第362話 息子と呼び出し
(あ! もしかして、美里さん、二人が付き合ってることを、知らなかったんじゃ……!?)
とんでもないことを、とんでもないタイミングで暴露してしまった気がして、あかりは真っ青になった。
これは、やってしまったかもしれない!
もし、あの二人が、付き合っていることを親に内緒にしていたら、もはや、取り返しがつかない!!
「あ、あの! こ、恋人というのは、アレです! 付き合ってるとか、そう言う意味のあれではなくて……あの、その、アレです、アレ……!」
──どれだ?
もはやパニックになり、この状況を回避する言葉が一切思いつかなかった。だが、そうして慌てるあかりを見て、美里が突如、笑いだす。
「うふふ、恋人って! そうね、確かに、あの二人、仲がよすぎるものね」
「え?」
そして、軽く笑い飛ばす美里に、あかりが
なんといっても、二人は男同士で、しかも片方は、美里にとっては愛する我が子だ。母親なら、もっと困惑してもいいはずなのに……
「お、驚かないんですね?」
「えぇ。だって、あの子達、付き合ってないし」
「え? 付き合ってない?(あれ? でも、ミサさんは……)」
瞬間、あかりの脳内には、ひたすら?マークが浮かんだ。
花見に行った日の朝、ミサは確かに『二人が付き合っている』といっていた。それに、あのミサが、そんな嘘をついてるとは思えなかった。
とはいえ、目の前の美里もまた、嘘をついているようには見えず……
「まぁ、勘違いする気持ちも分かるわ。私も前に二人の仲を疑って、一度、問いつめたことがあるから」
「問いつめた!?」
「えぇ、家に帰宅したら、隆臣が、メイド姿の飛鳥くんを押し倒していたことがあって、さすがにあせっちゃって!」
「メ、メイド服!?」
しかも、押し倒してた!?
その、衝撃的な現場を想像して、あかりは頬を赤らめた。あの神木さんなら、メイド服だって、抜群に着こなしてしまうだろう!
だが、そんな神木さんを、橘さんが押し倒して!?
「そ……それは、付き合ってるのでは?」
「付き合ってないわよ。あの時は、メイド服を着て遊んでただけみたいだし」
(遊ぶ!?)
遊ぶって、なに!?
男がメイド服を着る遊びって、どんな遊び!?
あかりは、更にパニックになる。
だが、美里は、そんなあかりを見つめて
「ふふ。まぁ、あの子たちは普通のお友達同士だから、隆臣に気を使う必要はないし、お隣さんの件は、これまで通り、飛鳥くんに彼氏のフリしてもらえばいいわ。あの子、見かけによらず面倒見がいいし、きっと、困ってたら助けてくれるから」
「そ、それは、そうですが……っ」
だが、そう言われ、あかりは、ふと飛鳥のことを思い出した。
彼が優しい人なのは、よく分かってる。
でも、だからこそ、甘えないようにしようとおもったのだ。
この感情が、これ以上、大きくならないように……
「もしかして、倉色さんは、飛鳥くんのことが好きなの?」
「え?」
だが、その瞬間、問いかけられた言葉に、あかりが、あからさまに動揺する。
「え!? あ……ち、違います! 私は神木さんのお友達で、恋愛感情なんて、一切りません!! あ、えっと、きょ、今日はありがとうございました! アルバイトの件は、しっかり親と話し合って、また連絡します!」
「そう、わかったわ。気をつけて帰ってね」
すると、あかりは「ありがとうございます」と頭を下げ、そそくさと部屋から出ていった。
だが、美里は、その姿を見て、微笑ましげに目を細めると
(ふふ、赤くなっちゃって……可愛い♡)
◇
◇
◇
「あのぅ、どうかしたんですか?」
「?」
一方、ミサの会社へとやって来た飛鳥は、若い女性に声をかけられていた。
ふと顔をあげれば、そこには、スーツ姿の女性が一人。きっと、この会社の社員なのだろう。
飛鳥は、それに気づくと
「すみません。身内が忘れ物をして、それを届けに来ました」
「あ!! もしかして、紺野さんのご家族の方ですか!?」
「え、あ……っ」
すると、飛鳥の容姿をじっと凝視したかと思えば、女性は、ずいっと詰め寄って来た。
しかも、ご家族などと言われ、少しだけ返事に困る。
もう長く『家族』としての実感がない。
だが、ここで『家族』と言わないのもおかしな話で……
「はい……そうです。申し訳ありませんが、紺野を呼び出して頂けますか?」
「もちろ~ん! やっぱり、紺野さんと関係があったんですね~! 髪の色とか顔立ちとか、そっくりだと思ったんです! ちょっと待っててくださいね! 今、上のオフィスから呼んできますから!」
「は、はい……ありがとうございます」
あまりの剣幕に驚いたが、それでも、にこやかに答えると、エントランスの脇にあるソファーで待っているよう促された飛鳥は、移動したあと、ミサが忘れたお弁当を見やり、小さく息を飲んだ。
会うのは、約半年ぶり。
そして、最後に話したのは、エレナを助けに向かった、あの日。
さらに言えば、あの日、自分は、あの人に、さまざまな負の感情を、ぶつけてしまった。
辛かったこと。
苦しかったこと。
頭にきたこと。
なにもかも洗いざらいぶちまけて、これまでの思いを吐き出した。
後悔は──してない。
伝えたかったことを出し切って、逆にスッキリした。だけど、その後のあの人の胸中が、ずっと気になっていた。
きっと、傷ついているだろう。
実の息子に、あそこまで言われて……
(会って、何を話せばいいんだろう)
あの日、あの人が笑いながら、泣き崩れた姿を思い出す。
かける言葉なんて、思いつかないし、考えつきもしない。
できるなら、会わずに帰りたいとすら思う。
だけど、ここで逃げていては、いつまで経っても変われない気がした。
(無が有に、転じただけでも……か)
すると、ふと、あかりに言われた言葉を思い出した。
『100の信用が0に落ちるのは、あっという間でも、0に落ちたものを1に上げるのは、そう簡単なことじゃありません。それでも、今まで"嫌いだった人"を、"絶対に許せなかった人"を、あなたは今、許そうとしていて、
『0』だったものが、やっと『1』に変わった。
許せなかった人を、許せるようになりたいと思うようになった。
かなりの時間は、かかってしまったけど、確かに、一歩は踏み出した。
歩みよるための一歩。
なら、次は──二歩目を踏み出す番。
『1』で終わらないために──
(大丈夫。もう、怯える必要はないし)
だから、逃げる必要はない。
そして、歩み寄りたいなら、止まっていたらダメだ。
重い足を上げて、自分から近付いて、声を聞いて、今のあの人を、知っていかないと……
その後、深く息を着くと、飛鳥は、静かにミサを待った。
いまだに、複雑な気持ちはなくならずとも、それでも、約16年ぶりに、まともな母に会える気がした。
「いつか、また『親子』に戻れるかな……」
ガラス窓に映った、あの人にそっくりな綺麗な容姿をみつめながら、飛鳥は静か静かに呟いたのだった。
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