第297話 友達と暗証番号

「隆臣さんに、ひとつ。聞きたいことがあるんだけど」


「え?」


 双子の言葉に、隆臣は首を傾げる。

 いきなりどうしたのだろうか?


「その……隆臣さんも、のことしってるんだよね?」


「あかりさん? あー、大学で何度か見かけたし、飛鳥の話題にも、たまにでてきたからな」


「そ……そうなんだ」


 女の子の話題なんて滅多に出さない兄が、あかりさんの話はしていた。


 それを聞いて、華と蓮は更なる核心をえると、意を決して隆臣に問いかける。


「じゃぁ、やっぱり兄貴は、あかりさんのことが好きだよね?」


「え?」


 酷く真剣な表情でいった蓮の言葉に、隆臣は瞠目する。


 昨日、飛鳥はあかりさんを身を呈して守ったらしい。それもあってか、華と蓮も何かしら思うところがあったのかもしれない。


「……まぁ、好きかどうかはわからないが、飛鳥にとってあかりさんが、特別なのは確かだろうな」


「と、特別!?」


 すると、その言葉を聞いて、今度は華が顔を赤くすると


「そ、そっか……じゃぁ、やっぱり、もうすぐなのかな?」


「もうすぐ?」


「お兄ちゃんに、ができるの」


「…………」


 そう言われ、隆臣は納得しつつも眉をひそめた。華と蓮の言いたいことは、なんとなく分かった。


 だけど……


「それは、どうだろうな」


「え?」


「確かに、俺もそう思った時があった。だけどそれは、あかりさんの気持ちにもよるだろ」


「そ、そりゃ、そうだけど」


「確かに、飛鳥にとって、あかりさんは他の女の子とは違う。あの飛鳥が、珍しく弱音を吐きそうになった相手なんだからな。だけど、あかりさんは、良くも悪く飛鳥をとしか思ってない」


「……」


「まぁ、だからこそ飛鳥も居心地がよかったんだろ。恋愛感情を抱かれなかったから、楽だった。だけど、それで成り立っていた関係が変われば、上手くいかなくなる場合もある。特に男女の場合はな」


「それは……」


 それは、華にも覚えがあった。友達だと思っていたさかきくんが、自分のことを好きだったと知った時、華もすごく戸惑ったから


 それに、あかりさんと初めて会った時


『心配しないでね。私は絶対に、彼を好きになったりしないから』


 あかりさんは、確かに、そう言っていた。


「じゃぁ、お兄ちゃんは……」


「下手したらフラれるだろうな」


「フラれる!?」


「あの、兄貴が!?」


「あぁ、なかなか想像つかないだろうけどな」


「そんな……でも、なんであかりさん、飛鳥兄ぃのこと、好きにならないなんていいきれるんだろう?」


「それは……」


 華の問いかけに、隆臣は真面目な顔をすると


「好みのタイプじゃないからだろ」


「ちょっと待って、それは致命的過ぎる!?」









 ◇◇◇


「──くしゅッ!」


 一方飛鳥は、エレナと共にミサの部屋を片付けながら、入院に必要なものをかき集めていた。


 そんな中、急にくしゃみをした飛鳥を見て、エレナが声をかける。


「飛鳥さん、大丈夫? 風邪?」


「……いや、多分ホコリ」


 クローゼットの中から、少しホコリのかぶったスーツケースを持ち出すと、ミサのタンスの中から、下着やらパジャマやらをエレナに手伝ってもらいながら、中につめる。


 だが、荷物を用意したところで、直接手渡しにいく訳ではない。


 病院の先生にも、しばらく面会はせず、距離を置くよう言われた。


 入院の手続きは飛鳥がしなくてはならないが、正直、昨日の今日で、会わずにすんだことに、飛鳥はほっとしていた。


「とりあえず、必要なものは、まとまったけど」


 片付けをして、荷物をまとめ終わり、スーツケースを持った飛鳥は、またエレナと共にリビングに戻ってきた。


 すると、さっき置きっぱなしだったスマホが目にとまり、会社の番号を調べなくてはと、飛鳥は改めてミサのバッグの中を確認し、その中から愛用の手帳を取りだした。


(……暗証番号は、さすがに手帳には書いてないだろうけど、会社の連絡先くらいは)


 パラパラと手帳を捲り、住所録のページを見つける。だが、そこには会社の連絡先はおろか、文字一つ書かれていなかった。


(……白紙か。そう言えば、両親はフランスにいるって言ってたっけ。入院の連帯保証人も一人必要なんだけど、近くに知り合いはいないのかな?)


 親戚じゃなくても、友達とか、ほかに頼れる人はいなかったのだろうか?


 白紙の住所録を見つめながら、やはり全ての情報はスマホの中かと、飛鳥は手帳をめくりながら考える。


「……!」


 だがその瞬間、手帳の隙間から、ヒラリと何かが滑り落ちてきた。


 足元に落ちたそれは、少し年季の入った写真。だが、その見覚えのある写真を見て、飛鳥は眉を顰めた。


 そこには、ミサと自分の父である侑斗がいた。そして、その間には、まだ赤ちゃんだった頃の──自分の姿。


「……これ」


「あ。この写真の赤ちゃん、やっぱり飛鳥さんだよね? じゃぁ、この男の人は」


「俺の父親。だけど……」


 前にエレナが『大事に持ち歩いている写真』があると言っていたのを思い出す。


 だけど、こうして改めて見ると、ふと疑問を抱く。なぜ、別れた夫が映る写真を、手帳に入れて大事に持ち歩いているのだろう。


「まだ、好きなのかな? お母さん」


「え?」


「飛鳥さんのお父さんのこと」


「…………」


 エレナの言葉に、飛鳥は再びにスマホに目を向けた。


 ──いや、まさか、そんなわけない。


 そう思いつつも、恐る恐るスマホを手に取ると、またロック画面を開く。


(父さんの誕生日は……9月1日)


 すると飛鳥は、ゆっくりと「0901」と入力する。だが


(あれ、違った……!)


 侑斗の誕生日ではなかったらしく、スマホは相変わらずロック画面のままだった。


(いやいや、むしろよかっただろ。これで、父さんの誕生日だったら、さすがに怖すぎる……!)


 そう思い、とたんに脱力する。だが、さすがにお手上げだなと、飛鳥がスマホを手放そうとした時


「あ、そうだ」


 不意に、エレナが声を上げた。


「ん? どうした?」


「あの、もしかして、私のスマホの暗証番号と同じだったりするかな?」


「え?」


「私のスマホ。お母さんが暗証番号つけてくれたの。絶対に変えちゃダメって言われてて……」


「エレナのスマホの暗証番号って?」


「0112」


「え?」


 瞬間、飛鳥は動きをとめた。


「01……12?」


「うん。でも、なんの番号?って聞いたけど『適当に付けただけよ』って言ってだから、違うかもしれない」


「…………」


 エレナの言葉を聞いたあと、飛鳥は再びスマホに目を向けた。


 半信半疑ながらも、1文字1文字「0」「1」「1」「2」と入力していく。


 すると、その瞬間──


「……え?」


 画面がスッとホーム画面に切り替わった。それは、ロックが解除されたことを意味していた。


「わ~やったね! 解除できた!」


「………」


 横ではしゃぐエレナの声を聞きながら、飛鳥は手にしたスマホを、呆然と見つめた。


 0112。なぜなら、その番号は──


(1月12日。俺の……誕生日だ)


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