第366話 関係と困惑


(……もう、大丈夫かしら?)


 その後、赤らんだ目元を冷やし、なんとかオフィスに戻れそうな顔になり、ミサは一息ついた。


 手には、飛鳥が持ってきてくれた、お弁当があった。先程、同僚たちにお昼に誘われたが、このお弁当を食べないなんて、選択肢は、もはやなかった。


 わざわざ、飛鳥が届けに来てくれた。

 それが、あまりにも嬉しかったから……


(っ……ダメダメ。せっかく落ち着いたのに、また泣いてしまいそうだわ)


 昔から、泣き虫ではあったが、もう、いい年だ。この辺も含めて、何とかしていきたい。


 ミサは、未だに子供っぽい部分が抜けきらない自分を諌めつつ、オフィスに戻った。


 だが、そこは、普段よりもガヤガヤと騒がしかった。


 しかも、その話題に上がってるのは……


「もう、すっごいカッコよかったの! 超イケメン!!」


「マジで、紺野さんを、そのまま男の子にした感じで!!」


「もう、眼福!! 金髪碧眼で、二次元の美男子がそのまま飛び出して来たみたいな!!」


「…………」


 あれは、きっと飛鳥のことを話しているのだろう。


 だが、なぜ飛鳥の話が、こんな所で広まってるのか?


 まさか、同僚に付けられていたなんて知らないミサにとっては、目を疑う光景だった。


「あ! 紺野さん!」


 すると、その中の一人が、ミサに気づいたらしい。女子社員が駆け寄って来たかと思えば、飛鳥のことを根掘り葉掘り、聴き始めた。


「紺野さん! さっきの男の子、知り合いなんですよね!?」


「どんな関係なんですか!? 紺野さんそっくりで! もしかして、弟さんとかですか!?」


(え、弟……?)


 どうやら、親子とは思われていないらしい。


 だが、それも無理はなかった。なぜなら、ミサの子供は、小学生のエレナだけだと思われているから。


「あ、あの子は、その……弟ではないわ」


「え? 違うんですか?」


「えぇ、あの子は、私のなの」


「「!!!!!?!?」」


 瞬間、場の空気が凍りついた。


 あれほどのイケメン!

 しかも、ミサにそっくりな!!


 だが、あの美男子は、どう見ても高校生以上だった!! 目の前の若々しい美人が産んだとは、とてもじゃないが思えない!!


「息子おおおぉ!?」


「何言ってるんですか、ありえないですよ!! 紺野さん、一体いくつで産んだんですか!?」


「え!? あの、何度も言うようだけど、私、これでも40代なの!」


 若く見られるせいで、実の息子を、弟と勘違いされてしまうなんて……


 ミサは、その後、騒然とするみんなを宥めつつも、こうして息子のことを話せるようになったことに、感慨深いものを感じた。


 二度も離婚している、訳ありな女だ。


 侑斗ゆうとのことも、慎也しんやのことも、話題にすらしなかったし、当然、もう1人子供がいるなんて、話したこともなかった。


 一度切れた繋がりが、またこうして復活したのも全て、ここ数ヶ月、支えてくれた神木家のおかげだ。


(今度こそ、大事にしよう)


 自分の思いを押し付けるのではなく

 相手の心に寄り添える人間になろう。


 他人を嫌うのではなく

 また、信じられるようになろう。


 もう、年はとってしまったけど

 今からでも遅くはない。


 いくつになっても、変わる気になれば、人は変わっていけるはずだから……



「でも、残念だなー。紺野さんと、お昼行けるとおもったのに~」


 すると、また別の女子社員が残念そうに呟いて、ミサは顔を上げた。


「おい、こら! 仕方ないだろ!」


「そんなこといったら、紺野さんが、気にしちゃうじゃない!」


「あ、すみません、紺野さん! せっかく、息子さんがお弁当持って来てくれたのに! 私たちのことは、気にしないでくださいね!」


「………」


 人との関わりは、あまり持ちたくなかった。

 近づかれると、逃げたくなった。


 また、裏切られたらどうしようと、幼い頃の自分が怯えだすから。


 でも……


「ありがとう……よ、よかったら、来週の月曜日は、どうかしら?」


「え?」


「お弁当ん持たずに来るから、お昼、ご一緒してもいいかしら?」


 変わるための、第一歩。

 ほんの少しだけ、勇気をだそう。


 生きていれば、いつかまた裏切られて辛い思いをする日も来るかもしれないけど


 それでも、今の自分なら、大丈夫な気がした。


 今の自分には、落ち込んだ時に、支えてくれる人がいる。


 寄り添ってくれる人がいる。


 だから……



「もちろん!! 一緒にお昼とってくれるんですか、紺野さん!!」


「えぇ」


「やった~!」


 一緒に食事をとることを喜んでくれる同僚たちを見つめ、ミサは小さく笑みを浮かべた。


 なんだか少しだけ、学生のころに戻ったような気がした。


 たくさんの友達と、輪を作って楽しく過ごしていた、あの頃。


 まだ、夢を絶たれる前の、輝きに満ちた青春時代。


 もしも、戻れるなら、戻りたいと思った。


 あのころの


 夢にひたむきだったころの、自分に──




(また、夢を見れるかしら…?)


 子供に執着するのではなく、今度は、自分がやりたいと思えることを、今からでも、見つけられるだろうか?


 もし、見つかったなら

 しっかり両親に会って、報告したい。


「私、今……夢があるの」


 ──って。



 そうしたら、また喜んでくれるかな?



 あの日、夢を失った娘が



 こうして、立ち直れたことを……





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