第451話 不便さと理解者


「隆ちゃんも、知ってるんでしょ? あかりののこと」


「え?」


 飛鳥の言葉に、隆臣は目を見開いた。それは、あまりに唐突で、そして、あまりにも予想外な言葉だったから。


「お前、知ってたのか?」


「うん。バイト先の人には伝えてるって、あかりから聞いたから」


「いや、そうじゃなくて。俺は、お前が、あかりさんの難聴のことを知ってたのに驚いた。あかりさんが、言ったのか?」


「え? あー、違うよ。俺が勝手に気づいて、あかりに聞いたんだよ」


「へー……相変わらず、聡いヤツだな。俺は、お袋から聞くまで、あかりさんが片耳難聴だなんて、全く分からなかった」


「まぁ、普通は気づかないかもね。違和感があったとしても、誰も聞こえないなんて思わない」


 普通に、会話ができるあかりの聴力が、半分は死んでるなんて、誰が思うだろう?


 すると、また隆臣が


「花見の時、うちの喫茶店で働かないかって、あかりさんを誘った時『ちゃんと面接してくれ』って、言ってただろ。あれも、難聴のせいで、迷惑かけると思ったかららしい」


「あぁ、そうだと思ったよ。それで? あかりは迷惑かけてんの?」


「いや、むしろ、物覚えはいいし、色々、気はきくし、あっさり即戦力になって、うちとしては、ありがたい限りだ。片方、聴こえないってのも、たまに忘れそうになるくらいだし、どっちが聞こえないかなんて、すぐわからなくなる」


「そう……」


 隆臣の話に、飛鳥は、小さく相槌を打つ。

 仕事は、順調らしい。

 だけど……


「でも、それ、当たり前のことじゃないよ」


「え?」


「あかりさ、よく謝ってるんだよね。聞こえなかった時に『ごめんなさい』って」


「……」


「聞こえないことで人に迷惑をかけるのを、人一倍気にしてて、聞くことに、いつも真剣になってる。だから、あかりが、俺たちと普通に会話ができてるのは、あかりが、必死になって聞いてる証拠だよ」


「必死に?」


「そう。仕事ってなれば、特に神経使ってるんじゃないかな? だから、今のあかりの姿を鵜呑みにして、片耳聞こえないことが、大丈夫だなんて思わないでやって……きっと、あかりは、俺たちが思う以上に、不便さを抱えてるだろうから」


 その真剣な表情に、思わず見入ってしまった。


 なにより、そこまで飛鳥が、あかりさんのことを、気にかけていたなんて……


「そうか……確かに、俺たちと、同じように仕事ができてるからって、同じように、聞こえてる訳じゃないよな」


 飛鳥の話を聞いて、隆臣は、仕事中のあかりのことを思い出す。


 あかりさんは、人と話す時、とても真剣な表情をする。


 多分、相手の表情や口元の動きを観察しながら、相手の言葉を推理しているのだろう。


 でも、それでも聞きとれない時もある。

 そして、そんな時は、しっかり確認を取っとくれる。


 しかし、そう言う時は決まって謝っていた。

 「すみません」や「ごめんなさい」──と。


「まぁ、両方聞こえる俺たちには、片方しか聞こえないあかりの世界はわからないし、理解するのは難しいと思うよ。だから、隆ちゃんが、そう思うのも無理はないし」


「確かに、半分聞こえない世界って、いまいち想像できないよな」


「そうなんだよね。でもさ、耳だとわかりにくいけど、これが目だとしたら、ちょっと、わかる気もする」


「目?」


「うん。もしさ。このまま一生、片目だけで生活してくださいっていわれたら、ちょっと怖くない?」


「……!」


 そういわれ、思わず片目を塞いでみる。


 見えないわけではない。

 だから、きっと生活はできる。


 でも、視界の三分の一が、完全に塗り潰されて、片目を塞いだ方の出来事は、全くわからなくなる。


「確かに、片方見えないって、怖いな」


「うん。まぁ、目と耳じゃ、また違うかもしれないけど、もし、それと同じことが、あかりの耳でも起きてるんだとしたら、あかりも、かなりの不便さを抱えてるんじゃないかな?」


「…………」


 店の奥で、今まさに仕事をしているであろうあかりの方を見ながら、飛鳥がしみじみと答えた。


 そして、そんな飛鳥をみて、隆臣は改めて思う。


 飛鳥は、昔から、よく気がつくやつだった。

 他人のちょっとした変化を、敏感に察する能力に長けてる。


 それに──


「お前、本当によく見てるな」


「え?」


「あかりさんのこと。まぁ、好きな女の子のことだしな。見るわな」


「っ……なんか、そんなふうに言われると、恥ずかしいんだけど」


 心なしか頬を赤らめた飛鳥に、隆臣には、くすりと微笑む。


 飛鳥が難聴のことを知ってるなら、あかりさんにとっても、飛鳥の隣は、落ち着ける空間だろう。


 ここまで自分の不便さを、理解してくれてる相手なのだから……


(でも、だったら、なんであかりさんは、飛鳥を拒むんだ?)


 だが、飛鳥が悩んでいるように、隆臣にも、それが、わからなかった。


 ここまで、真剣に自分のことを思ってくれている相手がいるのに、なぜ、あかりさんは、それを拒むのか?


「お前、これから、どうするんだ?」


 すると、隆臣が、また飛鳥に問いかける。


「これからって?」


「三ヶ月も無視されてるんだぞ。それに、大学でも、話しかけるつもりはないんだろ?」


「うん。それは、あかりが一番嫌がることだろうし……まぁ、俺はもう少し様子をみるつもりなんだけど、華と蓮が、なにか企んでるっぽいんだよね?」


「企む?」


「うん。エレナも巻き込んで。花見の時みたいに、あかりを誘って、みんなで夏祭りに行こうとかって」


「……夏祭り」


 なるほど!

 確かに、お兄ちゃん大好きな双子が考えそうなことだ。


 桜聖市では、それぞれの地域で、いくつかの祭りが開催されている。


 そして、この地区・桜ヶ丘でも、地元の商工会主催で小さな祭りが開催されるのだ。


 場所は、エレナが通っている桜聖第二小学校の近くにある、榊神社。


 規模が小さいため、目立つ飛鳥にとっては、ちょうどいいサイズの夏祭り……なのだが


「でも、あかりさん、夏祭りの日は、休みもらってたぞ。家族が、泊まりに来るからって」


「え?」


 だが、その隆臣の言葉に、飛鳥はきょとんと首を傾げ


「家族?」


「あぁ。あかりさんのが、こっちに泊まりにくるらしい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る