第513話 家族と最後
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
お化け屋敷の中では、女子高生たちの甲高い悲鳴が響く。
そして、その悲鳴は、外で順番待ちをしていた飛鳥たちの耳にも届いていた。
(……あいつら、大丈夫かな?)
可愛い妹たちの悲鳴を聞き、若干、そわそわするお兄ちゃん。
これは、もはや長年の習慣といってもいい。
だが、華たちは、もう高校生。それに、エレナには狭山さんがついているし、なによりここは、幼稚園児ですら楽しんでいる、お化け屋敷!
なら、あまり心配する必要はないだろう。
(あかりは、平気なのかな。お化け屋敷?)
すると、ふと気になったのか、飛鳥があかりをみつめた。
大人しく順番を待つあかりは、あれからずっと無言のままだった。
ただ静かに、飛鳥の隣にいてくれる。
さっきまでは、ずっと距離を取ろうとしていたくせに、今は、この状況を受け入れているのか、手を伸ばせば触れられる距離に、あかりがいた。
黒地に桜柄の浴衣を着たあかりは、とても艶やかで、普段はおろしている髪をまとめているからか、首元の白さが、際立って見えた。
奥ゆかしくて品があって、その姿は、ずっと見ていたいくらい綺麗で。
だけど、ずっと見ていたら、思わず触れたくなってしまいそうで──
(まぁ、大丈夫かどうかは、入ってから聞いてみればいいかな?)
だが、ここで触れてしまったら、後々、厄介なことになりそうで、飛鳥は、微かに鼓動が早まるのを感じながら、あかりから視線をそらした。
辺りを見回せば、下校庭と変わらず、上の会場もにぎわっていた。
祭りの景色は、とても陽気で、自然と心が踊りだしそうになる。
だが、ここまで賑わっていると、誰が見てるかわからないのも、確か。
特に、二人っきりでいるところを、大学の人たちに見つかったら、あっさり妙な噂が広がってしまうだろう。
『神木君が、女の子と一緒に歩いてたー!!』と、それはそれは、大きなニュースとして!!
(まぁ、中に入れば、ゆっくり話せるかな?)
お化け屋敷の中なら、人目にはつかないだろうし、二人っきりでも大丈夫だろうと、飛鳥は考える。
まぁ、中にいるお化け役の人には、目撃者されてしまうかもしれないが……
「次の方、どうぞー!」
すると、そうこうするうちに、飛鳥たちの順番がきたらしい。
係りの人に促されるまま、飛鳥とあかりは、受付へと進む。
そして、そんな二人の様子を、隆臣が背後から見つめていた。
(まさか、こんな事になるとはな?)
浴衣姿で佇む二人は、とても絵になっていた。
お似合いといえば、お似合いで、親友としては、飛鳥の恋を応援してやりたい。
だが、ここにきて、予想外の行動をした少年のことが、隆臣は、ずっと気になっていた。
「一体、どういうつもりだ?」
飛鳥たちが離れたのを機に、問題の少年・理久に話しかければ、隣にいた理久は、すぐさま隆臣の顔を見上げた。
「どうって?」
「なんで、飛鳥とあかりさんを二人っきりにしたんだ? てっきり、飛鳥のことを嫌ってるんだと思ってた」
「別に嫌ってないよ。いい人なのは、話せばわかったから」
「……へー」
その返答に、隆臣は素直に驚く。
さっきまで、猫のように威嚇しまっていたくせに、どうしてこうなった?!
いや、きっと飛鳥が、トイレで手懐けてきたのだろう!相変わらず、人たらしすぎるやつだ。
あそこまで敵対心を燃やしていた弟を大人しくさせたばかりか、自分の味方に引き込んでしまうとは!?
だが、好きな女の子の弟に懐かれたのなら、それはそれで良きことでもあった。
「そうか。じゃぁ、飛鳥を応援してくれてるってことか?」
「違うよ。応援なんてしない」
「え? じゃぁ、なんで」
「最後だから」
「え?」
「多分、これが最後だよ」
そういいながら、理久はあかり達を見つめた。
姉が、あのお兄さんと一緒に入りたいと言ったのは、きっと話したいことがあったから。
そして、その話したいことがなにか、理久はなんとなく察していた。
きっと姉は、あのお兄さんに、サヨナラを告げるつもりなんだろう。
しっかり諦めてもらうために──…
(俺がいたら、姉ちゃん話しづらいよな?)
弟の前で、男の人をフルなんて、やりにくいに決まってる。
それに、あのお兄さんが、本気で姉ちゃんのこと、好きなんだと思ったら、ちょっとだけ可哀想だなって思った。
『諦めないよ。俺は、あかりを一人にしたくないから』
あんなに、姉ちゃんのことを思ってくれてるのに、姉ちゃんにフラれてしまう。
だから、お化け屋敷の中だけでも、二人きりにしてあげようと思った。
きっとこれが、最後になると思ったから──…
「最後とは限らないだろ?」
だが、そこにまた隆臣が口を挟んだ。
隆臣は、理久を見つめながら
「飛鳥は、これっきりにするつもりはないと思うぞ」
「でも、最後になるよ」
「なんで?」
「あのお兄さんのことが、好きだから」
「え?」
だが、その返答に、隆臣は目を見開いた。
「好きって、あかりさんのこと言ってるのか?」
「うん、みれば分かるじゃん。姉ちゃん、あの人のことが好きだよ」
だから、あの二人は、両想い。
だけど、優しくされればされるほど
好きになればなるほど
姉ちゃんは、あの人を拒絶する。
あのお兄さんを、絶対に不幸にしないように──…
(姉ちゃんに"障がい"があること、あの人は知ってるのかな?)
片方だけ耳が聞こえないことを、あの人は知ってるのだろうか?
見た目にはわからない、小さな障がい。
だけど、それが原因で、彩音お姉ちゃんは自殺した。
そして、それからだ。
蒼一郎さんは、恋も結婚もせず、彩姉ぇだけを思い続けていて、今も変わらず、家族とは険悪なまま。
そして、あのお兄さんが、家族を、とても大切にしているのが、よくわかった。
親とも妹弟とも仲が良くて、とても幸せそうな家族で、だからこそ、姉ちゃんは、あの人を受け入れる訳にはいかないんだと思った。
あの人が、大切にしている『家族の絆』を、壊してしまわないように──…
(……姉ちゃん、辛いだろうな?)
だけど、そんな姉の気持ちを思うと、無性に胸が苦しくなった。
好きな人に嫌われようと務めるのは、どんなに辛いだろう。
嘘の言葉で拒絶しつづけるのは、どんなに苦しいだろう?
だけど、それが、姉が選んだ道だった。
なら、せめて──
(せめて、最後くらいは、楽しい時間を過ごせたらいいな?)
どうか、思い残すことがないよう、好きな人と幸せな思い出を──…
たけど、最終的に別れを告げるのかと思うと、理久は、どこか落ち込んだ様子で、あかりを見送った。
(戻ってきたとき、姉ちゃん、どんな顔してるかな?)
サヨナラを言ったら、姉ちゃんは傷つくのだろう。
好きな人を、傷つけたことで
きっと、たくさん苦しむ。
だけど、こうするしかないのも、よくわかった。
なら、せめて……
(姉ちゃんが、傷つくのは、今日が最後でありますように──…)
星が煌めく夜祭りの最中、理久は、ひそやか願った。
どうか、もうこれ以上、大好きな姉が傷つくことも、悲しむこともないように……と。
*あとがき*
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093084499510099
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