第495話 信頼 と かくれんぼ


「あの、神木さん?」


「…………」


 なにを悩んでいるのか? 目が合ったまま、しばらく考え込んでいる飛鳥に、あかりは首を傾げた。


 エレナちゃんがいなくなったのなら、一刻も早く探しに行った方がいいはずだ。


 それなのに──



「神木くん! エレナちゃんを探すなら、俺も手伝うよ」


「あ、俺も手伝います!」


 すると、あかりを筆頭に、狭山と航太も探すと言い出し、話は、どんどん大きくなる。


「運営に言えば、迷子放送、ながしてもらえますよ。エレナちゃんって子の特徴を教えてもらえたら、俺、伝えてきます」


「あ。じゃぁ、俺が一緒にいくよ。特徴なら、さっき、華と一緒に、エレナちゃんを撮った時の写真があるし」


 航太の言葉に、蓮がスマホを取りだしながら付き添うと告げれば、飛鳥は、悩むのをやめ、すぐさま決断する。

 

 これが、迷子作戦なら、あまりことを大きくするわけにはいかないが、万が一ということもある。


 そして、ここで判断を誤れば、取り返しのつかない事態になりかねない。


 だからこそ『かくれんぼ』ではなく、あくまでも『最悪な事態』を想定して動くべきだ。

 

「ありがとう、助かるよ」


 すると、飛鳥は、素直に感謝を伝えたあと


「じゃぁ、榊くんは、蓮は一緒に、迷子放送をお願いしてきて。狭山さんは、神社の方を探してよ。俺は小学校の方を探すから。あと、隆ちゃんは、ここで華達をお願い」


「俺は、探さなくていいのか?」


「うん。もしかしたら、あかりに会いに、エレナがここに来るかもしれないし。だから、あかりも、ここにいて」


「え?」


 すると、探すのではなく待機を促され、あかりは瞠目する。


 だが、確かに、神木さんの言う通りかもしれない。


 エレナちゃんが、こちらに向かっている可能性があるなら、自分は極力、動かない方がいい。


「わ……わかりました」


 だが、素直に聞き入れつつも、あかりの表情は、ひどく沈んでいた。


 きっと、エレナの身を案じているのだろう。


「そんな顔しないでよ。エレナは、俺が必ず見つけてくるから」


「え?」


「俺、迷子探しなら、けっこう得意だよ♪」


 そういって、ニッコリと笑った飛鳥は「ゆっくり、ご飯を食べてて」と付け加えた後、ろくに食事も摂らず、小学校の方へ走っていった。


 そして、それを合図に、航太と蓮、そして、狭山も動き出し、その場には、あかり、理久、隆臣、華、葉月の五人が残された。


「エレナちゃんって、飛鳥さんの義理の妹にあたる子だったよね?」


 すると、葉月が、そう言って

 

「うん……とりあえず私、エレナちゃんに電話してみるね」


 と、華は、すぐさま電話をかけはじめた。


 スマホを操作し、エレナに発信する。

 だが、どうやら電源が切れているらしい。


「ダメだ。出ない……っ」


「まさか、誘拐されたとかじゃないよね?」


「…………」

 

 そして、そんな葉月たちの言葉を聞いて、あかりは、一層、不安になる。


(神木さんに、任せておけば、大丈夫なんだろうけど……)


 いてもたってもいられないのは、あの時のことがあるからかもしれない。


 オーディションを受けなかったことが、ミサにバレた時、激昂した母親に恐怖して、エレナは、あかりに電話をかけてきたことがあった。


 たった一言『お姉ちゃん、助けて……っ』と震える声で告げられた、あの言葉は、今も鮮明に覚えている。


 もし、あの時みたいに、怖い思いをしていたら──…?



「姉ちゃん。エレナって子、知り合いなの?」

 

「え?」


 すると、今度は、姉の不安を感じ取ったのか、理久が声をかけてきた。


 理久とエレナは、同い年だ。

 そして、しっかりしているように見えても、まだ幼い。


 あかりは、理久を見つめながら、エレナを思う。


 もしかしたら、泣いてるかもしれないし、不安でいっぱいになってるかもしれない。


 それにエレナは、あかりが、この街に来て、初めてできた友達だった。


「うん。私のお友達。この街に来た日に、仲良くなったの」


「そうなんだ」


 あかりが、口を開けば、理久は、納得したように


「じゃぁ、俺も探してくる」


「え?」


 瞬間、たこ焼きを二つほど、頬張った理久は、勢いよくベンチから立ち上がった。


「姉ちゃんが動けないなら、俺が代わりに探してくるよ。エレナって、どんな子?」


 それは、まさに姉のため!

