第1章 高校生と新生活

第51話 神木家と新生活

「飛鳥兄ぃ、これ、どうやって結めばいいの~」


 高校の入学式当日。はなは、れんと共にリビングにくるなり、中で朝食の準備をしていた兄に泣きついていた。


 先日届いたばかりの制服に袖を通した華は、もう、すっかり女子高生。だが、どうやらネクタイの結び方が分からないらしい。そして、それは、隣にいる蓮も同じで……


「女子はネクタイとリボン、好きな方を選べただろ。結べないならリボンにすればよかったのに」


「だって、蓮とおそろいの方がいいなーと思って」


 こんな時に、ついおそろいを選んでしまうのは、やはり双子だからか? 飛鳥あすかは飽きれながら、華のそばに歩み寄ると、妹のネクタイにそっと手をかけた。


 深緑色のジャケットとグレーのスカートとボルドーのネクタイ。まだ着慣れないその制服は、数年前に飛鳥が通っていた桜聖高校おうせいこうこうの制服だ。


 その馴染みのある制服に、飛鳥はどこか懐かしさを感じつつ、するりと華の首にネクタイを通すと


「よく見て、覚えろよ」


 と言って、華の正面からネクタイを結び始めた。だが……


「え!? ちょっと待って、もう一回!」


「……」


 どうやら、まだよく分からないらしい。


 華が兄の手元を見ながらそう言って、飛鳥はやれやれと、今度は華をくるりと半回転させると、華の背ろから首元に手を回し、軽く抱き込めるような体勢で、ネクタイを結びはじめた。


 身体が密着すれば、お互いのシャンプーの香りが微かに鼻腔を掠めた。兄の金色の髪も華の茶色がかった黒髪も香りは同じ。それもそうだろう。なぜなら使っているシャンプーが同じなのだから。


「わかった?」


 すると、しばらくして、飛鳥が手を離せば、やっと結び方が分かったらしい。華は「なるほど!」と声を発した。


「ありがとう! 何となく、わかった!」


「なんとなくかよ」


「えへへ。でも、ネクタイ結べるって、なんかかっこいいよね! 大人って感じ!」


「華は、まだお子様だろ」


「私だって、ネクタイ結べるようになれば、大人になれるよ!」


「すごいね。大人ってそんなに簡単になれるんだ。蓮はどう、結び方がわかった?」


「うん。今のでなんとなく」


 二人のそばで、兄の手元を見ながら実践していた蓮の首元には、もうしっかりネクタイが結ばれていた。


 だが、初めてだからか、少しばかり不格好なそれを飛鳥が正してやれば、その瞬間、リビングに父の侑斗ゆうとが入ってきた。


「お~二人とも、似合うな~」


 双子の入学式に合わせて、海外から再び日本に戻ってきた侑斗は、二人のブレザー姿を見て絶賛する。


 先日まで学ランとセーラー服を着ていた二人。だが、今はどこをどう見ても「高校生」で、侑斗は、子供たちの成長を感じ、そっと目頭を押さえた。


「あー、大きくなったな、二人とも。あんなに小さかったのに……っ」


「父さん、それ何度目? 俺たちが入学卒業する度に泣くの、もう見飽きたんだけど?」


 感極まる父をみて、蓮が冷静につっこむ。

 この父は、子供たちの事になると格段に涙もろくなるのだ。


「あはは! お父さんて、ホントに涙腺弱いよね~」


「あのなぁ、華! お前たちも子供ができれば、わかるだろうけど、我が子の成長ってダイレクトに、くるんだよ、目に! それに、俺もよくここまで頑張ったなーとか思うと、なんかもう、じわじわ来る……っ」


「なにそれ、自分の頑張りに涙してんの?」


「だってお前達、今までどんだけ俺に心配かけてきたと思ってんの!? もう、俺のメンタル何回か死にかけてるんだよ!? だからさ、こうしてお前達の成長を感じると素直に嬉しくて……っ」


 すると侑斗は、再び目頭を押さえた。

 子供たちは、そんな父の側まで歩み寄ると


「そうだね。父さん、本当によく頑張ってると思うよ」


「男手一つで子供3人も育てるって大変だよね。ありがとう、オレたちのために、毎日働いてくれて」


「私達が高校生になれたのは、全部父さんのおかげだよ!」


「なにお前達!? なんで、いきなり優しくすんの!? 涙止まんなくなるからヤメテ!!?」


 涙目になり立ち尽くす父に、次々と労いの言葉をかけはじめる子供達。だが、日頃、素っ気ない対応をされているからかこそ、たまに優しくされると、涙腺崩壊も致し方ないのである。


