第277話 始と終のリベレーション② ~両親~
幼い頃は、幸せだった。
フランス人で
家族構成は、両親と私の3人だけ。
星ケ
「あ、ルイさん」
「相変わらず、綺麗ねー」
父と一緒に公園に行けば、よく目を引いていた。
特に主婦達の間ではよく話題になっていて、今思えば、子供をダシにして、父に近づく女もいたような気がする。
もちろん、肝心の父は見向きもしなかったけど、綺麗でカッコ良くて、その上、育児や家事に積極的な父は、当時の亭主関白な夫達とは、ある意味、真逆の存在で、ちょっとした憧れみたいなものもあったかもしれない。
そして、そんな父と結婚した私の母『紺野 サキ』は写真の世界に魅入られた人だった。
明るくて愛嬌のある母は、学生の時からカメラマンになるのが夢で、その夢を叶え、見事『写真家』になった母は、良く私の写真を撮ってくれていた。
「ミサー!」
そう言われて振り向けば、よくシャッターの音が聞こえた。
父親似の娘が生まれたことを、一番喜んでいたのは母で、その写真は、ごくごく普通の日常写真だったけど、アルバムの中には、写真家の母が撮る、写真集顔負けの写真が次々と増えていった。
まぁ、これに関しては、私や父という"最高の被写体"がいたのもあるかもしれないけど……
でも、私が写真を撮られることに喜びを感じるようになったのは、きっと、母の影響が大きい。
なによりも、優しくて綺麗な父と、明るくて真っ直ぐな母。そんな両親の愛情を一心に受けていた、あの頃の私は
──何もかもが、満たされていた。
◇◇◇
「ねぇ、ミサちゃんのお父さん、働いてないの?」
だけど、そんな両親は、世間から見たら『普通』ではなかったらしい。
それは、私が小学4年生の時、クラスメイトの女の子にかけられた言葉だった。
「え? 働いてるよ?」
「でも、ずっと家にいて、お母さんが外で働いてるんでしょ?」
「そうだけど……」
「あ、俺それ、なんて言うか知ってる! ヒモっていうんだぜ」
「ヒモ?」
「女に食わしてもらって、働いてないダメな男のこと! 綺麗な顔した男は、女が養ってくれるからいいよなーって、とーちゃんが言ってた!」
「っ……うちのお父さん、ダメな人じゃないよ! ちゃんと家事もしてるし、お仕事だってしてるよ!」
「でも、かーちゃんの方が稼ぎいいんじゃねーの? それに男が家事なんて、ダッセー! やーい、紺野の父ちゃん、ヒモ野郎~」
「……っ」
当時、まだ珍しかった国際結婚。
そのうえ『翻訳家』として仕事をしている父は、基本、家にいて『写真家』である母は外で働いていたから、よくそんなふうに言われた。
もしかしたら、容姿が良いことも加わって、悪目立ちしていたのもあるかもしれないけど、自分の家族を馬鹿にされたのが、嫌だった。
なにより、大好きな父を
だけど、男が外で稼ぎ、女は家を守る。
それが、当たり前とされる当時の世の中で、普通とかけ離れた家庭を築く私達は、世間からは『異質な存在』だった。
そして私は、そんな心ない言葉を間に受けて、ある日、母にぼやいてしまった。
「ねぇ……なんで、うちのお父さんは、いつも家にいるの?」
縁側に座って、カメラを手入れしていた母に向かって父のことを呟けば、母は少し驚いた顔をしていた。
「どうしたの、いきなり?」
「お父さんに、家にいて欲しくない」
「いて欲しくないって……お父さんとケンカでもした?」
「うんん。でも、家にいると、お父さんヒモだっていわれるんだもん」
「え? あはは! なにそれ~。ルイ、ヒモ扱いされてるの?」
「もう、笑い事じゃないよ! お父さん、ダメな人って言われたんだよ!!」
あまり深く考えてないのか、軽く笑い飛ばす母を見て、私がさらに詰め寄れば、母は優しく笑って、私を抱きしめてきた。
「そっか。お父さんのこと悪く言われて辛かったね」
怒りを沈めるように頭を撫でられて、不思議と安心した。
私の母は、あまり家にはいない人だったけど、それでも、私を愛し、困ったときはしっかり寄り添ってくれた。
「ミサは今の生活、嫌? 辛い?」
「うんん……すごく幸せ」
「じゃぁ、そんな言葉、気にする必要ないよ。人と違う生き方をしていたらね。非難する人は必ず出てくるの。『男が家事なんて情けない』とか『女が子供ほったらかして仕事するなんて酷い』とか……自分たちの常識を勝手におしつけて、まるでこっちが悪いことをしてるみたいに言ってくる。でも、私やルイからしたら、日本の考えはちょっと古いくらい。それに、ミサのお父さんは、最高にカッコイイ人よ!」
「見た目が?」
「あはは。見た目もだけど、中身も! 私ね、本当は誰とも結婚する気なかったの」
「え?」
「女は結婚したら、夢を諦めなきゃいけなくなるから……だから私は、夢と家庭、どちらかを天秤にかけて『夢』をとった。だけど、そんな私に、ルイは『僕と結婚したら、どっちも叶えられるよ』って言ってきたの。『僕の夢は翻訳家になることだから、家のことや子供のことは僕に任せればいい。だからサキは、好きな写真たくさん撮って、また僕に見せて』って……びっくりしちゃった。そんなこと言ってくれる人、絶対現れないって思ってたから」
「……」
「ルイはね。男はこうだとか、女はこうだとか、そんな小さなことにはこだわらない器の大きい人よ。周りに何を言われても、家族が"自分らしく"いられる方法を一緒に考えて、それを実践してくれる素敵な人。だから私も、ルイが望むことはできるだけ叶えてあげたいって思ってる。私とルイはね、自分のやりたい仕事をして、可愛い子供にも恵まれて、今、すごく幸せなの……でもそれは、とても奇跡的なことなんだよ。たとえ世間と違っても、なにも恥じることなんてない。だからミサも堂々としていなさい」
「……うん!」
父と母の生き方は、普通ではなかった。
だけど、普通じゃなかったけど、私達は"幸せ"だった。
お互いを尊重し、愛し合っている二人は、私の自慢の両親で
──理想の夫婦だった。
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