第273話 すれ違いと兄妹弟

 リビングで、さめざめと泣く兄を見つめて、華と蓮もじわりと涙を浮かべた。


 あの、滅多に泣かない兄が泣いていた。


 その姿を見れば、母の死に、どれほど心を痛めていたのが、よく分かった。だが……


(ど、どうしよう、泣かせちゃった)


 珍しく泣く兄に、双子は軽くテンパる。


 だって、泣いてる姿を見たのは、ざっと10年振りぐらいなのだ。


 いや、泣いていいんだけどね!

 それだけ、本音だったってことだから!


 だけど、泣いた兄の対処法が分からない!


「お、お兄……」

「飛鳥さん」


 すると、困惑する双子の向かいで、エレナがそっと飛鳥に問いかけた。


「ハンカチ使いますか?」


「え? あぁ……ありがとう」


 わー、どうしよう! エレナちゃん、めちゃくちゃ、よく出来た妹さんだよ!!


 空気を読みつつ、しっかり兄を気遣うなんて、小学生にしてこの気配り上手、確実に兄の妹だよ!!


(お、お母さんは、色々と問題ありそうな人なのに……)


(なんで、その母親から、こんないい子が育ったんだろう?)


 話を聞く限り、それなりにヤバイ母親なのだろうとは思うのだが、よくもまぁ、グレずに育ったものだ。むしろ、自分たちより、しっかりしてそう。


 だが、思い返せば、兄も子供の頃からしっかりしていた。


 もしかしたら、幼少期からモデルの仕事をして、大人の世界で働いてきたからというのもあるのかもしれない。


 それを思うと、今のエレナは、きっと、その頃の兄と同じ状況にあるのだろう。


「華、蓮……」

「!」


 すると、落ち着いたのか飛鳥が声を発した。

 その声に、今度こそと華が声をかける。


「飛鳥兄ぃ、大丈夫?」


「うん、大丈夫だけど……ちょっと……恥ずかしい……っ」


(だよね!?)


 自分たちだけじゃなくて、エレナちゃんも、隆臣さんも見てるもんね!


 そんな中、お母さんが~みたいな発言してたら、恥ずかしくもなるよね!?


(いや、でも……私たちも、かなり感情的になってたし)


(今思えば、恥ずかしいな)


 そんなことを思いつつ、華と蓮も頬を染める。


「あの、それより、さっきの話だけど……」


 すると、飛鳥が、また話しかけてきた。


「さっきの『幸せだったか』って話。この際だから、はっきりいうよ」


「……っ」


 そう言われて、双子は息を飲む。


 覚悟はしてる。


 だけど、もし本当に『罪滅ぼし』で一緒にいてくれたのなら、取り返しがつかない。


 兄の心に傷を負わせたまま、兄の人生を奪って来たようなものだから……


「幸せだったよ」


「え?」


 だが、その後、発された言葉に、双子は目を見開く。


「むしろ、幸せ過ぎて……手放したくなかった」


「………」


「蓮華が、大人になろうと頑張ってるのは、分かってたんだ。俺のために自立しようとしてるのは……でも俺は、それが嫌で邪魔ばかりしてた。お前達に、いつまでも子供のままでいて欲しいって……俺を置いていかないで欲しいって……罪滅ぼしで一緒にいたなんて、そんなわけないだろ……むしろ──俺の方が、一緒にいたかったんだ」


「……っ」


 兄の言葉に、胸がじわりと熱くなる。


 それが、兄の本心なのだと分かって、また涙が溢れそうになる。


 一緒にいて、嫌じゃなかった。


 苦痛じゃなかった。


「お兄ちゃん……っ」


「はは、さすがに引かれたかな。こんな……お兄ちゃん」


 そういった兄は、苦笑しながらも、少しほっとしたような表情を浮べていて、なんだが、いつもの兄が帰って来たようにも感じた。


「引かないよ。だって、私達も同じだもの。私たちだって、無理して背伸びして……でも、本当は、ずっと今のままがいいと思ってて……大人になるのが、嫌だった」


 大人になったら、兄が自分たちを置いていってしまいそうで。


 だけど、まさか、3人とも、同じふうに『一緒にいたい』と思っていたなんて──


「あはは、バカだよね、私たち。勝手に思い込んで、勝手にすれ違って、お互いに苦しんでたなんて」


 そういって、華が呆れたように笑うと、飛鳥もつられて微笑んだ。


「うん。さっき隆ちゃんも言ってたけど、なんだかんだ似てるのかな、俺たち」


 よく、似てないって言われ続けてきた。


 瞳の色も、髪の色も、顔立ちすらも、全く違うから


 だけど──


「当然でしょ」

「俺達、兄妹弟だし」


 華と蓮がそう言えば、飛鳥はまた涙を浮かべた。


「うん……」


 髪の色が違っても

 瞳の色が違っても

 同じ母親から、生まれていなくても


 自分達は、正真正銘


 「心」で繋がった「兄妹弟」だ───



 すると、3人の雰囲気は、やっといつもの柔らかな雰囲気に戻って、それに安心したのか、また華が泣き出した。


「っ……うぅ~~」


「華、大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ! いきなり出ていくし、帰ってきたかと思えば、妹連れてくるし、話し合いしたあと、どうなるかと……!」


「それは、ごめん。俺もあの時は必死だったから」


 そう言って、飛鳥はエレナを見つめる。


 飛鳥の横にちょこんと座るエレナは、ずっと神妙な顔をしていて、自分の今後に不安を抱いているのがよくわかった。


「ねぇ、兄貴」


 すると、今度は蓮が口を挟み


「その……エレナちゃん、どうするの?」


 そう言った瞬間、エレナが肩を震わせた。飛鳥は、それを見ると


「出来れば、うちで面倒見たいと思ってる。でも、華と蓮の気持ちもあるし、もしかしたら長期的な話にもなるかもしれないから、無理にとは言わない。最悪、施設に行くかもしれないことは、エレナも了承してるよ……ただ、施設に預けるよりは、俺が暫く家を出て、面倒みようかとも思ってる」


「「…………」」


 先程、華と蓮は、エレナのことも少し聞いた。


 今までの事と、今日あった一連の出来事も、そして、そんな飛鳥たちの会話を、エレナは、ただただ無言で聞いていた。


 眉一つ動かすことなく。だけど、その姿は、何かに必死に耐えているようにも見えた。


「華……俺は、お前に従うよ」


「え!?」


 すると、きっと同じ妹としての複雑な心境を読み取ってか、蓮がそれを華に託すと、華は再度エレナを見つめた。


「私は……」


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