 

 威勢よく言い放った理久は、やる気満々と言った感じで、あかりは慌てふためく。

  

「な、何言ってるの!? 理久にとっては、見知らぬ土地でしょ!? そんなことさせられるわけないじゃない!?」


「でも、姉ちゃん、心配そうだし。探すなら、一人でも多い方がいいじゃん」


「い、いいじゃんって……っ」


(なかなか、勇敢な子だな?)


 そして、そんなやりとりを聞いて、隆臣が、心の中で呟く。


 あかりさんも、あの飛鳥と張り合えるくらい逞しいが、この弟も、なかなかなものだ。


 とはいえ、小学生に、そんなことさせられるわけがない。


「理久くん。お姉ちゃん、困ってるから、あまりわがままは言わない方がいいぞ」


「ワガママぁ?!」


 すると、いきなり口をはんさんできた隆臣に、理久は、ムッとした表情で


「ワガママなんて言ってない!」


「でも、あかりさん、困ってるし。それに、君、エレナちゃんに会ったことないだろ」


「会ったことがなくても、特徴をきけば、探せるだろ!」


「つーか、第2小は、結構広いぞ」


 ちなみに、隆臣も飛鳥と同じく、第1小学校の出身だ。


 そして、第2小学校は、その後に作られた小学校のため、第1小学校より新しく、そして、広い。


「逆に、迷子が増えるだけだろ。大人しく、姉ちゃんの傍にいてやれ」


「そうよ、理久。神木さんに任せておけば、大丈夫だから、ここにいて」


「……っ」


 そして、大好きな姉にまで止められ、理久は、少々むくれた顔をした。

 

「姉ちゃんて、なんだかんだ、あのお兄さんのこと、信頼してるよな?」


「え!?」


 そして、その言葉に、心臓が、どくんと跳ねる。


 だが、ここで顔を赤くしようものなら、橘さんと華ちゃんに、確実にバレてしまう!


 私が、神木さんのことが、好きだって──


「そ、そういうわけじゃ……ほら、さっき、迷子を探すのが得意だって言ってたし。きっと、華ちゃんと蓮くんが、しょっちゅう迷子になってたのかも?」


「え!? あかりさん、違うよ! 私たち、そんなに迷子になってなってないから!」


「え!? そうなの!? じゃぁ、なんで得意なんていったの!?」


「飛鳥、よく見知らぬ迷子を、親に引き渡してたぞ」


「「見知らね!?」」


 すると、隆臣が飛鳥が得意と言った根拠を告げたとたん、華とあかりの声がシンクロする。


「な、なにそれ!?」


「まぁ、アイツ、泣いてる子供とか、ほっとけないタイプだから。しかも不思議なもんで、飛鳥が声かけたら、どんなに泣いてパニックになってても、ひたっと泣き止むんだよな。子供にとっちゃ、天使にでも見えるんだろ」


「「天使!?」」


 そりゃ、あの顔だし、あの美しさだ!

 

 ビックリして泣き止んだという可能性もあるが、それが迷子をなだめるのに、役立つとは!?

 

「それに、どちらにせよ、探すのは得意な方だろ。華と蓮と、かくれんぼをしてた時は、飛鳥が、すぐ見つけてたし」


「そりゃ、そうだけど……あっ」


 だが、その瞬間、華は、あることを思い出した。

 

 きっと『かくれんぼ』という単語を聞いたからかもしれない。


(そういえば、私たち『迷子作戦』を計画してたけど……まさか、エレナちゃん……っ)


 そして、飛鳥に続き、華までピンと来たらしい。

 

 エレナがいなくなったのは、例の迷子作戦を決行したからではないかと──


(私が、あかりさんと合流したことを、エレナちゃんにLIMEしたからかも……っ)


 しかも、あの迷子作戦は、エレナが発案したものだった。

 

 『私が迷子になれば、飛鳥さんと、あかりお姉ちゃんを二人きりにできるかもしれない』と──


(そっか、だから、エレナちゃん……それに、あの作戦を立てる時、隠れる場所も決めてたような?)


 華は、三人で計画した内容を思い出す。


 始めは、神社の方に隠れようとしていた。

 

 でも、神社とすぐに見つかるかもしれないから、広くて隠れる場所がたくさんある、第2小の方に隠れようと、エレナは言い出した。


 そして、その場所は──


(そうだ。エレナちゃんは、に隠れようと言ってた……!)




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