第393話 恋と諦観


(ふえぇぇ、なにこれ、めちゃくちゃ可愛い!!)


 感動のあまり、あかりの心臓は早鐘のように高鳴った。

 ロリータ服を着た飛鳥は、どこからどう見ても、女の子だった。さっきまで「顔を合わせて大丈夫か」なんて思っていたが、そんな心配、綺麗さっぱり吹き飛ぶほど!


「す、すごいです、神木さん! どこからどう見ても、女の子です! 完璧です! わあぁ、可愛い~! 私、感動しちゃいました!」


「そ、そう……」


 感動と興奮で目を輝かせるあかりをみて、飛鳥は、苦笑いを浮かべた。


 恐怖のモデル時代の賜物たまものか、差し出された衣装を、完璧に着こなしてしまう自分が、たまらなく恐ろしい。


 だが、そこまで喜ぶか?

 そこまで、絶賛するか?


 どうにも納得がいかないが、飛鳥は、苛立つ心をすぐさましずめた。なぜなら着替えは、また完了していなかったから。


「あのさ、髪型はどうする?」


「髪型?」


「うん。適当に下してきただけだから、あかりが決めてよ。髪いじりたいって言ってただろ」


「あ、はい! いいんですか!?」


「いいよ」


 そういって、持参したくしと髪ゴムを手渡せば、あかりは、嬉しそうに笑った。


 その後、カーペットの上に二人座りこむと、あかりは飛鳥の背後から、長い髪をそっと掬いあげた。


 細くて長い金色の髪。それは、キラキラと光り輝き、まるで高級な糸のよう。


「神木さんの髪、ホントに綺麗ですね」


「そう?」


「そうですよ。長いのに枝毛一つないし! 触ってみると余計にそう思います。いつから伸ばしてるんですか?」


「中2から」


「中2! へー、なんだか中学生の神木さんって、ちょっと想像できないです。エレナちゃんを、少し大きくしたような感じでしょうか?」


「まぁ、だいたい、そんなとこ」


「ふふ、やっぱり兄妹ですねー。髪質も、エレナちゃんと同じみたいですし」


「エレナの髪、触ったことあるの?」


「はい。前に遊びに来たときに、何度か髪を結ってあげたことがあって……私、弟しかいなかったから、妹ができたみたいで嬉しかったです」


「へー」


 されるがまま、雑談を繰り返す。


 あまり人に髪を触れられるのは好きではないけど、あかりに触れられるのは、むしろ、心地よいと思った。


「なんで、ロリータ服にしたんですか?」


 すると、またあかりが話しかけてきて、飛鳥は目を閉じ、身を委ねながら答える。


を隠せる服だったから」


「え? 男っぽいところ?」


「うん。のどとか手とか、どうしてもごまかせない部分ってあるだろ。色々見てるうちに、華たちが本気になっちゃって、やるからには完璧を目指そうって。だから、首元が隠れる服にして、肩幅とか、少しでも小柄に見えるようにって、袖がバルーンタイプになってるブラウスを選んだりしたんだよ」


「へー……」


 だが、その話に、あかりの手がピタリと止まる。どうしたのか。その些細な仕草に、飛鳥は振り向き首を傾げる。


「どうかした?」


「あ、いえ……じゃぁ、こんなに可愛く変身できたのは、華ちゃんたちのおかげなんですね……!」


「まぁ、そうだけど。一番は、がいいからだろ」


「あはは、それは確かに! でも、相変わらず、神木さんちは仲がいいですね。それに華ちゃんが、本気になる気持ちも分かります! 私も、できるなら、このまま女装した神木さんと、喫茶店とか行ってお茶したいです!」


「お前、どさくさに紛れて、何言ってんの!」


 このロリータ服で、街に繰り出すとか、もはや拷問に近い。だが、飛鳥がつっこめば、あかりは「冗談ですよ」とからかい混じりに笑った。


 ふわふわと、春の木漏れ日のような優しい笑顔。

 そして、そんな笑顔を向けてくれるあかりが、たまらなく愛しいと思った。


 ただ、側にいて話をするだけ。

 それだけなのに、こんなにも居心地がいい。


 できるなら、もっと関係になって、この他愛もない時間が続いてくれたらいい。そう思った。


 だけど、それは……俺のワガママなんだろうか?


(エレナには、頑張れって言われたけど)