「でも、本当によく似合ってるよ。華、蓮、改めて入学おめでとう」


 すると、侑斗がにこやかにそう言って、華と蓮は顔を見合わせたあと、照れたように笑うと、華は改めて自分の姿を確認する。


 スカートの裾をヒラリと揺らしながら、嬉しそうな華の姿は、実に可愛らしい。


「やっぱり、制服着ると実感わくよね。今日から女子高生かー。なんだか新鮮ー」


「そうだな。でも、華はいいけど、オレはまた兄貴のお下がりだしなー。あまり感動ないかも」


「あのな蓮、お前に制服下げるために、俺がどれだけ頑張って、ボタン死守してきたと思ってんの?」


「何それ!? 弟へのお下がりのために第2ボタン死守するとか、聞いたことないんだけど!?」


「卒業式、隆ちゃん、囮おとりにして全力で逃げたよ♪」


「まず、それ隆臣さんに謝って!?」


 飛鳥がニコリと笑むと、友人をあっさり生贄に差し出した兄に、蓮が顔を青くし抗議する。


 思い出すのは、数年前の高校の卒業式のこと。


 もしかしたら、可愛い弟がこの制服を使うかもしれない。そう思って、必死の逃げ惑ったあの壮絶な卒業式のことは、今でも飛鳥の胸に刻まれていた。


「もういっそのこと、身ぐるみ剥がされてくればよかったのに……」


「は?」


 だが、ボソリと呟いた蓮の言葉に、飛鳥は再びニコリと微笑むと


「あのさ。双子を同時に入学させるのに、どんだけかかると思ってんの? 制服くらい我慢できないの?」


「うわ、それ言うの反則」


「飛鳥くん、蓮くん。お父さん頑張るから、ケンカしないで!」


 にっこり笑顔で毒づく飛鳥と、二の句の告げなくなった蓮を見て、侑斗が仲裁にはいる。


 片親で子供を三人育てている侑斗。家計を管理している飛鳥の言い分もわかるし、毎回お下がりは嫌だという蓮の言い分もわかる!


 うん、とりあえず、これからも死に物狂いで働らこう!!そんなことを考えたあと、侑斗はあることに気づく。


「あれ? 蓮、お前、いま身長いくつだ?」


「え? 162だけど」


「そうか……もしかしたら、飛鳥が高校入学したときよりも背高いかもか?」


「「え?」」


「いやー、飛鳥が入学したときは、その制服、まだ少し大きかった気がしてな」


「「……」」


 二人並んだら姿を見比べながら、ふむふむと考え込む侑斗を見て、飛鳥と蓮は共に黙り込む。


 蓮の身長は今165㎝。

 それに加え、飛鳥の現在の身長は172㎝。


 まだ、その差は確かにあるが、飛鳥が華奢なのもあってか、お互いの入学時を比較すると、幾分か弟の方が、兄よりも体格がよい。


「へー、てことはオレ、兄貴よりも確実に背高くなるよね?」


「何言ってんの? 俺まだ成長期終わってないから」


「いやいや、もう遅いでしょ。高校生の成長期、舐めないほうがいいよ兄貴。絶対抜くから!」


「へーいい度胸じゃん。お前が俺の身長抜いたら、赤飯炊いてやるよ」


 決して笑っているとは言えない笑顔で弟を威圧する兄。やはり兄としては、弟に身長を越されるのは、そのプライドが許さないということなのか?


「あー、男の子はこれだからなー」


「もう、そんなのどっちでもいいよー、こんな日にまで喧嘩しないでよね!」


 すると、兄と弟の下らないバトルを直視し、侑斗と華があきれた声を発する。入学式の朝だというのに、今日も神木家は朝から変わらずこの調子である。


「あ、そうだ。飛鳥兄ぃ、今日は絶対に入学式にはこないでよ!」


 すると、今度は、華が兄に向けて少しひどい言葉をかけてきた。だが、飛鳥にとっては、むしろ当然とでもいうように……


「行くわけないだろ。わざわざそんな人が多い所。それより、早くご飯食べないと、冷めるよ?」


 もう高校生だ。入学式なんて父一人行けばこと足りると、飛鳥はキッチンに戻ると、今度は、朝食をすすめてきた。


 ダイニングテーブルを見れば、今日も兄が作った朝食が、人数分しっかりと並んでいた。


「ありがとうな、飛鳥。明日は父さんが作るからな」


「じゃぁ、明日は和食がいい」


「了解~」


「さすがお兄様! 今日もありがたくいただきます!」


「ていうか、華も少しは料理したら?」


 美味しそうな香りに誘われ、四人はいつもの席に腰かけると、今日も変わらず、家族で食卓を囲む。




 桜が満開に咲く、この良き日。



 飛鳥は大学三年。

 華と蓮は高校一年生になった。



 少しお騒がせな神木家の三兄妹弟。




 今日からまた、賑やかで笑顔いっぱいの





 ───新生活の始まりです。


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