第514話 恐怖と友情


「「ぎゃあああああああああ!!」」

 

 薄暗い廊下を進んだ先、一年一組と表示された扉を引いた瞬間、華と葉月の悲鳴が飛び交った。

 

 不気味な教室の中に、突如現れたのは、手の平サイズのだった。

 

 天井からプラーンと落ちてきた不気味なクモは、女子二人にとっては、お化けよりも怖い存在だったのだろう。


「ぎゃぁぁぁぁァァァ!!?」


 と、パニックとでも言うくらい叫びまくり、平気そうにしていた葉月ですら、華に抱きついて悲鳴を上げていた。


「うわぁぁ、もうヤダー!!」


「大丈夫か!?」


 そして、そんな二人向かって、航太が声をかける。

 

 ずんずん先に進んでいくから、男子二人は、あとからついていく形になったのだが、どうやら女子を先に行かせたのは、間違いだったらしい。


「二人とも、落ち着けって。これ、だから!」


「へ? ぬいぐるみ?」


 だが、本物ではなくぬいぐるみだといわれ、華がキョトンと首を傾げる。


 そして、恐る恐る見てみれば、確かにぬいぐるみだった。


 しかも、よく見れば、ファンシーな顔つきをしたなかなか可愛いぬいぐるみだ。

 

 だが、そこそこ大きいうえに、暗がりだと、ぬいぐるみかどうかの判別できない。

 

 それ故に、バカみたいにでかいクモが落ちてきたと思ったのだ!!


「いやいや、これはダメでしょ!?」


「そうだよ! 虫とか爬虫類が落ちてくるのは、一番ダメなやつ!?」


 だが、それでもレディ二人には、刺激が強すぎたらしい。怖気付いたのか、少々不安になったようで


「こういうお化け屋敷なんだ。ちょっと予想外」


「わかる。お化けならいいけど、虫は絶対ムリ……っ」


「いや、お化けの方が怖いだろ」

  

 だが、虫を怖がる二人とは対照的に、蓮の方は、あっけらかんとしていた。

 

 どうやら、お化けは怖いが、虫は平気らしい。


「このくらいで驚くとか、子供だな」

 

「ちょっ、さっきまで怖がってたくせに、なんで蓮は平気そうなの!?」


「んー、こういう仕掛けだったら、俺、大丈夫かも?」


「うそでしょ!? 虫だよ!? 昔は、一緒にお兄ちゃんに泣きついてたじゃん!!」


「いつの話だよ。つーか、華は、ビビりすぎなんだよ。たかだか、ぬいぐるみが落ちてきたくらいで」


「ぬいぐるみって言っても、クモだよ、蜘蛛!?」


「はいはい、わかった、わかった。それより、先に進むぞ!」


「えー!? ちょっと、待って!? 本当に行くの!?」


 どうやら立場が逆転したのか、ぐいっと華の手を掴んだ蓮は、嫌がる華を強引に連れていく。


 教室内は、とても薄暗く、赤いランプが不気味さを更に演出していた。

 

 とはいえ、入ってしまったからには進むしかない。後にひかえている人たちもいるわけだし。


「中村は、大丈夫か?」


 すると、双子が離れた直後、航太が葉月に声をかけた。華と同じように怖がっていたわけだし、こちらはこちらで心配だったのだろう。

 

 だが、優しく声をかけてくれた航太に、葉月は深いため息をつきながら


「なんで、華じゃなくて、私の心配してんのよ」


「え!?」

 

 そう、今のは、絶好のシチュエーションだったのだ!

 

 お化け屋敷で、怖がっている意中の女の子に、カッコいいところをみせる絶好のチャンス!


 にもかかわらず……

 

「ここは、華の心配をするところでしょ!? いっそのこと、抱きしめて、慰めるくらいしなさいよ!」


「そ、そんなことできるか!?」


 どさくさに紛れてとんでもない提案をしてきた葉月に、航太は顔を真っ赤にする。


 抱きしめて、慰める!?


 そんな高度な技を、とっさに使えるのは限られた人間だけだ!?


