第208話 兄妹弟と兄妹

「お前ら、何やってんの?」


「「!!?」」


 酷く不機嫌そうな声が降ってきて、双子はダラダラと嫌な汗をかき始めた。


 ヤバイ! 


 いや、元々ヤバいとは思ってたけど、これは、尋常じゃなくヤバイ!


 かなり、怒ってる!

 だって、いつもの笑顔がない!


 真顔だよ、真顔!!

 これは、ガチで怒ってるアレだ!!


「お、おかえり、飛鳥兄ぃ……あ、あの、お客さんが来てると聞いたので、お茶でもお出ししようかと」


「ふーん……」


 苦し紛れの言い訳を、あっさり流され、華と蓮はまるで蛇に睨まれた蛙のごとく縮こまった。


 すると──


「蓮。俺、さっきなんて言ったっけ?」


「へ!? あ、あの! 部屋には……近づくなと」


「うん、それで?」


「それで……っ」


 あー、怖えええぇぇ!!


 いっそ、一思いに怒鳴り散らしてくれたらいいのに、いつも冷静かつ、精神的に痛めつけてくるんだよ、この人!!


「は……華にも伝えとけ、と…」


「伝えてないの?」


「つ、伝えた!! 伝えたけど、華が!」


「ちょっと蓮! 私のせいにしないでよ! あんただって『分かった』っていったでしょ!?」


 じっと見つめると飛鳥を尻目に、双子の喧嘩が始まった。


 飛鳥は、そんな2人を見つめて、深くため息をつくと


「とりあえず、終わったら連絡するから、お前ら、暫く家から出とけ」


「え?」


 どうやら、追い出す気らしい。

 双子は、兄の言葉に押し黙った。


「あと、時間かかると思うから、昼は外で食べて……それと、買い物もまだ済ませてないから、ついでに醤油とタマゴも買ってきて」


 すると、飛鳥はポケットから財布を取り出すと、お金を華に手渡す。


「2分ね?」


「「え?」」


「2分以内に家を出る。わかった?」


「…………」


「返事!」


「「は、はい!!!」」


 二人同時に高らかに返事をすると、華と蓮は、慌てて家から出ていった。


 そして、双子が無事に家から出たことを確認すると、飛鳥はホッと胸をなでおろす。


(……とりあえず、これで大丈夫かな?)





 ◇


 ◇


 ◇




 その後、飛鳥は再び自分の部屋の中に入った。


 中では、ベッドの上に座り不安そうに俯いているエレナと、そんなエレナの横に座り、心配そうに見つめる、あかりの姿。


 ことの事態は何となく察したが、さて、これからどうするべきか?


 飛鳥は、小さく不安を抱きつつも、再度デスク前のイスに腰掛ける。


「待たせて、ごめんね」


「いえ。それより、よかったんですか? 妹さんたち追い出して」


「いいよ、別に。ついでに買い出しも頼めたし。それより、エレナ」


「!」


 すると、唐突に名前を呼ばれ、エレナが驚きと同時に飛鳥の顔を見上げた。


 無理もない。なぜなら今──


(よ……呼び捨てっ)


(相変わらず……っ)


 あかりとて、前に大学で唐突に呼び捨てにされたため、今に始まったことではないのだが、やはり、いきなりの呼び捨ては心臓に悪い。


 だが、飛鳥は特段気にもとめず、話かけてきた。


「一つ確認しておきたいんだけど」


「は、はい……」


「さっきの話を聞いた限りだと、受けなきゃいけないオーディション逃げ出して、今ここにいるみたいだけど──君はもう、モデルやりたくないの?」


「……っ」


 その質問に、エレナはキュッと唇を噛み締めた。


「あ、あの……私、オーディションは、受けなきゃいけないって、分かってるんだけど……でも、全然、笑えなくて……こんな顔で出ても、きっと……っ」


「そうじゃなくて、俺が聞きたいのは、やりたいけど出来ないのか、やりたくないのにやらされてるのか、どっちなのかってこと」


「……っ」


 飛鳥の問いかけに、エレナは言葉を詰まらせる。


 ──どっちなのか?


 その問いかけに、エレナのその隣にいたあかりも、ただ無言のままエレナを見つめた。


 そして、しばらく室内が静まり返ると、エレナはスカートの裾を握りしめ


「や、やりたくない……でも……でも、やらないとお母さんに、おこられるから……っ」


「…………」


 ぽつりぽつりと呟くエレナの瞳には、また涙が浮かんだ。


 それでも、必死にこらえながら、肩を震わすその姿は、今にも消えてしまいそうなほど弱々しくて


「……怒られるって、どんな風に?」


「……ど、怒鳴られたり…っ…物が壊れたり……あとは、部屋に閉じ込められて……家から出してもらえなかったり…っ」


「…………」


 絞り出すように発せられた、その声に、自分の幼い日の出来事が重なった。


 できなければ、ひどく怒鳴られて、食器や物が壊れるたびに、部屋の隅で泣きながら治まるのを待っていた。


 精神は少しずつ病んで「出して」と、扉を叩く気力すら無くなって、ただただ、閉じ込められた部屋の中で「あの人」に怯えながら過ごした日々──


 俺が、今思い出しても、耐えがたかったあの日々を


 この子は、エレナは一体、何年、一人で耐えてきたのだろう。



「そう……あの人、まだそんな事してるんだ」


「え?」


 飛鳥がポツリと呟くと、エレナが目を見開いた。静かな室内に響いた声は、ひどくひんやりとしていた。


「お兄さん、私のお母さんのこと……知ってるの?」


 その言葉に、飛鳥は黙ったままエレナを見つめた。


 このまま、言葉を飲み込みそうになる。


 本当に、告げていいか迷う。



 でも、きっと



 あの人が、どんな人間かを伝えるためには




『自分たちの関係』を伝えるのが



 一番、的確な方法だから──





「知ってるよ」


「え?」


「だって、あの人は──母親でもあるから」

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