第5章 あかりの帰省

第345話 帰省と来客


「ただいまー」


 3月初旬──


 まだ肌寒さが残る春の日、あかりは宇佐木うさぎ市にある実家に帰ってきた。


 あかりの実家は、かがり町という小さな町外れにあった。


 緑豊かで、どこか風情のある田舎町。あかりはそんな町で、約1年前まで両親と弟の四人で暮らしていた。



「姉ちゃん、おかえりー」


 荷物を持ち、家に入ると、奥から理久りくが駆け出してきた。


 現在、小学四年生の理久は、あかりの弟だ。あかりと同じく栗色の髪に、まだ少年らしい愛らしい顔つき。


 だが、その見た目とは裏腹に、口はだいぶ憎たらしくなってきた。


「おせーよ。何やってたんだよ」


「仕方ないでしょ。バスの時刻が改正になってたんだもの」


「ちゃんと調べてからでろよ」


「うるさいなー。それより、お母さんは?」


「あぁ、多分すぐ」


 すると、理久が振り返ったタイミングで、奥の和室から、母親の稜子りょうこが襖を開けて出てきた。


「おかえり、あかり」


 優しく微笑み挨拶をした稜子は、あかりと理久の母親だ。


 おっとりとした雰囲気は、二人にとてもよく似ていて、3人並べば、親子だとよく分かるほど


「ただいま、お母さん」


「お盆以来ね、あかりが帰ってきたの」


「うん、ごめんね。お正月は帰省できなくて」


「いいのよ。あっちの生活は変わりない?」


「うん、変わらないよ」


 そう言って、ふわりと笑えば、あかりは靴を脱ぎ、廊下を進む。


 実は、現在アルバイトを探していることを、あかりは家族に内緒にしていた。


 隣の人がしつこくて、大学の先輩に彼氏のフリをしてもらってるなんて、さすがに言えなかった。


 なにより大野の件は、夏に帰省した際『もう、諦めたみたいだから、大丈夫』としっかり伝えてしまっていて、これで、まだ諦めていないと言うことがわかれば、また心配をかけてしまう。


 それに、これ以上、飛鳥と恋人のふりを続けるのも考えものだった。


 なぜなら、あかりは


 飛鳥と、ずっと『友達』でいたいから──



(早く、何とかしなきゃ……)









 第345話  帰省と来客







◇◇◇



「じゃぁ、いってきまーす!」


 それから三日がたった平日の朝。紺のランドセルを背負った理久が、学校に行くため声を上げた。


「いいよなー、姉ちゃんは、もう春休み入ってるんだから!」


「理久だって、もうすぐ春休みでしょ」


「まだ、二週間もあるし!」


「あはは。ほら、うだうだ言ってないで。早くでないと遅刻するよ」


「ハーイ、じゃぁな、姉ちゃん!」


「行ってらっしゃい」


 パタパタ出ていく理久を見送ると、その後母の稜子も仕事の準備を終えて出て来た。


「じゃぁ、私も仕事にいってくるから」


「うん」


「お友達と会うのは午後から?」


「うん、午前中はゆっくりして、一緒にお昼を食べにいこうって」


「そう、高校の友達に会うのも久しぶりなんじゃない? 帰ってきた時しか会えないし、楽しんできなさいね」


「ありがとう。お母さんもお仕事、気をつけて行ってきてね」


 軽く手を振り母を見送ると、あかりは家の中で一人になった。


(なにして、すごそうかな?)


 そんなことを考えながら、あかりは、かつての自分の部屋へ戻る。


 階段を登った先にある部屋は、あかりが家を出たあとも変わらずに残っていた。


 娘がいつ戻ってきてもいいようにと、家具もベッドも一年前のまま。


 あかりは、その後自分の部屋に入ると、ベッドの上に腰掛け、スマホを手に取った。


 画面に表示させたのは、求人情報サイトだ。


 帰省後、また桜聖市に戻ったら、あかりはアルバイトの面接を受けようと思っていた。


 スーパーのレジやコンビニ、はたまた居酒屋など、学生が働きやすいのは、その辺の接客業らしいのだが


(接客業……か)


 融通が効くバイトは、大学生のあかりには、なにかとありがたい。


 特に『学生大歓迎』などと書かれた案内を見れば尚更。


 だが、あかりは接客業という仕事に、少しばかり不安を抱いていた。


(片方、耳が聞こえないなんていったら、やっぱり働かせてもらえないかな?)


 接客業は人の話を聞き、それに答えるのが仕事。


 騒がしい場所では、明らかに聴力が劣るあかりにとって、それは、とても雑雑な悩みでもあった。


(うーん……私ちゃんと、仕事できるのかな?)


 普通の人と、生活はなにも変わらない。


 だが、人よりハンデがある分、選べる職種は限られてくる。


 なにより、あかりが教育学部で司書の資格を取ろうとしているのも、難聴でも働きやすい職種を選んだからとも言える。


 司書の仕事は、基本的に図書館。


 そして、図書館は、誰もがみんな静かにすごすことを理解している。


 だからこそ、本が好きで、静かな場所で仕事をしたいあかりにとっては、まさにうってつけの仕事だった。


 だが、今は早くお金を貯めて、引っ越さなければ……


(あ、大学の近くのファミレスが募集してる。ウエイトレスじゃなくて、キッチンの仕事ならまだ何とかなるかな?)


 色々と求人を探しながら、時間を潰す。


 なにより、今までアルバイト自体したことがないあかりにとっては、初めての仕事。何かと慎重にもなる。


 ──ピンポーン!


「?」


 だが、それから暫くたった頃、インターフォンがなった。


 あかりは、すぐさま部屋をでると、玄関から話しかける。


「はい、どちらさまですか?」


 あかりの家の玄関は、昔ながらの引き戸式。その扉越しに声をかければ


「こんにちは、蒼一郎です」

「……!」


 そこに現れたのは、高梨たかなし 蒼一郎そういちろうだった。



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