第130話 情愛と幸福のノスタルジア④ ~居候~
2月下旬──
その後、退院したゆりは、ひょんなことから、俺と飛鳥が暮らすマンションで居候することになった。
8階建てのマンションの三階。
この家は、ミサと別居状態になってから、借りた部屋だった。正直、俺が一人で住むつもりで借りた部屋。
だからか、2DKと狭いこの部屋は、三人で暮らすには不便だったが、あのまま家出状態で退院させるわけにもいかず、飛鳥きっての頼みもあり、ゆりをしばらくの間、住まわせることにした。
「ゆりさん、ここだよー」
退院日、病院に迎えに行き、マンションにつくと、飛鳥がゆりの手を引きながら、家の中へと招き入れた。
俺は、ゆりの荷物を手にし、玄関から部屋の中に入ると、ゆりが中を見回しながら、俺に声をかけてきた。
「へー、結構、綺麗な部屋ー」
「まぁ、一応築浅の物件だったし……ただ、部屋は二部屋しかないから、奥の部屋、ゆりちゃんが使って。あとこれ、合鍵」
「え?」
「必要だろ?鍵」
「え……まぁ……」
「二本あるから、一本渡しとく。ただし、悪用するなよ」
「しないし!?」
俺が、ゆりの前に鍵を差し出すと、ゆりは一瞬目を丸くしたが、その後、少し顔を赤くしながら鍵を受け取ると、それを見て、飛鳥が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ねぇ、明日から、ゆりさんがお迎え来てくれるの?」
「うん♪ 学校終わったら、保育園迎えに行くから、待っててね」
「うん!」
ゆりが一緒に住むとなって、飛鳥は当然のごとく、喜んでいた。
俺は、そんな飛鳥の顔を見て、少し安心していた。
あの後も、飛鳥は変わらず笑ってくれる。だけど、その笑顔は、どこか無理をしているようにも見えたから……
「お兄ーさん」
「?」
すると、ゆりがまた俺に話しかけてきた。ゆりは、俺と目が合うなりニッコリ笑うと
「それでは、今日から飛鳥のお迎えと、料理とか洗濯とかの家事全般と、あと、
「ブッ!?」
いきなりは放たれたその言葉に、俺はひどく慌てふためく。夜のほう!?
「君、何言ってんの!? 子供の前で変な冗談いうのやめて! てか、俺ロリコンじゃないからね!? あと、君を預かるのは、暫くの間だだけ。高校卒業して、仕事と住むところが見つかったら、すぐに出て行ってもらうから。わかった?」
「あはは、勿論わかってるよ♪ 本当に、ありがとうね、お兄さん!」
俺が注意すると、ゆりは、柔らかな笑みを浮かべて、またお礼の言葉を述べる。
その姿は、年相応に女の子だったと思う。
◇◇◇
「ちょっと、お兄さん、なにこれ~!」
その後、部屋をある程度片付け、ゆりの部屋に荷物を運んだあと、ゆりがキッチンにある冷蔵庫の中を見ながら声を上げた。
「冷蔵庫、何も入ってないよ!?」
「いや、はいってるよ。冷凍庫みて、冷凍食品ならたくさん」
「えーうそでしょ? こんな小さな子供がいるのに、まさか冷凍食品とか、カップラーメンばかりたべさせてたとかじゃないよね?」
まるで、最低とでもいうかのような視線を向けられ、俺はバツの悪そうに、だがそれでも笑顔を向けつつ反論する。
「あのね、俺もここ最近、育児に保育園の送迎に、仕事しつつ家庭裁判所いったり、離婚関係の話で弁護士にあったり、君の所にいったりって、色々忙しかったの。料理まで手が回るか!?」
「お父さんのカップラーメンおいしかったよ!」
「ほらみろ、さすが俺の息子! 父の気持ちをよく理解してる!」
「……」
満々の笑みを浮かべて、放った飛鳥の言葉を耳にし、ゆりはジトリと俺を睨みつけると、その後、飛鳥の前にしゃがみこみ、にっこり笑う。
「あのねー飛鳥。今はカッコよくて、スマートなパパかもしれないけどね、こんな食生活ずーとつづけてたら、いつかメタボになって、生活習慣病になって、ハゲて悲惨なことになるよ? 飛鳥は、そんなパパみたい?」
「うーん、太ったお父さんは嫌かも」
「……」
もはや、二の句が継げないとはこのことだ。そして、この時の飛鳥は、父の意見より、なによりも、ゆりだった。
正直嫉妬してしまうくらい、なつきまくっていたと思う。
「そうだ! ねぇ、お兄さん、せっかくだし、これから三人で買い物行こうよ♪」
「え? 今から?」
「そ! 私がいる間は、腕によりをかけて、おいしいもの食べさせてあげるね~」
ゆりは、胸の前に拳をふたつ作ると、自信ありげにそういった。
「え? 君、料理できるの?」
「できるよー。家で自炊してたし、結構得意なんだー」
「自炊?」
「うん。昔、義父に睡眠薬、盛られそうになったことがあって。それからは、親が作った料理は一切口に入れず、自分で作ってたの!」
「睡眠薬ッ!?」
俺は絶句した。
この子、ドンだけ、自宅でサバイバルな生活してたんだ!?
てか、睡眠薬とか、ガチで最低だろ、その父親!?
「あれ? お兄さん、どうしたの?」
「いや、おじさん。なんか泣きそう」
「え? なんで?」
今まで、どれだれ辛い思いをしてきたのだろう。ゆりのことを考えると、酷く目頭が熱くなった。
「それより、どうする? 買い物いく?」
だが、そんな辛い過去があるにも関わらず、ゆりは、不思議とよく笑っていた。
俺は、そう言って可愛く微笑むゆりをみて、一瞬だけ考えると……
「そうだな。じゃぁ、みんなで散歩がてら、買出しに行くか?」
「やったー! 飛鳥は、何食べたい? 今日は飛鳥が食べたいもの作ってあげるよ♪」
「ホント!」
三月が近づくにつれて、少しずつ寒さも和らぎ始めたこの日。
俺と飛鳥、そしてゆりの同居生活は、人しれず、始まりを迎えた。
のちに、この三人が「本当の家族」になるなんて
この時はまだ
想像もしていなかったけど──
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