第394話 意識と毒


「なんで、脱いじゃいけないの?」


 その後、ロリータ服を着て眩いばかりの美少女に変身した飛鳥は、あかりが淹れてくれた紅茶を飲みながら、混沌としていた。


 『女装姿が見たい』という約束は、しっかり果たした。だから、もう着替えてもいいはずなのに、あかりが、ダメだと言って聞かないからだ。


「俺、早く着替えたいんだけど」


「ダメですよ。今日は一日、その格好でいてください」


「なんで? そんなに気に入ったの?」


「はい。とっても気に入りました! だから、お願いします。今日はそのままでいてください」


 あかりが、にこりと笑って頼めば、飛鳥は紅茶を飲みながら、仕方ないとばかりに、ため息をついた。


 だが、そうして、ため息をつく姿ですら、彼は美しいと、あかりは思った。


 夕日の色に似たストロベリーブロンドの髪も、海のように深いブルーの瞳も、その姿を形作る全てのものが、現実離れした美しさをまとっていた。


 まるでそれは、幼い頃に読んだ物語の中のお姫様のように――…


(おかしいな。女の子の姿なら、大丈夫だとおもったのに……)


 だが、飛鳥のその姿を見つめながら、あかりは自分の甘さを嘆いていた。


 この気持ちは、絶対に悟られてはいけない。

 だからこそ、すぐに女装してもらおうと思った。

 これ以上、意識しないように。


 それなのに……


を隠せる服だったから』


 そういわれた瞬間、目の前にいる人が男性なのだと、より意識してしまった。


 角ばった骨格も、自分より大きな手も、そして、声だって、何もかも変わらず男性のまま。


 例え、どんなに完璧な女の子に変身しても、彼は、彼のまま、何も変わらないのだと。


 だけど、それでも男の姿を直視しているよりは、幾分かマシだろう。あかりは、駆け足になる鼓動を必死に抑えこみながら、そう言い聞かせた。


 少しでも、意識しないように。

 この気落ちを、悟られないように。


 だけど、気を抜くと、今にも頬が赤らんでしまいそうで……


「あかり」

「は……はい!」


 瞬間、飛鳥が、あかりの顔を覗き込んだ。


 なにか、聴き逃してしまったのかもしれない。青い瞳と目が合った瞬間、まるで魔法でもかけられたように体が動かなくなった。


「あ……あの、なんですか、私……」


「別に、何も言ってないよ。名前、呼んでみただけ」


 名前を、呼んでみただけ!?

 なにそれ、紛らわしい!てっきり、何か言われて、聞き逃したのかと思った!


「焦った?」


「え?」


「聞き逃したと思って、焦ったのかなって」


「……っ」


 だが、その後放たれた言葉に、あかりは息を詰めた。それは、まさに図星だった。すると、申し訳なく身を縮こませたあかりを見て、飛鳥は


「前に、聞き返すのが怖いって言ったけど、俺には、そんな気を使わなくていいよ。


「……え」


 それは、すっと脳内に入り込んできた。


 何度でも同じ言葉を──その言葉は、まるで毒のように、ゆっくりと身体の中に浸透していく。


 やめてほしいと思った。

 その




 一番、――――堪える。





「……わ、私チョコレートプリン作ったんです。よかったら、一緒に食べませんか?」


 不意に目頭が熱くなって、あかりは俯きながら話しかけた。


 今にも、泣いてしまいそうだった。

 だけど、絶対に、泣いてはいけなくて――


「プリン?」


「はい、バレンタインのお返しにと思って。すぐに持ってきますね。ついでに、紅茶も淹れなおしてきます」


 立ち上がり、飛鳥の背を向け、あかりは逃げるようにキッチンへ向かった。すると、そんなあかりの背を見つめて、飛鳥は、またため息をついた。


(バレンタインの、お返しか……)


 さっき自分は、ハッキリと失恋した。その後でなければ、素直に喜べたのかもしれない。


 だけど、今となっては、お返しをもらっても虚しいだけ。


(ていうか、その気もないくせに、なんで手作りのプリンなんて作ってんの?)


 あかりの行動や発言に、時折、振り回される。


 諦めろと言われているのは確かなのに、その度に、もしかしたら……と、期待してしまう自分がいる。


(もう、どうすることも出来ないのに……)


 そう、どうすることもできない。

 何も、変えられない。


 今の自分にできることは、あかりを



 諦めることだけだから──…

 




 ◇


 ◇


 ◇




「お待たせしました〜」


 その後、キッチンに行ったあかりは、しばらくして明るい笑顔と共に戻ってきた。


 泣きそうな心を、しっかり切り替えてきたのか。あかりは、デザートをテーブルの上に置きながら、何事もなかったように話しかけた。


「昨夜、作って、さっき仕上げをしたんです。お口に合えばいいですが」


 差し出されたチョコレートプリンは、とても可愛らしかった。

 プリンの上には、ふわふわの生クリームが乗っていて、その上には、小ぶりブルーベリーとミントの葉。そして、ハート型に切ったイチゴがあった。


 だが、飛鳥は、そのイチゴを見て……


(なんで、イチゴが、ハートの形をしてるんだろう?)


 その気もないくせに??


 諦めさせたいなら、もう少し徹底して欲しいものだった。こんな、なことはせず。


「神木さん、どうかしました?」


「ぁ、いや……ありがとう。いただきます」


 だが、あかりのことだ。特に深い意味はないのだろう。そう納得させると、飛鳥はスプーンを取り、あかりか作ったチョコレートプリンを一匙口にした。





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