第363話 迷いと再会


 30階建てのビル。その12階にあるオフィスで、ミサは事務として働いていた。


 仕事に復帰して、まだ半月。


 迷惑をかけてしまったため、肩身の狭い思いをしつつも、同僚たちは、ミサの復帰をこころよく受け入れ、喜んでくれた。


 なにより、休職前は、よく秘書課の応援に行かされていたミサだったが、入院の話しを聞き、課長や他の社員たちが、上に抗議してくれたらしい。


 そのおかげか、休職後は、秘書課の仕事を手伝うこともなくなり、今は事務として、比較的、穏やかな生活を送っていた。


「あ……」


 だが、その仕事中、パソコンを見つめながら、ふとミサが声を上げた。


 どうやら、お弁当を忘れたことを思い出したらしく、その声を聞いて、隣にいた女性社員が声をかけてきた。


「どうしたんですか、紺野さん」


「あ、ごめんなさい。お弁当を忘れたのを思い出して」


 今日の朝、エレナと二人分のお弁当を作ったミサ。だが、その際、自分のお弁当をバックに入れるのを忘れてしまった。


(ダメね……もっとしっかりしなきゃ)


「えー、お弁当忘れちゃうなんて、紺野さんも、そーいうミスしちゃうことあるんですね」


「あ、そうね」


「なんだか意外です! いつも完璧なんで、バリバリのキャリアウーマンって感じなのに! でも、ちょっと安心しちゃいました~」


「安心?」


「はい! 親近感がわくっいうか、紺野さんも私たちと同じなんだなーって」


「…………」


 そう言われ、ミサは呆気に取られた。


 きっと同じではない。自分は、彼女たち以上にダメなところがたくさんある。


 それを必死に、よく見せようと努力しているだけなのだ。


 だが、それでも親近感が湧くと、ダメな自分も受け入れてくれたのが、少し嬉しかった。


「そう、ありがとう……でも、私、結構ダメなところばっかりよ」


「そうですか? あ、そうだ! お弁当忘れたなら、一緒にお昼食べませんか?」


「え?」


「だって、紺野さん、いつも一人でお弁当食べてるんですもん。近くに美味しい和食屋さんがあって!」


「ねー、何の話~」


 すると、別の女子社員も話しかけてきて、ミサの周りには、少しづつ人が増えていく。


「紺野さんが、お弁当忘れたみたいで、お昼に誘ってるの!」


「え!? なにそれ、ズルい!!」


「マジで!? 俺も混ざりたい!!」


「ちょっと、グイグイ来すぎ!?」


 こんなチャンス滅多にないとばかりに、詰め寄る同僚たちに、ミサは驚きつつも迷う。


 普段は、断ってばかり。


 むしろ、断る口実として、常にお弁当をもって来ているというのもある。


 親しい人間を、友人と言われるような人達を増やすのが──怖い。


 どうしても、あの若い日の経験が蘇る。


 友人に嘘をつかれて、先輩たちに責められ、夢を立たれた、あの日のこと──


 だからこそ、ずっと友人は作らずに生きてきた。


 他人なんて信用出来ない。

 信用できるのは、血の繋がった我が子だけ。


 でも──


(……いつまでも、あの頃のままじゃ、ダメよね)


 この臆病に凝り固まった心を、何とかしたい。


 支えてくれたエレナや侑斗たちのためにも。


 そして、もう少し真っ当な人間になれたら、両親に会いに行きたい。


 フランスで、ずっと気にかけていてくれた、温かくて優しい、私の両親に──


「ありがとう、みんな」


 その後、ミサは柔らかく笑みを浮かべた。


 その笑みは、とても美しく、男性も女性も見惚れてしまうほど。


 だが、そこに──


「紺野さーん! ご家族の方が、忘れ物届けに来てますよ~」


「……!」


 不意に声をかけられ、ミサが目を向けると、同じ事務の社員が、オフィスに入ってきて、ミサは首を傾げた。


「忘れ物?」


「はい。今、エントランスで待ってもらってます」


「あ、もしかして、お弁当を届けに来てくれたんじゃないですか」


「そ……そうかもしれないけど」


 忘れ物は、多分、お弁当だろう。そう思考しつつも、ミサは軽く驚いていた。


(エレナ。こんな所まで、一人で来たのかしら?)


 自宅からここまで、それなりに距離がある。なによりエレナは、ミサの職場の場所を、正確には知らなかった。


 とはいえ、家族と言われる相手は、エレナしか考えられず、ミサはサッと立ち上がると、すぐに戻るむねをみんなに伝え、オフィスから出ていった。


 そして、残された社員たちは、少し残念そうな顔をして


「あー、お弁当きちゃたのか~。残念だったなー、一緒にお昼行くチャンスだったのに」


「娘さんかな、小学生の」


「いやいや、違うよ! 高校生くらいの男の子! それも紺野さんに負けないくらいの、超美人!!」


「ええ!?」


「なんですって!?」


 その言葉に、社員たちが一気に色めき立った。ミサですら、度を超えて美しいのに、それに負けないくらいの美人とは、どれほど美男子なのか!?


 これは、拝まなずにはいられないと、社員たちは、すぐさま尾行を開始し、その一連の騒ぎを見ていた男性社員が、黙々と仕事をしていた課長に声をかける。


「課長、いいんすか? アイツら、仕事放り投げて行きましたけど」


「そうだな。まぁ、時間内に終わらせてくれるなら、少しくらいはいいさ」



 ◇◇◇



 その後、寛大な課長のおかげで、まさか尾行されていると露とも知らないミサは、エレベーターに一人乗り込んだ。


 12階から1階まで降りると、エレベーターが開いた瞬間、ミサはすぐさまエントランスに出て、辺りを見回す。


 すると、広いエントランスの奥に、自分と同じ"金色の髪"をした人物が見えた。


 長く美しい金色の髪。

 だが、その人物は……


「ねぇ~? 君、なんて名前なの~?」


「えっと……飛鳥です」


「飛鳥くん! 年は? どこの学校通ってるの?」


「と、年は21で……学校は秘密」


「やだー秘密だなんて~! 聞いても押しかけたりしないよ~」


(あ……飛鳥?)


 なんと、そこで目にしたのは、何人もの女子社員に取り囲まれている、超モテモテな飛鳥の姿だった。

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