第221話 神木家と橘家


「ねーねー、神木くんてさ。子供の時から、あんなに美人だったの?」


 一方、飛鳥の着替えを待つ間、リビングでは、大河が隆臣に問いかけていた。


 大河の斜め向かいのスツールに座る隆臣は、その言葉に、ふと飛鳥と出会った時のことを思い出すと


「まー、金髪であの顔だしな。大人しかった割には一際目立ってたぞ。初めて会った時は、一瞬、女子かと思ったし」


「だよね! やっぱり神木くんは、子供のころから神木くんだよね!」


「あ……なんなら、アルバムみるか? 子供の時の飛鳥も写ってるぞ」


「マジで!? 超見たい!!」


 隆臣の話に、大河が目を輝かせる。


 あの事件の後から、家族ぐるみで付き合うことになったからか、橘家には飛鳥だけでなく、華や蓮もよく訪れていた。


 加えて、隆臣の母である美里は、そんな子供たちの姿を写真に撮っては、3人の父である侑斗にプレゼントしているようだった。


 3人もの子供を抱え、シングルファーザーで毎日仕事勤しむ侑斗。


 そんな彼に、せめて写真の中だけでも子供たち成長を感じられるようにと、母なりの気遣いもあったのかもしれない。


 なにより、母親がいない神木家では、子供たちの日常の写真を撮れる人は、もう、いなかったから──


(そう言えば、はよく写真撮る人だったって、飛鳥言ってたな。まぁ、飛鳥は写真が嫌いみたいだけど……)


 そんなことを考えながら、隆臣はリビングの隅にある収納棚の戸を開けると、そこから小学生時代のアルバムを探し出した。


 パラリとめくってみれば、小学生の頃の自分と飛鳥の姿があった。


 なにかトラウマがあるのか、ただ美人すぎるが故に隠し撮りされてばかりだったからか、飛鳥は昔から、写真を撮られるのが嫌いだった。


 だが、それでもゆりさんや家族に撮られるのは嫌ではなかったらしく、美里が撮った写真の中でも、飛鳥は年相応に無邪気に笑っていた。


 きっと、あの飛鳥が、素直に写真を撮らせてくれる人間は、ほんの一握りだろう。


「ほらよ。小5の時からのしかないけどな」


「十分!! まさか、写真あるなんて思わなかった!!」


 隆臣が大河にアルバムを手渡すと、大河はキラキラと目を輝かせながら、アルバムに目を通し始めた。


 アルバムの中には、運動会や学芸会などの他に、自宅で撮られた日常の写真もあった。


 勉強をしているところや、双子と一緒に4人でトランプをしているところ。他にも、侑斗の出張中、兄妹弟三人で泊まりに来たときの写真とか。


「っ~~~なにこれ。神木くん、めちゃくちゃ可愛いッ!!」


「まー、確かに可愛いかったな(中身は全く可愛げなかったけど)」


 アルバムを手にして見悶える大河を見つめ、隆臣が相槌を打つ。


 飛鳥は昔から、群を抜いて綺麗だった。


 小学生のころは、まだ髪が短かったが、それでも、小柄で色白で女の子みたいに線が細かった飛鳥は、男でも見惚れるくらい可愛かった。


「わ!! なに、この写真!?」


「?」


 すると、大河が少し興奮気味に、隆臣に問いかけてきた。


 見れば、その写真の中には、飛鳥がエプロンをしてケーキを作っている姿が写っていた。


 橘家のキッチンで、ピンク色の可愛らしいエプロンをして、真面目な顔をしてお菓子作りに勤しむ飛鳥。


 その姿は、もはや女の子にしか見えない。


「あー、これは確か、中学に上がる前のやつだ。飛鳥、春休みに、うちのお袋にケーキの作り方教わりに来たんだよ。華と蓮に『誕生日は手作りケーキが食べたい』とか言われて」


「なにそれ、妹弟のために!! てか、この写真超可愛いじゃん! なんか見た目だけじゃなくて理由も可愛い。ねぇ、これ写メってもいい!? バイトで疲れた時に見て癒されたい!!」


「いや、同級生の男が幼女だった時の写真欲しいとか真面目に気持ち悪いからやめろ!」


 変態か!と、思わず突っ込みたくなった。


「でもさ、神木くんて、ホント妹弟思いのいいお兄ちゃんって感じだよね~。この前、夏祭りで神木くんの妹弟にあったんだけど、一緒に夏祭りとか仲いいな~って思った」


「あー、華と蓮にもあったのか?」


「うん。さすが、神木くんの妹弟! 2人とも美男美女だった!」


「まー、あそこは父親がイケメンだからな。あ、その端に写ってるのが、飛鳥の父親の侑斗さんな」


「え!? マジで!? 父親もイケメンとか、神木家の遺伝子スゲー!!」


 運動会の時か、飛鳥の傍らに映る侑斗の写真を指さし、隆臣が説明すると、大河は更に目を丸くする。


 確かに、一家揃って美男美女な神木家は、昔からよく人目を引いていた。


 それに加えて、あの金髪美少年の飛鳥がいれば尚更だろう。


「あ、でもさー……」


「ん?」


「これ見ると、父親とも妹弟とも、あまり似てないみたいけど。神木くんて??」


「…………」


 だが、不意に問いかけられたその言葉に、隆臣は言葉を詰まらせた。


 それは、隆臣もずっと気になっていたことだった。


 あの髪の色と瞳の色。

 外見だけを言えば、飛鳥は侑斗には似ていない。


 なら、あの姿は確実に、母親似だろう。


「それ、飛鳥の前では言うなよ」


「え?」


「離婚した母親に似てるとか、あまり言われたくないだろ」


「あ、そうか!」


 また、空気を読まないところだったと、大河が自分の言動に反省する。


 そして、隆臣は、昔、侑斗から「飛鳥の母親とは、飛鳥が4歳の時に離婚した」と聞いていた。


 どんな人だったのか?

 なんで離婚したのか?


 色々気になることはあったが、人の古傷を抉る趣味はないし、話したくないことを無理矢理、聞き出そうとは思わなかった。


 それに、飛鳥は、その「母親」との間に、なにか深い「傷」を抱えてる。


 それは、ここ10年の付き合いの中で、薄々感じてきたことだった。


 ──コンコン!


 すると、その瞬間、突然扉をノックする音が響いて、隆臣は我に返った。


 ふと、リビングの扉の方を見れば、その奥で人影が揺らいだ。


 きっと、飛鳥が着替えを終えて、2階から降りてきたのだろう。


「わ! もしや、神木くん! 着替え終わったんですか!?」


「ぅ、うん……一応、終わった……けど」


 大河が声をかけると、珍しく動揺ぎみな飛鳥の声がかえってきた。


 どうやら、女装しているせいか、扉の前で中に入るのを躊躇しているようだった。


「飛鳥、とりあえず入ってこい。似合わなければ、笑い飛ばしてやるから」


 どんな姿だろうかと、さっきの思考を打ち払い、隆臣がからかい混じりにそう告げると、リビングの扉を開け、飛鳥は少し不服そうな顔をして入ってきた。


 膝丈のスカートを揺らし、隆臣と大河の前に立った飛鳥は、そのスカートのたもとを少しだけ持ちあげ、恐る恐る問いかける。


「あの、さすがにこれは、キツイと思うんだけど……っ」


 見れば、そこには、を着た飛鳥が、恥ずかしそうに頬を染めて立っていた。


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