【過去編】

第276話 始と終のリベレーション① ~始まり~


 ──ピンポーン!


 次の日の朝、インターフォンがなり、飛鳥が玄関先に出ると、そこには、昨晩三人の話し合いに付き添ってくれていた隆臣が立っていた。


 昨日の事を思いだし、すこし気恥ずかしくなりながらも、飛鳥が隆臣に「いらっしゃい」と声をかけると、隆臣も、普段通りの挨拶を返してきた。


「よう、夕べは、ちゃんと眠れたか?」


「うん。結構疲れてたみたいで、思ってたより、ぐっすり」


「まぁ、色々あったしな。お前の泣き顔も、久しぶりに見たし」


「あはは。それは、今すぐ忘れてほしいな」


 昨晩、泣いてしまったことを思い出して、羞恥心が一気に舞い戻る。


 しかも、この友人の前で泣いたのは、さすがに、恥ずかしすぎる。


「やっぱり、帰らせれば良かった」


「今更。大体、あんなに可愛く『帰らないで』て、ねだってきたのは、お前だろ」


「わーどうしよう! 一発殴れば、忘れるかな?」


「そう言って、殴られたこと一度もないからな。ちなみにあれ、録音してあるぞ」


「嘘だろ!?」


「嘘だよ」


「っ……お前、いつから、そんなに性格悪くなったの?」


 なんだか、めちゃくちゃ、からかわれてる!


 だが、そのやりとりも、隆臣の雰囲気も、不思議と普段どおりで


(まだ……友人でいてくれるのかな?)


 その反応に、安堵する。


 昨日の、あの話を聞いても、いつも通り接してくれる。


 そう思うと、不思議と笑みが零れる。



「そう言えば、華と蓮は?」


「あー今、奥で準備してるよ。ごめんね、隆ちゃん。事情聴取、俺も付き添えたら良かったんだけど……」


 昨夜、飛鳥を追いかけてきた双子が、当たり屋に出くわした件。それを思い出して、飛鳥は申し訳なさそうに答えた。


 今日、隆臣がここに来た理由。


 それは、その当たり屋の件で、今から華と蓮をつれて、警察署まで行くことになっているからだ。


「別に謝らなくていい。親父にも軽く話してあるし、そんなに時間もかからないだろうしな。それに、お前は、エレナちゃんの方で忙しいだろ」


「うん。入院の手続きもだけど、あの人の職場にも連絡しとかなきゃいけないだろうし……どの道、エレナの着替えも必要だから、これから、エレナの家に行ってくるよ」


 昨日の出来事を思い出すと、あの家に行くのは、まだ気が重い。


 だが、昨日はあの後、家に鍵だけかけて出てきたため、割れた花瓶も血で汚れた玄関も、そのまま。


 その他にも、まだまだ、やらなければいけないことはたくさんある。


「その……ミサさんだっけ。お前の産みの母親。そんなに悪いのか?」


 すると、隆臣がしっかりと名だしで問いかけてきて、飛鳥はふとミサの事を思いだす。


「……身体は、なんともないよ。悪いのは”心”の方。多分、おかしくなったのは……俺のせいだろうけど……」


 昨日は、あかりとエレナを守るので必死で、思わずカッとなって、ありのまま自分の感情をぶつけた。


 だけど、それで、あんなふうに心を病んでしまうとは思わなかった。


「飛鳥、なんでも自分のせいにするな。それは、お前の"悪い癖"だぞ」


「え?」


「ゆりさんの件もそうだけど、お前は悪くない。今回の件も、エレナちゃんとあかりさんを、しっかり守ったんだ。それなのに、今度はその"壊れた母親"のことまで、背負い込むつもりか? はっきりいって、その母親は自業自得だ」


「…………」


 少しあきれ返りながら隆臣にそう言われ、飛鳥は言葉をつぐんだ。


 確かに、自業自得だ。自分だって、今更、あの人を擁護するつもりなんてない。


 だけど、心の中で、かすかに引っかかっているのは、きっと──


《飛鳥がなりたいって、言ったんじゃない!》


 あの時、あの人が言った



 "あの言葉"のせいだ──







 第276話


 始と終のリべレーション① ~始まり~










 ◇◇◇



「紺野さん……紺野ミサさん、起きてください」


 真っ白な病棟の、真っ白な病室。


 締め切ったカーテンを看護師が開けると、突如、眩しい光が入り込んできた。


 鉄格子の隙間から見えた空は、やけに青かった。


 晴れやかに、どこまでも、どこまでも続く


 澄んだ青────


「紺野さん、ご飯食べれますか?」


 だけど、心の中はどんよりと暗いままで、ただただベッドに横になったまま呆然と空を見つめていると、また看護師が声をかけてきた。


「紺野さん、食べられるだけでもいいので、食べましょうか?」


「………」


 その言葉に、不意に、背中の古傷がうずいた。


 前にも、こんなことがあった気がする。


 あの時も、同じように看護師が声をかけてきて、私は返事を返さなかった。


(同じ……)


 あの時と同じ。


 『夢』を失った、あの時と──


 声を出す気力すらなくなって


 生きることすら苦しくなって


 病院の中でひたすら泣きわめいて




 自分に、世の中に


 絶望した、あの時と───



(また……戻ってきた……っ)



 結局また、大事なものを何もかも失って


 ここに戻ってきた。



(なんで……っ)



 どうして?



 何が、ダメだったの?


 どうすれば、良かったの?



 どこから、やり直せばいいの?



(昔は、あんなに……っ)





 『幸せ』だったはずなのに──…っ




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