第395話 あかりと隆ちゃん
あかりの作ったプリンは、見た目ほど甘くはなく、ほどよい味だった。
食べやすいし、なにより美味しい。
だけど、プリンの上に飾られたハートのイチゴを見る度に、なんとも言えない気持ちになった。
手作りということは、あかりは自ら、このイチゴをハート型に切ったのだろう。
その姿を想像すれば、少し胸が熱くなる。
だけど、それと同時に虚しくもなった。
このイチゴも、このプリンも、失恋の記憶として残すには、あまりにも甘すぎたから。
「あの、お口にあいませんでしたか?」
「……!」
気難しい顔をしていたからか、あかりが不安げに飛鳥を見つめた。それを見て、飛鳥はすぐに笑顔に戻ると
「うんん、すごく美味しいよ。前に一緒に夕飯を食べた時も思ったけど、俺たち、味の好みは似てるかもね」
「そうなんでしょうか? あ、でも、神木さんが作ってくれたお味噌汁は、私も美味しいと思いました! あと、お花見の時のお弁当も!」
「そっか。俺もあの時、あかりが作ってきたサンドイッチは、とても美味しいと思ったよ」
にこやかに笑いながら、他愛もない話で盛り上がる。いくら失恋したとはいえ、いつまでも沈んでいる訳にはいかない。
今日は、あかりを祝いにきたのだから……
「そう言えば、バイトはどう? 隆ちゃんや美里さんたちと上手くやれてる?」
「はい。でも、まだ迷惑をかけることも多くて」
「迷惑?」
「なれないせいか、作業に集中していると、余計に聴き逃すことも多くて……でも、皆さん、とても優しいです。特に橘さんは、私が聞こえてないのに気づいて、よくフォローしてくださいますし。とても頼りになる方ですね、橘さん」
「え、隆ちゃん、あかりの耳のこと知ってんの?」
「はい。バイト先のみんなには、右耳が聞こえないことは話してあります。美里さんも、その方が不要な誤解を避けられるだろうって」
「そぅ……」
どうやら、あかりの耳のことを知ってるのは、もう自分だけではないらしい。しかも
(
隆臣が、自分にそれを内緒にしていたことに、軽く苛立つ。だが
(まぁ、話すわけないよな……俺だって、隆ちゃんに話してないし)
人の身体的なことを、ベラベラ人に話すような奴じゃない。それは、長い付き合いの中で、よく理解していることだった。
現に自分だって、誰にも言っていないのだ。
隆臣にだけでなく、華や蓮にも……
(それにしても『頼りなる』ね……あかり、隆ちゃんと、もう仲良くなったんだ)
だが、その言葉には、またもや一憂する。
バイト先で、あかりと隆臣が、どんな会話をしているかはわからないが、隆臣は確かに頼りになるし、一緒に仕事をしていくうちに、好意を持つ場合だってあるかもしれない。
なにより、さっきあかりが言っていた好きなタイプは、まんま隆臣な気がした。
確か、背が高くて、身体がガッシリしてて、体育会系で、オマケに髪が短くて、寡黙であんまり笑わない人……だったような?
あれ? なんか考えれば考えるほど、隆ちゃんぽくない?
(……まぁ、あかりが惹かれたとしても、おかしくはないか。隆ちゃん、あれで結構イイ男だし)
隆臣のいい所は、長年友人をやっているからこそ、嫌という程わかっていた。
だからこそ、あかりが、好きになってもおかしくはなくて……
「神木さんは、お仕事どうされるんですか?」
「え?」
すると、そんな飛鳥の思考を遮り、あかりがまた話しかけた。
「やっぱり、保育士になるんですか?」
「あぁ……そのつもりだよ。今年は、保育士と幼稚園教諭の資格を取って、ついでに教育実習もたんまりあるから、結構忙しいかも」
「そうなんですね。でも来年には、神木さん卒業しちゃうんですよね。うちの大学、どうなっちゃうんでしょう?」
「どうなる?」
「落ち込む人、多そうだなって」
「あぁ、そういう、どうなるね」
「他人事みたいに言わないでくださいよ。神木さん、私の周りでも、凄い人気なんですよ」
「それは分かってるよ。まぁ、俺が目立つのは昔からだし。それより、俺が就職したら、あかりは何をしてくれるの?」
「え?」
そう言って、にっこりと笑うと、飛鳥はあかりを見つめた。
「俺の就職祝い。まさか、何もないってわけじゃないだろ?」
クスリと笑って、イタズラ半分に反応を伺う。すると、あかりは、あからさまに困った顔をした。
「あ、そうですよね、お祝い……でも、まだ先の話では?」
「そうだけど。俺も、あかりからのご褒美をめざして頑張ろうかなって。なんなら、次はあかりが、この服、着てみる?」
「え!?」
すると、飛鳥が、自分が着ているロリータ服を指せば、あかりはあからさまに嫌な顔をし
「嫌ですよ!!!」
「はっきりいったな。てか、男の俺にロリータ服なんて着せといて、よく言えるね?」
「き、着せといてって! ロリータ服を選んできたのは神木さんじゃないですか」
「俺じゃないよ。選んだのは、華」
「だとしても! ロリータ服なんて絶対に無理です。私には、似合いませんし……だいたい、神木さんの後に着るなんて、罰ゲームじゃないですか!?」
「お前……っ」
罰ゲーム!?
そこまで言うか!
だが、これほど美しく飛鳥が化けたならば、その後に同じ服を着るのは、なかなかなプレッシャーかもしれない。
「そんなことないよ。結構、似合うと思うんだけど」
「っ……からかわないで下さい。それに、来年の春には、髪を切ってると思うので、今以上に似合わなくなりますよ!」
「は?」
だが、その言葉には、思わず耳を疑った。
髪を──切る!?
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皆様、いつも閲覧頂きありがとうございます。
現在、神木さんちの番外編を短編として公開中です。
KACのお題にそって書いたものですが、幼い日の神木一家でのお話。少しでも、楽しんでいただけたら♡
『お兄ちゃんと二刀流』
https://kakuyomu.jp/works/16816927861225779086
あとがきはこちらへ⤵︎ ︎
https://yukizakuraxxx.fanbox.cc/posts/3499504
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