第223話 スカートと太もも



「んっ……た、隆ちゃん…待って…ッ、あまり…動かないで…っ」


「え?」


 どこか痛みに耐えるような声。

 その珍しく弱々しい声を聞いて、隆臣は首を傾げる。


「飛鳥、どうし」

「髪、絡まってる……っ」


 すると、どうやらシャツのボタンに、飛鳥の髪が絡んでしまったらしい。


 隆臣が動くと、同時に髪もひっぱられるからか、飛鳥はそのせいで、痛みを感じているようだった。


「お前、ホント何やってんだよ! つーか、マジでいつ切るんだ、その髪!!」


「煩いなぁー! 絡まったものは仕方ないだろ! いいから、じっとしてて、今ほどくから」


「ほ、ほどくからって……ッ」


 ──このまま動くなってことか?


 早くこの体勢をなんとかしたいのに、動くことを静止され、隆臣は眉をしかめた。


 不可抗力的に組み敷いてしまった身体は、相変わず華奢だ。そして、今は髪を下ろし、メイド服を着ている。


 だからなのか、本当に、女の子を押し倒しているような、そんな錯覚すら覚える。


(っ……いつまで、この体勢でいればいいんだ)


 飛鳥とは長い付き合いだし、こいつが『男』だということは重々承知だ。


 だが、床に転がったまま真面目な顔で、自分のシャツに手を伸ばす飛鳥の姿は、流石に目に毒だった。


「隆ちゃん、もうちょっと近づいて」


「は?」


「なんか変な絡まり方してるんだよ。近づかなきゃ、うまくほどけない」


(何言ってんだ、コイツ)


 ただでさえ、30センチくらいの距離しかないのに、これ以上近づけと!?


「嫌だ。このまま、なんとかしろ」


「嫌だって……」


「神木くんッ!」


 すると、そんな二人を見ていた大河が、しどろもどろしながら声を上げた。


「あ、あの! スカートが! かなり肌けてるので! なんとかしたほうがいいかなと……!」


「え?  あぁ……」


 大河の言葉に、飛鳥は、改めて自分の服を確認する。すると、確かにスカートが太ももまで捲れ上がり、あられもない姿になっていた。


 オマケに、黒いストッキングから透ける肌が、やたらと色っぽく……


「ていうか、神木くん。すっごくエロい太ももしてますね?」


「は?」


「だって、細さが丁度いいというか、やわらかそうというか……今の神木くん、ホントに女の子にしか見えなくて……どうしよう」


「なにが、どうしようなの?」


「大河、惑わされるな! あと飛鳥、お前は早く髪をほどけ!!」


「そんなこと言われても」


 隆臣に再び急かされ、飛鳥は怪訝な顔を浮かべた。


 こちらだって、いつまでも友人に組み敷かれたままでいたくない。だが、思ったより複雑に絡んでいて、簡単にははずれなかった。


「はぁ~……」


 すると、隆臣がより一層深いため息をついて


「大河。そこの引き出しから、持ってきて」


「!?」


 そして、予想だにしていなかった言葉を告られ、飛鳥は瞠目する。


「ちょ、まさか切る気!?」


「あぁ、もうほどけないから、切るしかかないだろ」


「お前、人の髪なんだと思ってんの!? てか、毛先ならまだしも、けっこう中途半端なところから絡まってるんだけど!?」


「じゃぁ、あと3分でほどけ! 3分経ったら切る」


「鬼か!?」


「なら、早くなんとかしろ!!」


「なんとかしてほしいなら『もっと近づけ』って言ってるだろ!!」


 そう叫べば、怒りまかせに隆臣のシャツを掴んだ飛鳥は、グイッと自分の方へ引き寄せた。


 より距離が近づくと、飛鳥のその綺麗な顔が、眼前まで迫る。だが、その時だった──


「ただいまー。隆臣、お友達きてるの?」


 と、買い物から帰宅した隆臣の母・美里みさとが、突然、扉を開けてリビングに入ってきた。

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