「あのな、抱きしめるとか絶対ムリだから! ていうか抱きしめたら、絶対、蓮がいい顔しない!」


「あー、それはそうかもね。弟くん、めっちゃシスコンだし」


「わかってんなら、変なこと言うなよ!」


「だって、せっかくお化け屋敷に入ってるのに!」


「つーか、もういいから!」


「いいって、なにが?」


「だから、俺の応援はしなくていい。もうフラれてるわけだし、俺としては、十分だから」


「………」


 それは、無理にでも納得させようとでもするようで、葉月は眉を顰めた。

 

 いや、榊の中でには、もう『答え』がでいるのかもしれない。


 まるで、余計なことはするなといわれているようだった。でも

 

「……わかってるよ。ちょっと、やり方が強引すぎるのは。でも、ずっと好きだったんでしょ? 本当に、このままでいいの?」


「いいよ。これ以上、神木を困らせたくないし。それに、俺、高校を卒業したら、この町を離れることになるから」


「え?」


「ほら、俺、神社の跡取りだろ? 宮司の資格をとるために、神学科のある大学に行くから、卒業したら、この町を離れることになってて……だから、もし、ここで奇跡的に上手くいったとしても、いつかは離れなきゃいけなくなるし……好きな女の子に、遠距離恋愛はさせたくはないだろ?」


「………」


 それは、この先の進路が決まっている航太には、どうしようもない話で、だからこそ、未来を見据えての決断なのかもしれない。


(確かに、好きな人と離れて、遠くの町へ行くのは、凄く辛いだろうけど……っ)


 恋をして結ばれても、いつか離れて過ごすことになる。


 会いたい時に、会えなくて。

 それ故に、不安になることもあって。


 遠距離恋愛に発展したことで、上手くいかなくなって破局した話だって、よく聞く。


 でも、だからって──


「葉月ー! 榊くーん!!」


「!?」


 だが、その瞬間、不安そうに二人の名を呼ぶ華の声が響いた。


「ねぇ、早く来てー! 蓮だけじゃ、頼りない!」


「おい。なんで、頼りないんだよ!?」


「頼りないよー! さっきまで怖がってたし!」


「ぬいぐるみにビビってた華に、言われたくない!?」

 

「ていうか、このお化け屋敷、どういう方向性なの~!? 心臓に悪い仕掛けばっかりだよ~~!」


 教室内で、スタンプを探しまわる華と蓮は、時折、脅かされながらも、仲良くお化け屋敷を満喫していた。


 相変わらず、あの双子は仲がいい。


 そして、そのふわふわと柔らかい二人の会話に、葉月は、心が安らぐのを感じた。


 確かに、この関係は、とても居心地がいい。


 恋とか、そんなものには見向きもせず、ただ友達として過ごしていたあの日々が、どれほど楽しくて、色鮮やかな時間だったか。


 だからこそ『この時間を取り戻せただけでも十分だ』といった航太の気持ちが、葉月には、よくわかった。


「まぁ、そんなわけだから、俺のことは気にしなくていいから、中村もお化け屋敷楽しめよ!」


 すると、それだけ告げたあと、航太は華たちの元に走り出していって、葉月は、その姿を見つめながら目を細めた。


(私だって、今のこの関係が好きだし、華に恋人ができるのは嫌だよ)


 大切な親友に、恋人ができたら

 私たちの関係は、どうなるんだろう?


 やっぱり、彼氏との時間を大事にするようになるのかな、あの華だって。


 だから、時々、そんな未来を想像して、切なくなることがあった。


 それでも──…


「それでも、榊なら、華を大事にしてくれるって思ったから、応援してたんだけどな?」


 薄暗い教室の中、葉月が悲しげに呟く。

 

 だが、複雑な想いを秘めたその言葉が、航太に届くことはなかった。


 

 





******


皆様、いつも閲覧いただき、ありがとうございます。先日、久しぶりにイラストを描きました。

近況ノートに掲載してありますので、興味のある方は覗いて見てください♪


↓↓↓

https://kakuyomu.jp/users/yukizakuraxxx/news/16818093084740264586

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