第222話 コスプレとセクハラ
「あの……さすがにこれは、キツいと思うんだけど……っ」
そう、飛鳥に問いかけられた瞬間、隆臣と大河は目を丸くした。
そこには、黒と白のメイド服を着た飛鳥が、恥ずかしそうに頬を染めて立っていた。
先程まで束ねていた髪を下ろし、膝丈のスカートからは、黒いストッキングを穿いた綺麗な足が伸びている。
その上、メイド特有のカチューシャに、首元にあしらわれた赤いリボン。そして、申し訳なさ程度に膨らんだ胸元。
それをみれば、誰がどう見ても、美人で可愛いメイドさんでしかなかった。
(き、金髪のメイドさんだ……!)
(やっぱり、飛鳥。性別、間違えて生まれてきたんだろうな……)
さすがにきつい──なんて言うものだから、どんな姿なのかと思えば、全く違和感がなかった。
むしろ、完璧に着こなしていて、どこからどう見ても、女の子にしか見えない!
だが、隆臣と大河が、黙ったまま見つめていると、飛鳥が、耐えきれないとばかりに声を上げる。
「あのさ、何か言ってくんない! 無言って、一番辛いんだけど!?」
せっかく恥を捨てて女装してきたというのに、笑われもせず、哀れまれもせず、ただただ無言と言うのは。
すると、二人は
「いや、すまん……流石というか、なんと言うか。お前、4年たってもこうなのか」
「あぁぁぁぁぁ、神木くん! 俺、感動しました!! もう、あまりの可愛さに声も出ないというか! メイド服、スッゲー似合ってます! 誰がどう見ても女の子です! もっと自信持ちましょう!!」
「そんな自信、持ちたくないんだけど」
20歳になり、背もそこそこ伸び、大分男らしくなってきた飛鳥。だが、それにも関わらず「似合う」と絶賛され、なんとも言えない心境になる。
むしろ、男としての自信をなくしそうだ。
「しかし、元々女顔とはいえ、相変わらずだな。つーか、金髪で、それだけメイド服が似合うなら、ほかのナース服とか、巫女さん姿も似合うんだろうな」
「さすがに金髪の巫女さんは違和感あるんじゃない? ていうか、似合うとか言われても嬉しくない」
「てか、これ何つめてるんだ?」
すると、隆臣は飛鳥の前に立ち、不思議そうに、その胸を指でつっついた。
BかCくらいの大きさに膨らんだその胸の感触は、女の子のそれとは、どこか違う。
「あまりつっつくなよ。タオル詰めてるだけだから、揉んだりしたらくずれるよ?」
「あー、タオルか」
言われてみれば、タオルっぽい──と、隆臣は納得する。
だが、なんだかんだ愚痴りながらも、こうしてわざわざ胸まで作って女装してくるあたり、飛鳥はやっぱり真面目なやつだと思った。
それに、ここまでしっかり化けてくれたのだ。
大河も、さぞ満足だろう。
「良かったな、大河。願いが叶って」
「た、たた、橘! お前、女の子の胸にさわるなんて、それセクハラだろッ!!!」
「いや、これタオルだから」
だが、そんな隆臣の言葉はあっさり無視され、しかも、セクハラ扱いされたことに怪訝な顔を浮かべる。
正直、タオルでできた男の胸をつっついたところで、なんの喜びも感じない。
「ねぇ、それより、コレもう脱いでもいい?」
すると飛鳥が、少し呆れ気味に口を挟む。
「えー、もう脱いじゃうんですか!? もったいないですよ~!」
「そうだな。せっかく着たんだし、せめて『お帰りなさいませ、ご主人様』くらい言ってみ?」
「隆ちゃん、楽しんでるよね?」
隆臣の言動に、飛鳥は黒い笑みに答えた。
これは明らかに、からかわれているとしか思えない。
「あぁ! 『ご主人様』なんて、神木くんにいわれたら、俺、拝み倒します! それに神木くん、本当スタイル良くって。女子高生姿の時も思ったけど、足がすごく綺麗です! てか、ストッキングってエロくない!? この透ける感じが!」
「まぁ、これが女の子の足なら100点なんだろうけどな。男って時点で20点はマイナスだな」
「なに、その減点方式」
飛鳥の足をマジマジと見つめながら、言い放題な二人。はっきりいって、これ以上、オモチャにされたくない。
「とにかく、もうおしまいね。俺、着替えてくるから」
すると、飛鳥は、くるりと向きを変え、出口に向かって歩き出す。だが、その瞬間
「わっ!?」
「!?」
飛鳥は足を滑らせ、咄嗟に隆臣の服を掴んだ。
踏み留まろうと力を込めるが、さすがに重力には逆らえず、そのままフローリングの上へ倒れ込む。
──ドサッ!!
と、重い音が室内に響くと、思いっきり背中をぶつけた飛鳥が苦しそうな声を漏らした。
「い……っ」
「痛ってー…」
そして、それに巻き込まれた隆臣も、同時に小さく声を上げる。だが……
(ん……重ぃッ)
横たわった飛鳥が、痛みに耐えながらも、うっすらと瞳を開る。すると、近い距離で隆臣と目が合った。
「「…………」」
終始無言のまま数秒、見つめ合い、そして二人は、改めて自分たちの状況を確認する。
床には、飛鳥の長い金色の髪が無造作に散らばっていて、スカートは太もも辺りまで捲れ上がっていた。
乱れたスカートと、その両足の間に入り込み、覆いかぶさるような体勢で飛鳥を見下ろす隆臣の姿は、もはや、女の子を押し倒しているようにしか見えず。
「──ッ、バカかお前! なにやってんだ!!」
「ッしかたないだろ!! ストッキングなんて穿くの初めてだったんだから! てか、なにこれ! こんな滑るものなの!?」
「知るか!?」
押し倒し、押し倒され、思いもよらない体勢になってしまった飛鳥と隆臣は、口論を始めた。
だが、流石に今の飛鳥は、見た目が見た目だけに、この体勢は洒落にならない!
そう思うと、隆臣は一刻も早くなんとかしなくてはと、飛鳥から離れようと、その腕に力を込める。
「いっ……!」
「?」
だが、離れようとした瞬間、飛鳥がまたもや小さく呻き声を発した。
「んっ、……た、隆ちゃん…待って…ッ……あまり…動か…ないで…っ」
「え?」
どこか痛みに耐えるような声。
その珍しく弱々しい声を聞いて、隆臣が再度、飛鳥を見下ろすと──
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