第16章 コスプレと橘家

第220話 飛鳥くんと女装

 それから、2週間ほどがたった9月下旬。


 飛鳥は出かける準備をすませると、華と蓮が寛いでいるリビングに顔を出した。


「蓮華、俺、出かけてくるから」


 髪をいつものように緩く横に流し、Tシャツにジーンズ、その上に紺のカーディガンを羽織った飛鳥。


 シンプルながらも、サラッと着こなすそのスタイルの良さに脱帽しつつも、珍しく日曜に出かけようとしている兄に、双子は首を傾げた。


「今日、日曜だよ。どこいくの?」


「隆ちゃんち」


「へー、勉強でもすんの?」


 いつもなら、待ち合わせは喫茶店のはずだが、今日は隆臣の自宅に向かうらしく、双子は再度兄に問いかける。


 すると──


「違うよ。夏祭りに約束したを叶えにいくんだよ」


 心なしか表情を曇らせ、飛鳥が返事を返すと、その『武市くんのお願い』を思い出した双子は、くつろいでいたソファーから、弾かれたように立ち上がった。


「マジで!? ついに女装すんの、兄貴!?」


「うそ~! すっごい気になる!! 何、着るの!?」


「お・し・え・な・い!」


 目を輝かせて、詰め寄る双子に、飛鳥がにこやかに答えた。


 だが、顔は笑っているが、心は全く笑っていなかった。


 なにより、元はと言えば、双子が大河に、あんな提案をしたから、こうなったわけで……


「全く、お前らのせいだからな」


「私たちのせいじゃないし。飛鳥兄ぃが、武市さんにチケット貢がせたのが、いけないんでしょ!」


ないよ。あっちが勝手に、きたんだから」


「兄貴、俺達も一緒にいっていい? 兄貴の女装姿、また見たい」


「連れてくわけないだろ。大人しく家で待ってろ」


 双子にピシャリと言い放つと、飛鳥はリビングから出て玄関に向かった。


 スニーカーを履いて荷物を持つと、玄関先に出た飛鳥は、再度、双子に目を向ける。


「じゃぁ、行ってくるね。帰りは夕方になると思うから」


「わかった。写真送ってね!!」


「動画でもいい」


「送るか!」


 そんなこんなで、なかなか引き下がらない双子を置き去りにし、飛鳥は女装するため、隆臣の家へと向かったのだった。











 220話  『飛鳥くんと女装』











 ◇◇◇


 ピンポーン!


 午後2時──飛鳥は隆臣の自宅に訪れると、玄関先でインターフォンを鳴らした。


 少しだけ涼しくなり始めた、秋の日。


 庭先には美里が植えたのか、赤や白、オレンジといった色とりどりのガーベラの花が小さな蕾をつけていた。


 小5で隆臣と仲良くなってから、何度と訪れたこの橘家は、ごく普通の二階建ての一軒家。


 玄関を入って左手にある扉を開ければ、その先にはリビングとキッチンがあり、その反対側には、客間である和室と洋室が一部屋。


 そして、廊下の奥にある階段を上った先には、隆臣が使う少し広めの洋室があった。


 大抵、飛鳥が訪れると、一階のリビングで過ごすか、二階の隆臣の部屋で過ごすかだった。


 二人とも、高校も大学も同じだったからか、受験前に隆臣の部屋で一緒に受験勉強したのだが、それすらも、今では懐かしく感じてくる。


「飛鳥、入っていいぞ」

「お邪魔しまーす♪」


 インターフォンを鳴らして暫くすると、中で待っていた隆臣が顔を出した。


 黒のスキニーに赤いチェックのシャツを着た隆臣は、飛鳥を家に入れるなり、そのままリビングへと連れていく。


「あれ、武市くんは?」


「大河なら、バイトが長引いて少し遅れるって」


「そうなんだ」


 隆臣のあとに続き、リビングに入ると飛鳥は荷物を置き、そのままソファーに腰を下ろす。


 すると、ソファで項垂うなだれながら、飛鳥は小さく愚痴を零し始めた。


「ねー隆ちゃん……マジで着るのかな?」


「今更なに言ってんだ。大体、はお前が、あみだで引き当てたんだろ?」


「そうだけど……」


 前に喫茶店で、何の女装をするか話し合った時、隆臣が提案した『あみだくじ』で、その衣装を引き当てた飛鳥。


 自分で選んだとはいえ、やはり今からソレを着るのかと思うと、ちょっと戸惑う。


「あ、そういえば、さっき華から『お兄ちゃんの女装写真、送って』って、LIMEがきたぞ」


「はぁ!!?」


 すると、同じくソファーに腰かけた隆臣の言葉に、飛鳥は信じられないとばかりに声を上げた。


 まさか、隆臣にまで根回しするとは!?

 どんだけ見たいんだ、あいつら!?


「言っとくけど、写真撮影は禁止ね。1枚でも撮ったら、張っ倒すからな」


「わかってるよ。そう言うと思って『無理だ』と返信しといた」


 華たちには悪いが、隆臣とて長年飛鳥と友人をつづけてきたのだ。


 怒らせた時の飛鳥がどれだけ怖いかは、よくわかっていた。


 ──ピンポーン!


「!」


 すると、そのタイミングでインターフォンを鳴って、二人は大河が来たのだと確信する。


 隆臣がリビングからでて玄関に向うと、それからすぐに、いつも通りハイテンションな大河がリビングに入ってきた。


「神木くん!! 遅れてすみません! バイトが長引いて~!!」


「別にいいよ。バイトお疲れ様」


 飛鳥の前にたち、大河がパンと手を合わせて謝ると、飛鳥は特段気にすることなく労いの言葉をかける。


 だが、来て早々、大河は飛鳥に、紙袋を差し出してきた。


「神木くんが選んだ衣装、しっかり調達してきました!! さっそくやっちゃいますか!?」


「……っ」


 相変わらず、忙しない奴だ。


 飛鳥は、ズイと差し出された紙袋を受け取りながら、その口元を引き攣らせた。


 そして、察した。

 もう、逃げられそうにない……と。


「はぁ……言っとくけど、似合わなくても文句言わないでね。あと、写真は撮るなよ?」


「はい、わかってます!! 神木くんの女装姿は、この目にしかと焼き付けます!!」


「いや、むしろ忘れて」


 にっこり笑って、本音を呟く。

 できるなら、記憶から抹消して欲しいくらいだ。


「飛鳥、着替えるなら俺の部屋つかっていいぞ?」


「あ、うん、ありがとう」


 すると、隆臣に促されるまま、飛鳥は二階に向かった。


 階段をのぼり、隆臣の部屋に入るなり扉を閉めると、飛鳥は改めて、大河から受け取った紙袋を見つめた。


 中には、先日、自分があみだくじで引いたが、しっかり入ってる。


(……やるからには、ちゃんとしないとな)


 引き受けた手前、いい加減なことはできず、飛鳥はしぶしぶ腹をくくると、部屋の中を見回した。


 8畳ほどのシンプルな隆臣の部屋には、縦長の鏡が備え付けてあった。


 全身が映る大きなものではないが、男が身だしなみを確認するには、十分すぎる大きさ。


 その後飛鳥は、紙袋から衣装を取り出すと、側にあったベッドの上に置き、着ていたカーディガンをするりと脱いだ。


 長い髪を束ねていたリボンをスルリとほどけば、腰近くまで伸びた長い髪が、流れにそってふわりと靡く。



 高校の女子高生姿から、数年──


 さてはて今回は、どんな姿に化けるのやら?





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