第299話 連絡先と父

「じゃぁ、帰りは何時になるか分からないから、終わったらLimeするね」


「あぁ、文化祭の練習がんばれよ。あと、蓮も部活頑張って」


「「はーい。じゃぁ、行ってきまーす」」


 次の日の土曜日──学校に行くため制服に着替えた華とジャージ姿の蓮を見送ると、飛鳥は再びリビングに戻った。


 リビングにはエレナが一人。3人がけのソファーに座り込むエレナは、スマホを見つめながら、なにやら文字を打っているようだった。


「エレナ、誰かとメール?」

「うん。あかりお姉ちゃんと」


 あの件以来、エレナは時折こうしてあかりと連絡を取っていた。


 あかりも、エレナのことを気にかけていたし、エレナにとっても、あかりは今も変わらず、心の拠り所になっているのだろう。


 飛鳥は、そんなエレナの隣に腰掛けると、あかりについて問いかける。


「あかり、あれから大丈夫?」


「うん……あれ? 飛鳥さん、連絡とってないの?」


「連絡とるもなにも、俺、あかりの連絡先しらないし」


「………」


「? なに?」


「あ、うんん。仲が良いから、知ってるのかと思ってた」


 どこか腑に落ちない表情を浮かべたあと、エレナはまたスマホに視線を戻した。


(連絡先か……)


 すると飛鳥は、ふと今までの事を振り返る。


 なんだかんだよく会っていたはずなのに、連絡先を聞こうと思いつつも、ずっと聞けないままだった。


(ていうか。俺、今まで女の子に連絡先聞いたことないような……?)


「あかりお姉ちゃん、飛鳥さんのこと心配してたよ」


「え?」


 すると、今度はエレナから話しかけて来て、飛鳥は視線を戻す。


「心配? あかりが?」


「うん。腕の怪我、大丈夫かなって」


「あぁ、気にしなくていいっていったのに」


「うーん、でも、やっぱり気にするんじゃないかな? 傷跡、残っちゃうかもしれないんでしょ?」


 あれから一週間がたって、痛みはもうなくなった。だけど、そこまで深くはなかったとはいえ、腕には5~6センチほどの傷が残るらしい。


 だが、飛鳥からしたら、こんな傷、なんてことはなかった。


「もう一度『気にしなくていい』って言っといて。俺は、あかりが傷つく方が、ずっとずっと嫌だから」


「え!? ぁ、うん!」


 何気なしにそう言えば、エレナは頬を赤らめ、そのあと、またスマホに文字を打ち始めた。


 時刻は朝の9時過ぎ。もう時期、父が帰ってくる時間だ。飛鳥は、そんなことを考えながら頬杖をつく。


 すると───


「飛鳥さんて、お姉ちゃんのこと好きなの?」


「え?」


 瞬間、突拍子もない言葉がエレナから返ってきて、飛鳥は思わず間の抜けた声を発した。


「え? 何?」


「あ……だって、あの時すごく必死だったし」


「必死だったって、それは……っ」


 あんなところに出くわせば、誰だって必死になる。別に相手が、あかりだったからとか、そんなわけではなくて


(……ていうか、この前からなんなんだ? 華といい、エレナといい)


 なんで、そんなふうに思うのだろう。

 俺が、あかりのことを好きだなんて───


 ──ピンポーン!


「……!」


 瞬間、インターフォンがなって、思考が中断する。飛鳥が玄関の方に視線を向けると、エレナがその人物を察知して、緊張から身を強ばらせた。


 どうやら、父の侑斗が帰って来たらしい。




 ◇◇◇



「あら、神木さん、お久しぶりです。今日帰って来られたんですか?」


「はい。お久しぶりです、瀬戸山さん。暫くはこっちにいるので、またお世話になります」


 マンションのエレベーターが7階につくと、その先で館内整備の女性に声をかけられた。


 侑斗は軽く会話をかわすと、スーツケースを引きずって、自宅へと進む。一番奥の角部屋。その住みなれた我が家の前にたつと


(愛しい愛しい我が子達は、元気かな~?)


 そんなことを考えながら、侑斗はインターフォンをならした。


 だが、昨日貰った息子からのメールだと、華と蓮は文化祭の練習や部活があるらしい。


 では、中にいるのは飛鳥だけかと、またいつものように、あの美人な息子が出迎えてくれるのを待つ。


 ──ガチャ


 すると、それから暫くして、玄関の扉が開いた。


「ただいま、飛鳥~♡」


 いつものように両手を広げて、満面の笑みで息子を迎える。すると、その可愛い息子(20歳)が、相も変わらず冷ややかな表情で、こちらを見つめてきた。


 鮮やかな金色の髪と、青い瞳と、整った顔立ち。その見慣れた姿を見て、侑斗は我が家に帰ってきたのだと、ホッと顔をほころばせた。


 だが、その息子の隣には、なぜかもう一人、がいた。


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