第207話 兄と部屋の中

 ~~♪


 その後、葉月との約束がなくなり、一人自室にこもった華は、スマホで音楽をかけながら、蓮から借りてきた漫画を読んでいた。


 気になりつつも読めずにいた「進撃の小人」

 それの1巻読み終わり、2巻目に入ろうとしたその時──


 バタン!!!


「きゃ!?」


 突然、扉が開いた!


 華は、ビクリと体を弾ませると、何事かと部屋の入口に目を向ける。


「ちょっと、蓮!! 入るならノックくらいしなさいよね!?」


 すると、そこには弟の蓮が立っていた。華はうつ伏せになっていた体を起こしながら、蓮に注目する。


 だが、その顔は、どことなく青ざめていて


「……蓮? どうしたの?」

「あ、兄貴が……っ」


 すると、蓮は

 

「兄貴が、女の人連れ込んでる!」


「え!?」








 第207話『兄と部屋の中』








 ◇◇◇


(あー、なんでよりによって……っ)


 一方、飛鳥は部屋に入ったあと、扉の前で一人項垂れていた。


 誰もいないと思って、家に連れつきたのに、まさか二人揃って、今日の予定が中止になるなんて!


(参ったな。あかりはいいとして──)


 扉から離れると、飛鳥は改めてエレナを見つめた。


 そして、その容姿は、自分の幼い頃にとてもよく似ている。


 瞳の色は違うが、この珍しい髪の色とあの顔立ちを見れば、なにかしら関係があることには気づくだろう。


 だぎ、できる限り、華と蓮を、ミサあの人に関わらせたくはない。


 となれば、やはり今、エレナを華と蓮に会わせるわけにはいかない。


「あの……迷惑かけて、ごめんなさい」


 すると、エレナが不安そうな眼差しで、飛鳥を見つめ、そういった。


「誰もいない」と言っていた家に人がいたせいか、申し訳なさを感じたのかもしれない。シュンと俯いたエレナを見て、飛鳥は小さく微笑みながら


「大丈夫だよ」


 と、エレナの前に歩み寄り、ぽんぽんと頭を撫でる。


 確かに家の中では、華と蓮に見つかるリスクがある。だが、このまま二人を、いつ見つかるかわからない外に放置しておくわけにもいかない。


「とりあえず、座ろうか? ベッド、座っていいよ」


 その後、気持ちを切り替えると、飛鳥が二人に座る場所を指示し、あかりとエレナは、言われるままベッドの上に腰掛けた。


 すると、今度はあかりが心配しつつ、声をかけてきた。


「あの、本当に大丈夫なんですか? やっぱり、私たち帰った方が……」


「大丈夫だよ」


 飛鳥は、安心させるようにニコリと笑い、ベッド側にあるデスクのイスに腰掛けた。


 仮に、どちらかに見つかるのだとしたら、あの人に見つかるよりは、蓮華に見つかった方が、何十倍もマシだ。


「……とはいっても、少し声を落として話した方がいいかもね? あとは……ん?」


 だが、その瞬間、何かを察知した飛鳥が、再び部屋の扉に視線を向けた。


 じっと耳をすませ扉を凝視する。すると、飛鳥の表情が、心做しか険しいものに変わった。


「? あの……っ」


 急に黙り込んだ飛鳥に、エレナが再び不安そうな顔をする。すると飛鳥は、口元に指を立て、エレナの言葉を静止すると


「ごめん。ちょっと待ってて……」





 ◇


 ◇


 ◇



「華! バレだらどうすんだよ!」


 一方、飛鳥の部屋の前では、先ほど忠告されたにも関わらず、華と蓮が部屋の様子を伺いにきていた。


 蓮から「兄が女の人を連れ込んでる」と聞いた華。


 一瞬耳を疑ったが、それが本当だとするなら、このまま見過ごすわけにはいかない!


 そんなわけで、二人は兄の部屋の前でコソコソと話をしていた。


「だって、このまま見て見ぬふりなんてできないよ! 彼女ならともかく、彼女じゃないんだよ! しかも、家だよ! オマケに私達いるんだよ!?」


「そうだけど……でも俺、さっき『絶対近づくな』って言われたし」


「言われたからなんなの! 絶対近づくなって、ますます怪しいじゃん!」


 引き止める蓮の言葉など聞かず、華は部屋の扉にそっと耳を近づける。


「ちょ、待て華! おちつけ!!」


「こら蓮! 引っ張らないでよ!」


「お前、わかってるのか!? 近づくなってことは、俺たちに聞かれたらマズイ『何か』をシてるってことだぞ」


「ッ……」


 蓮の言葉に、華は顔が真っ赤にする。


 年頃の男女が、密室に二人きり。華とて、その『何か』が全くわからない訳ではない。


「いいのか? 女の人の喘ぎ声とか聞こえてきても」


「はっきり言わないでよ、バカ!!」


 酷く狼狽える華。

 だが、蓮の言い分も分からなくはない。


 今まで、真面目だった兄が、ここ最近、危ない恋愛に手を出している。


 しかも、あろうことか、今まさに、その女を部屋に連れ込んでいる!


 ならば、兄の部屋の中で、あ~んなことや、こ~んなことが繰り広げられていても全くおかしくないわけで……


「いやいやいや、落ち着こう! いくら二人きりだからって、本当に、そ、そんなことしてるとは限らないし! それに、もし本当に彼女もない女の人連れ込んで、変なことしてるなら、辞めさせた方がいいしでしょ! もう、こうなったら、白黒ハッキリつけるよ!」


「マジか。お前、この前まで、決定的な証拠掴む勇気ないとかいってなかった?」


「家に連れ込んだ時点で、決定的な証拠突きつけられてるようなもんでしょ!? これもお兄ちゃんのためだよ! ほら蓮、腹くくって!」


「……っ」


 確かに、華の言う通りだ。さっき兄は、まるで隠すように女の人を部屋の中に押し込んだ。


 何もやましいことがないなら、弟に一言くらい紹介したっていいだろうに……


「……分かった」

「よし……!」


 二人真面目な顔で、その意思を固めると、再度兄の部屋を見すえた。


 もし、これで中から、兄の囁き声とか、女の子のあられもない声が聞こえてきたとしても、絶対に動揺しないように!……そう決意に二人は深呼吸をすると、改めて兄の部屋の扉に、耳を近づける。


 ──ドカッ!?


「「いったぁ!?」」


 だが、その瞬間、二人の頭に鈍い痛みが走った。

 何事かと顔を上げれば、どうやら兄の部屋の扉が開いたらしい。扉に思い切り頭をぶつけた二人が、頭を押さえて蹲れば、中から出てきた兄は


「お前ら、何やってんの?」


 と、二人を睨みつけた。



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