第353話 待ち合わせとカモフラージュ
──ピンポーン!
一方、お花見に誘われたあかりは、その頃、紺野家のインターフォンを鳴らしていた。
ガーリーな白のトップスと、黒のサロペットを着たカジュアルな服装のあかり。髪も普段は下ろしているが、今日はポニーテールにしていた。
そして、今の時刻は、8時45分。
神木家には9時に集合するようで、あかりはその前に、エレナを迎えに来たのだった。
だが、その後、ガチャと扉が開いた瞬間、あかりは思わず身構えた。
なぜなら、そこに現れたのは、エレナではなくミサだったから。
「……お、おはようございます!」
「…………」
二人目を見合せ、久しぶりの再会に戸惑う。だが、あかりがすぐさま挨拶をすれば、ミサは、柔らかく微笑み返した。
「おはよう、あかりさん。今日は、ごめんなさいね、わざわざエレナを迎えにきてもらって……エレナ、まだ支度してるの。もう少し待っててね」
「は……はい」
穏やかなミサの声に、あかりは心做しかほっとした。
前にあかりは、ミサに傷つけられそうになったことがあった。あの日、花瓶を振り上げられた時は、正直どうなるかと思った。
だが、退院して、謝罪しに来たあとからは、一切、敵対心をみせず、こうしてエレナの友達でいることも認めてくれている。
(よかった……ミサさん、だいぶ落ち着いてるみたい)
エレナとも、よく連絡を取るが、ミサとの生活は順調そうだった。すると、あかりは少しでも打ち解けようと、ミサに話しかける。
「あの、今日は、ミサさんは行かれないんですね。エレナちゃんが、華ちゃんに誘われたと言っていたので、てっきり」
「あぁ……私が行くと、場の空気が悪くなると思うから」
「え? あ、それは……」
「気を使わなくていいわ。それに、まだ飛鳥にも謝れてないし」
「…………」
心做しかシュンとしたミサに、あかりは心を痛めた。
確かに、難しい問題だ。
血の繋がった親子だからこそ、特に──
「そう、ですか……」
「それにね。少し戸惑っているというか、正直、どんな顔をして会えばいいかわからなくて……」
「戸惑ってる?」
「えぇ……あかりさんは、その……飛鳥と仲良いのよね?」
「……はい。お友達として、仲良くさせては頂いてますが」
「そう、じゃぁ……飛鳥が、隆臣君と付き合ってるのは知ってる?」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか、わからなかった。
だが、それは確かに、あかりが知っている二人の名前で
「えぇ!? あの二人、付き合ってるんですか!?」
「そ、そうみたいなの。私も先日、隆臣くんから聞いて驚いてしまって」
「橘さんから? そ、それは驚きますよね! 自分の息子が男性と付き合ってるなんて知ったら!」
「えぇ、別に偏見とかはないんだけど……自分の息子がってなると、どんな顔して会っていいか分からなくて……だから、今日も……っ」
「そ、そうだったんですね……っ」
ただでさえ顔を合わせづらい中、そんな話を聞いてしまったら、余計に会いづらくなる。
ミサの気持ちを思うと、誘いを断っても仕方ないと思った。
だが、ミサの話に同意しつつも、あかりには、何が何だかかわからなかった。
(神木さんと橘さんが、付き合ってる?)
確かに、大学でもよく一緒にいるところを見かけるし、二人が仲がいいのは、よく知っている。
だけど、それは親友だからだと思っていた。
(で、でも、付き合ってるなら、今までのは一体……?)
バレンタインにチョコを渡してきたり『本気で付き合ってみる?』なんて言ってきたり、『特別だ』なんて言われたり、あの全ては、何だったのだろうか?
(彼女……あ、いや、彼氏がいながらあんなこと言ってたの? でも、男性が好きなら、女の私は恋愛対象にはならないだろうし、本当に友達として、あんなことを?)
あかりは、とんでもなくパニックになった。
ミサの語る事実と、飛鳥の行動が食い違いすぎて、動揺せざるを得ない。すると、困惑するあかりに、またミサが話しかけてきた。
「あの……ごめんね、あかりさん、変な話しをして……でも、恥ずかしい話、エレナにはまだ早い話だし、私、お友達が一人もいなくて、こういう事を相談できる相手もいなくて……っ」
「あ、いえ! 私で良ければ、いつでも相談にのります。神木さんのことでも、エレナちゃんのことでも!」
「ありがとう。あかりさん、優しいのね」
「……っ」
柔らかく笑ったミサは、それはそれは綺麗で、あかりは、無意識に頬を赤らめた。
(ミサさんて、意外と可愛い人かも?)
今までの冷たくて怖いイメージが一変して、とても柔らかい雰囲気をまとっていた。
きっと、根はとても優しい人なのかもしれない。
(でも、ミサさん、すごく戸惑ってるみたいだし、このミサさんが、冗談であんなこと言うわけないだろし、二人が付き合ってるのは本当なのかも?)
実際に隆臣から聞いたらしいし。だが、付き合ってるなら、なぜ自分に付き合う?と提案して来たのだろう?
(もしかして、
なるほど、計算高い神木さんなら充分ありえる!!
(じゃぁ、今までのは全部、私の勘違い……?)
神木さんは、私のことを恋愛対象としては見ていない。それを理解して、あかりは静かにうつむいた。
(そ、そうだよね……なに勘違いしてたのかしら。私なんか、好きになるわけないのに)
当然の事だ。元から、自分たちの間には「友情」という繋がりしかなかった。
それを、こっちが破ってしまっただけ……
「お姉ちゃん、お待たせ!」
「わ、びっくりした!」
瞬間、エレナが駆け出してきて、あかりはドキッとして、思考を閉ざす。
普段スカートが多いエレナだが、今日はショートパンツにパーカーといった動きやすい服を着ていた。そして、その姿が、新鮮でありながら、また可愛くて、あかりは感心する。
さすがは、モデル経験者。
コーディネートが抜群に上手い。
「お姉ちゃん、今日はポニーテールなんだ! すごく可愛い~」
「ありがとう。今日のお花見、楽しみだね!」
「うん!」
「じゃぁ、ミサさん、エレナちゃんことは、こちらでしっかり預かります」
「えぇ、お願いね。エレナ、あかりさんや飛鳥の言うこと、ちゃんと聞くのよ。後、転んだり、怪我したりしないようにね!」
「もう、大丈夫だよ。相変わらず、心配性だなー、お母さんは」
「ふふ」
あのエレナが、ミサとこんなやり取りをするなんて……あかりは、ふと温かい気持ちになって、頬をゆるませた。
天気は快晴。
今日は、絶好の花見日和。
今は、余計なことは、考えず、この時間を楽しもう。あかりは、そう思いながら、エレナと手をつなぎ、神木家にむかったのだった。
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