第231話 紅茶と兄の好きな人
その後、あかりと別れて帰宅した華は、蓮が部活で不在のため、兄と2人だけで過ごしていた。
昼食をとった後、兄は「課題をやる」と言って自室にこもり、華も宿題を終わらせるため部屋に戻ったが、それからしばらく経った3時過ぎ、華はまたリビングに戻ってきた。
シンと静まり返ったリビングを歩き、キッチンの中に入る。
一息つこうとポットにお湯を沸かし、華は食器棚から紅茶の缶を取り出した。
アンティーク調のオシャレなブリキの缶。
その紅茶缶を見て、華は朝、偶然出会った「倉色 あかり」さんのことを思い出す。
(……この紅茶、本を貸したお礼に、後輩からもらったって言ってたよね?)
前に、兄がそんなことを言っていた。
なら、この紅茶は、あの「倉色さん」からもらったものなのだろう。
(なんか可愛い感じの、お姉さんだったなー)
前に兄が言っていた、好みのタイプ(レスラー系)とはかけ離れてはいるが
きっと、あの倉色さんと兄は
本を貸し借りするような仲で
差し入れを届けにいったり
相談にものったりする仲で
その上、お互いの家を行き来するくらい
親しい仲なのだろう。
(飛鳥兄ぃに、そこまで深い異性の友達なんて…今までいたかな?)
昔から、女の子から良く話しかけられていたから、異性の友達もいたはずだ。
だが、いつも当たり障りない付き合いばかりしていた気がする。
煩わしいのも、揉め事も嫌いだから、基本的に一緒にいるのは男友達ばかりで、その中でも兄が家にあげるほど気を許しているのは、隆臣さんくらいだ。
それなのに──
「あー、つかれたー」
「!」
すると、ちょうどお湯が湧いたタイミングで、リビングに兄がやってきた。
ずっと課題をするため、パソコンにでも向かっていたのか、肩をならしながらやってきた飛鳥は、キッチンにいる華に気づくと
「華、それなに?」
「紅茶」
「俺にも、ちょうだい」
そう言って、ダイニングのテーブルにつくと、兄はうーんと猫のように背伸びをする。
「飛鳥兄ぃ、課題は?」
「もうすぐ終わるよ」
カウンター越しに兄を見ると、休憩するためにリビングに来たことが伺えた。
その後、寛ぎはじめた兄と雑談しながら、華は二人分の紅茶を入れると、その一つを兄の前に差し出し、ティーカップを手に、その向かいの席についた。
二人だけのリビングは、とても静かだった。
だが、あの倉色さんに貰った紅茶を飲み始めた兄をみて、華の心の中には、またなんともいえない感情が渦巻きはじめる。
「ねぇ、飛鳥兄ぃ」
「ただいまー」
「……!」
だが、華が飛鳥に話しかけた瞬間、蓮の声が聞こえてきた。
部活を終えて帰って来たのだろう。
玄関から、蓮がそのままリビングに入ってくると、飛鳥はいつものように、声をかける。
「おかえりー」
「ただいま、疲れた~」
「だろうね。そう言えば、もうすぐ試合とか言ってたけど、お前出るの?」
「出ないよ。俺、1年だし、まだ補欠」
荷物をおきキッチンに行くと、蓮は冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、飛鳥と会話をする。
そんな弾むような声を聞きながら、華は依然、無言のまま考え事をしていた。
『それでも私は、絶対に彼を好きになったりしないから……』
その言葉は、とても深く胸に付き刺さっていた。
(……絶対にって)
どうして、あんなにハッキリ、断言できるんだろう。
きっと、あの倉色さんは、本当に兄のことを、友達としか思ってない。
でも───
お兄ちゃんは?
「ねぇ……お兄ちゃん」
「「?」」
すると、再度問いかけられ、飛鳥が華に視線を向けると、麦茶を飲んでいた蓮も、同時にその手を止めた。
すると、華は──
「もしかして、お兄ちゃん。倉色さんのことが好きなの?」
「……え?」
瞬間、リビングが静まり返る。
蓮と飛鳥は、ただただ呆然と華を見つめると
(く……くらしき?)
全く聞き覚えのない名前が飛び出してきて、飛鳥と蓮は困惑する。
蓮はもちろんだが、未だに、あかりの苗字を知らない飛鳥が、その名を理解出来るわけもなく、二人の頭の中には、同時に?マークが飛び交う。
「え? 誰それ?」
「え!?」
すると、率直に返した飛鳥の言葉に、今度は華が仰天する。
(ちょ、まさか名前知らないの!?)
本を貸しといて?
家に上げといて!?
だが、その瞬間、華は前に、その後輩の名前を聞いた際に
『そういえば、アイツ名前なんて言うんだろう? 聞くの忘れてた』
なんて、兄が言っていたのを思い出した。
「はぁ!? あかりさんだよ! あかりさん!! 倉色あかりさん!! この前、部屋に連れ込んでたでしょ!?」
「え? あかり? あー、アイツ『倉色』って苗字だったんだ」
「……っ」
だが、特に取り乱しもせず、平然と「あかり」などと呼び捨てにする兄。
そんな兄に、華の苛立ちは更に増していく。
「何それ、信じらんない!? 好きな女の子の名前、知らないとかありえる!?」
「はぁ? てか、なんで俺があかりのこと好きみたいな話になってんの? この前、言っただろ。あかりは友達だって」
なに、誤解してんの──と軽くあしらいつつ、飛鳥はまた平然と紅茶を飲み始めた。
まるで相手にしない兄に、華はグッと奥歯を噛みしめると
(ッ……友達って)
確かに、あかりさんも、そう言ってた。
でも、お兄ちゃんは?
本当に、そうなの?
『あかり』だなんて、簡単に呼び捨てにしといて?
まるで守ってるみたいに、大学で話しかけないようにしといて?
本を貸したのも、差し入れ持って行ったのも、家に上げたのも、明らかに他の女の子とは対応が違うのに
それで、ただの友達だなんて───
「ッ──そんなの信じられるわけない!!」
「!?」
すると華は、バン!とテーブルを叩き、その場から立ち上がると
「どうしても友達だっていうなら、この前、なんであかりさんを抱きしめてたのか、ちゃんと説明してよ!」
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