第131話 情愛と幸福のノスタルジア⑤ ~最後の言葉~
俺と飛鳥が、ゆりと暮らし始めて、早3日。
あれからゆりは、高校卒業を目指し、また学校に通い始めた。
飛鳥は、当然のごとく、ゆりにべったりで、一日目は俺と一緒に寝たけど、二日目はゆりと一緒の布団で眠ることになった。
どうやらゆりと一緒にいると安心するのか、不思議と夢にうなされることは無かったらしく、一度は目を覚ましたらしいが、ゆりの顔を見たあと、またぐっすり眠ったそうだ。
初めは、未成年の女の子を泊めることに多少なりと躊躇いはあったものの、精神的に不安定な今の飛鳥にとって、ゆりがそばにいてくれるのは、とても良いことなのかもしれない。
俺は次第に、そう思うようになっていた。
◇
──バタン!
仕事から帰り、マンションの駐車場に車を停めたあと、俺は自宅へと歩き出した。
飛鳥を引き取ってからは、上司に頼みこみ、夕方には帰宅できるようにしてもらった。
残業できない分、持ち帰る仕事は増えたけど……
──トゥルルルル。
「?」
するとそこに、突然、携帯の音が鳴り響いた。
俺は、コートのポケットから携帯を取り出すと、その携帯のディスプレイに表示された名前を見て、俺は足をとめた。
「……ミサ」
正直少し躊躇した。
だけど、一向に鳴り止まないその電話の音に、しぶしぶ通話ボタンをおすと、その先の音に、静かに耳を傾ける。
「なにか、用か?」
『ごめんなさい。突然……あの子は……阿須加さんは、もう……退院したの?』
電話越しに聞こえたミサの声。
俺は、その声にスッと息を整えると、あくまでも冷静に返事を返す。
「ああ、無事、退院したよ」
『そう……その、怪我の……ほうは……』
少しかすれ気味に聞こえたミサの声。
どこか怯えたようにも聞こえたその声に、俺はハッキリと言葉を返す。
「大丈夫だよ。今のところ後遺症もないし本人も元気だ……お前、あの子に感謝しろよ。ゆりちゃんが被害届だしてたら、お前、今ごろ傷害罪でつかまってるぞ」
『……』
「あと、治療費、俺が払っといたけど……お前どうする? 払えるか?」
『……払うわ……そこはちゃんと……私に払わせて……っ』
酷く憔悴したミサのこんなにも弱々しい声を、久しぶりに聞いた気がした。
昔はこんな声を聞けば、酷く心配したもんだったけど……
「お前、これからどうすんの?」
『……とりあえず、実家に帰ろうと……思う』
「そうか……」
『あの、飛鳥は……飛鳥は、どうしてる……?』
「……」
その言葉を聞いて、俺はマンションの外から、自宅の方に視線をあげた。
ミサが、お腹を痛めて産んだ子だ。
飛鳥のことは、ミサにとって一番気がかりなことだと思う。
だけど──
「お前のこと、酷く怖がってるよ。毎晩、夢見てうなされる程にな」
『……っ』
ハッキリと放った俺の言葉を聞いて、電話の奥で、小さく震えるような吐息が聞こえた気がした。
『……っ、ごめ……ごめんなさぃ……っ、わたし、ッ』
「……」
うん──泣くと思った。
でも、それでも、電話越しに謝り続けるミサの声を聞いても、もう、なんの感情もわかないことに、本当に終わったのだと胸のうちで理解した。
今更、どうしたって、結果は変わらない。
どんなに泣いても、どんなに謝っても、飛鳥は絶対に、ミサの元には戻らない。
だって、 お前は
"それだけの事"をしたんだから──
「ミサ……もしお前が、飛鳥のことを思うなら……もう、二度と飛鳥の前に現れるな」
『…………』
母親に対して言うには、あまりに残酷な言葉だと思う。
でも、それでも、お前との関係、全部何もかも断ち切って、俺は
────飛鳥を守る。
「請求書送るから、お金は俺の口座に振り込んどいて……それと、こうして俺達が話をするのも────これが、最後だ」
無慈悲に放った言葉。
そして、その後しばらく沈黙が続いたあと
『……うん……わかった』
小さく小さく、消え入るような声で呟いたミサ言葉を最後に、俺は電話を切った。
最後の最後で、やっと、まともに話せた気がした。
ミサのこと、多分、誰よりも理解しているつもりだった。
なのに、どうしてこうなったんだろう。
どこから、おかしくなった?
何が間違いだった?
「…………」
────なんて、考えた所で
一度壊れた「絆」は
もう、元には戻らない。
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