 エレナだけじゃない。家族や友人たちが、みんなして俺の恋を応援してくれてる。これまで、まともに異性を好きになれなかった俺の初恋を、みんなが祝福してくれてる。


 だけど、一番大事にしなきゃいけないのは、やっぱりだ。


「ねぇ、あかりは、どんなタイプが好きなの?」

「へ?」


 唐突に問いかければ、あかりは、また手を止めた。振り向かなくても、ちょっと戸惑っているのが、背後から伝わってくる。


 まぁ、いきなり好きな男のタイプなんて聞かれたら驚きもするだろう。でも、あくまでも雑談と称して、俺は話を続けた。


「彼氏はいらないって言ってたけど、好きなタイプくらいあるだろ?」


「な……なんですか、いきなり。私の好きなタイプとか、今聞く必要あります?」


「あるよ。あかりのこと、もっと知りたいから、教えて」


「……っ」


 あからさまな質問と、あからさまな理由。

 そんなの、よく分かっていた。


 だけど、これで──多分、


「そ、そうですね……好きなタイプは、背が高くて、身体がガッシリしている体育会系な人です。髪も短くて寡黙で、あんまり笑わない人とか好きですね」


「へー、そうなんだ」


 自分とは、全く正反対な人物像に、軽く笑ってしまった。


 あかりには、これまでにも、何度かあからさまな質問をしてきた。直接『好き』とはいえなくても、好きだという思いを込めた言葉。


 だけど、それは、あかりには届かなくて、いつも、から回ってばかりだった。でも、それを繰り返すうちに、考えるようになった。


 あかりは本当に、俺の気持ちに気づいていないのだろうか?と──


(やっぱり、


 そのわかりやすい返答に、ある確信を得て、俺は静かに目を閉じた。


 あかりは、出会った時から、人の気持ちに敏感だった。目に見えない何かを、察する力に長けていて、だからこそ、こんなにもあからさまな質問ばかりする俺の気持ちに、あかりが気づかないのはおかしいと思った。


 だけど、今の質問で、ハッキリした。


 あかりは、俺の、に気づいてる。

 気づいていて、あえて気づかないフリをしている。


 好きなタイプに、目の前の男と全く正反対の男を上げる必要なんて、本来はない。


 はぐらかすなら、適当に『優しい人』とか『頼りになる人』とか言っておけばいいのだから。


 でも、それでも、あかりが俺とは正反対の人物をあげたのは、遠回しに伝えるためだ。


 早く、──と。



「できましたよ」


 瞬間、あかりが明るい声を発して、俺は顔を上げ振り向いた。触れていたあかりの手が、静かに離れると、その代わりに差し出されのは鏡だった。


「やっぱりロリータ服には、ツインテールですよね。どうですか? エレナちゃんとお揃いにしてみました」


(ツインテール!?)


 鏡をうけとれば、これまた可愛らしく立派なツインテールが出来上がっていた。


 ツインテールなんて、何年ぶりだろう。

 多分、中学の時に、華にいじられて以来だ。


「本当に女の子みたいですね。神木さん、とっても可愛いです!」


「…………」


 だけど、そのあかりの言葉に、心が荒波の如く、ざわついた。


 自分が可愛いのはよくわかってるし、今まで『可愛い』とか『綺麗』とか言われても、喜んで受け入れて、笑顔で返してきた。


 それなのに、相手があかりに変わっただけで、こんなにも複雑な気持ちになる。


「──可愛いくないよ」


 ぽつりと漏れた本音は、男としての本音だった。


 可愛いなんて思って欲しくない。

 できるなら、もっと男として意識してほしい。


 だけど、あかりが『諦めろ』というなら、諦めた方がいいのだろうか?


 あかりが、俺を好きになってくれないのなら。

 あかりが、怖がっているのなら。


 今ここで、諦めるべきなのかもしれない。


 に思いを寄せられても、迷惑なだけだから――


「神木さん?」


 瞬間、あかりが心配そうに俺の顔を覗きこんできた。目を合わせれば、あかりの瞳に、自分が映っているのが見えた。


 女の子の姿をした自分が……


「あの、ごめんなさい。私、失礼なことを言ってたかも。男性の神木さんに、あまり可愛い可愛いばかりいうのは、よくなかったですね」


「…………」


 やっぱり、あかりは、人の言葉の裏側を読み取るのが上手いと思った。


 半分、聞こえないのに。いや、半分聞こえないからこそ、人の仕草や表情から、気持ちを察する力に長けてる。


 だから、あかりは気づいていて、俺を的確に拒絶するんだ。ただの友達であり続けるために──


「別に、気にしてないよ!」


 不安げな、あかりをみつめて、にっこり笑ってみせた。ロリータ服で、愛らしく小首を傾げる。まさに女の子みたいな笑顔で。


「俺、可愛いしね! きっと100人に聞いたら100人全員が可愛いって言うよ♪」


 おどけて笑って、場を和ませた。すると、あかりはホッとしたように息をついて、俺は、またあかりに問いかける。


「ご褒美になった?」


「え?」


「アルバイトの合格祝いだっただろ、女装これ


 あかりに近づき、また目を合わせる。はたから見たら、女同士でじゃれあってるようにしかみえないかもしれない。


「はい。とっても素敵な、ご褒美になりました」


 だけど、そのあかりの笑顔を見たら、もう、それだけでいいと思った。


 あかりのそばにいたいなら、これ以上、近づかなければいい。俺が、この気持ちを、今の関係はなくならない。


 ずっと、ずっと、友達のまま、決してなくなりはしない。

 

(分かってた……はずだったのに……)


 今まで俺は、どれだけの告白を受けてきただろう。どれだけの想いを聞いて、何度断ってきただろう。


 分かっていたはずだった。恋は、叶わないことの方が、圧倒的に多いということを──


 だって、俺は、その『叶わなかった恋』を、たくさん見てきた人間だから。


 たくさんの想いを砕いて、終わらせてきた側の人間だから。


 それなのに、自分の恋だけは特別だなんて、いつから、勘違いしていたのだろう。


 恋は、お互いの想いが繋がって、はじめて叶うものだって。相手が受け入れてくれなければ、決して実らないものだって。


 誰よりも、理解していたはずなのに──…

 


 





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