第274話 拒絶と成長

「私は……」


 エレナを見つめたまま、華は言葉をつまらせた。


 この家に、兄の『妹』が、もう一人増える。正直に言えば少し複雑で、すぐに返事はできなかった。


(私に従うってことは、蓮は、エレナちゃんを"受け入れてもいい"ってことだよね?)


 そして、弟の言葉をしっかりと飲み込むと、華はそう判断した。


 これは、蓮の優しさだ。蓮が『受け入れる』といってしまったら、そのあと華は、NOと言えなくなるから。


 だから、華の味方するために、華に従うといってきた。


(私が『嫌だ』と言えば、蓮は、私の意見に賛同してくれる)


 自分が一人で、孤立することがないように──


(どうしよう……っ)


 改めて、エレナを見つめると、華は自分の気持ちと向き合った。


 兄と異母兄妹弟である自分たちと、異父兄妹であるエレナちゃんが、一緒に暮らす。


 それは、多分『普通』の環境ではなくて、受け入れたら、きっと、今までと何かが変わってしまう。


 ずっと、居心地がいいと思っていた、この空間が変わってしまう。


 それは、嫌だと思った。


 だって、変りたくない。

 ずっと、そう思ってきたから。


 だけど……


「──ごめんなさい!」


「!?」


 だが、その瞬間、エレナが声をあげた。

 静かな部屋の中で、全員の視線が一気にエレナに集中する。


「あの……ごめんなさい。私、やっぱり施設に行きます……っ」


「エレナ、何言って」


「飛鳥さん、ごめんね! でも、やっぱり私がいると迷惑だよ。それに私、何も出来ないの。料理とか洗濯とか、家のこと全部お母さんがしてくれてて……だから、ここでお世話になっても、役に立てることなんて、なにもなくて。だから、」


「エレナ」


「……っ」


 涙目で話すエレナを、飛鳥がとっさに静止する。

 するとエレナは、また黙り込んだ。


 そして、それを見て、華は再び考える。


 とても強い子だと思った。


 母親に首を絞められて、すごく慕っていたあかりさんも傷つけられそうになった。兄に助けられて、なんとか事なきは得たけど、お母さんは、入院することになって、今すごく辛いはずだ。


 それなのに、自分たちのことを考えて、施設にいくなんて言っている。


(きっと、今、エレナちゃんがすがれるのは、お兄ちゃんだけだよね?)


 この子を受け入れたら、お兄ちゃんをとられてしまうかもしれない。


 一番から、どんどん遠のいてしまうかもしれない。

 それでも……


「ねぇ、エレナちゃん!」


「?」


「うちのお兄ちゃん、みたいでしょ?」


「え?」


 すると、いきなり飛び出した華の突拍子もない話に、エレナはもちろん、その場にいた飛鳥、蓮、隆臣も困惑した。


 今、兄が女ぽいという話をする必要があるだろうか?いや、ないだろう。だが、場の空気が凍りつく中、華は場違いに話し続ける。


「子供の時はね~、一緒に歩いてたら、よく『綺麗なお姉ちゃんだねー』って言われて、それで『お兄ちゃんです』って答えたら、みんな驚いててね。他にもね、高校の時、女装したときは」


「いや、あの、いきなり、なに!?」


 華の話に、話題の中心である飛鳥は更に困惑する。すると華は、昔話に懐かしくなりながらも、改めてエレナを見つめた。


 拒絶するのは簡単だ。

 否定するのも簡単だ。


 だけど、今、一番大切にしなきゃいけないのは、エレナちゃんにとって、どうするのが一番いいか。


 今ここで、この子を見捨てたら、私は絶対に後悔する。


 なら、いつまでも、かわりたくないなんて言ってられない。


 大人になるには、成長するためには『新しいもの』を、受け入れていかなきゃいけない。


 たとえ、それで、今のなにかか変わっても、変化を恐れれていたら、ずっとずっと知れないままだ。


 受けいれた、その先にあるかもしれない、今以上に、楽しい未来にも───


「あのね、エレナちゃん。私、お姉ちゃんみたいなお兄ちゃんと弟はいるけど、本当は──も欲しかったんだ!」


「……!」


 華がそう言えば、その瞬間、エレナが大きく目を見開いた。


「だからね。うちで良かったら、一緒に暮らそう。うち男ばっかりだし、少しむさくるしいかもしれないけど……きっと、楽しいと思うよ!」


 華が笑いかければ、兄とは違うエレナの茶色い瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。


 今まで堪えていたものが一気に流れ出したような。

 そんなエレナの涙をみて、飛鳥が安心したように微笑む。


 すると、その4人の姿を、ずっと傍で静観していた隆臣も安心したように、小さく息をついた。


(収まる所に、収まったみたいだな)


 華も蓮も、エレナちゃんも、そして飛鳥も、不安だった思いを全て吐き出せて、それにより、また一つ絆が深まったようにも見えた。


「それより兄貴」


 すると、また蓮が口を挟む。


「預かるのはいいけど、には相談しなくていいの?」


「あぁ……それなんだけど、父さんには、来週帰国するまでは黙ってようかなって」


「え? なんで?」


「実は、この前、父さんがいきなり帰ってきたの、俺があの人を見かけて、それで心配して帰ってきたんだよ。だから、今回のことを話したら、またと思う」


「!?」


 なるほど!

 確かに、見かけただけで帰国したなら、怪我したなんていったら100%帰ってくる!!


「今、帰国前で、あっちの仕事がかなり忙しいみたいだから、会社に迷惑かける訳にもいかないしね」


「そうだよね! それは、ダメ。来週話そう……!」


 3人の気持ちが一致する。

 すると、また話はエレナに戻る。


「そうだ、エレナ。お前の部屋、俺と同じでもいい? 一応、俺の部屋が一番広いし」


「あ、はい。私はどこでも」


「はぁ!? ちょっと待って! 何言ってんの!?」


 だが、それを聞いて華が反論する。


「小学生とはいえ、エレナちゃん女の子だよ!?」


「兄貴、それはある意味犯罪」


「犯罪って……兄妹なんだし、年も離れてるのに、何言ってんの? それに、俺の部屋ならエレナも、来たことあるよ」


「「え!?」」


 来たことがある!?

 衝撃の事実に双子は、再び仰天する。


「嘘でしょ!? いつ!?」


「前に、あかりが来てた時、実はエレナもいたんだよ」


「「はぁぁ!?」」

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