でもさ、無視するだけで、ブロックはしないんだよね」


 完全に拒否をしてしまえば、この一方通行のメッセージに既読はつかない。ということは、ブロックはしてはい証拠。


「あかりのやり方は、生ぬるいんだよ。本気で俺を遠ざけたいなら、もっと徹底しなきゃね。でも、エレナとも、普通に連絡とってるみたいだし、この前、武市くんが声をかけた時も、愛想良く話してくれたって。あかりは、優しいから、俺以外の人にまで非情にはなれない」


 人の繋がりは、そう簡単じゃない。


 誰かと距離ととりたくても、他の誰かとの繋がりが邪魔をする。

 

 特にエレナは、あかりにとっては、妹のように気にかけている存在。だから、俺を遠ざけたいからと言って、エレナとの関係まで切るわけにはいかない。


 それは、エレナが一番、悲しむこと。

 あかりなら、それを、よくわかっているだろうから。


「まぁ、俺をブロックしないのは、大学で話しかけてきそうだからってのもあるかもしれないけどね?」


「まぁ、お前、ブロックされたら、直接ききにいきそうだよな。『なんで、ブロックしたの?』って、笑顔で」


「あはは。もし、そんなことになったら、あかりの大学生活、終わっちゃうね!」


 大学一の人気者と、ID交換したばかりか、ブロックしたなんて知られたら、飛鳥のファンの子たちがなにをいいだすか!?


「つくづく、あかりさんが、可哀想だ。こんな男に好かれて」


「あのさ。そんな男を好きになったのは、あかりの方なんだけど? ていうか、あかり今日は、バイト入ってんの?」


「あぁ、入ってるぞ。まぁ、キッチン担当だから、ここからじゃ見えないけどな」


「そっか。顔くらい見れるかと思ったけど、残念。でも、キッチンって大変でしょ。クリスマスに一回だけ、手伝いで入ったけど、死ぬほど忙しかった」


「あれはクリスマスで、お前が客寄せパンダしてからだろ。今日は、平日だし、今の時間帯は、そこまで忙しくねーよ」


「そうなんだ。あ、俺が、ここでバイト始めたら、あかり絶対、嫌がるよね?」


「お前、好きな子、いじめんなよ。お前が、うちの面接受けに来たら、俺の独断ど落とすぞ」


「ひどっ! 隆ちゃん、最近、あかりの肩持ちすぎじゃない?」


「肩持つとか、持たねーとかじゃなくて、職場内に、恋愛のイザコザを持ち込まれるのは、迷惑だ。それに、あかりさんも、やっと馴染んで、クルーとも仲良くはなせるようになってるってのに、お前が来たら、また、ややこしくなるだろ。なにより、俺の気が休まらない」


「あはは。まぁ、冗談だよ。でも、あかりが、この職場に馴染んでるって聞いて、ちょっと安心したかな?」


「安心?」


「うん。隆ちゃんも、知ってるんでしょ? あかりののこと」


「え?」





*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330656207561839

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