第335話 友達と兄

「俺、中2の頃から、ずっと神木のことが好きだった」


 その言葉は、ハッキリと耳に届いた。


 すると、その瞬間、空気が変わって、声すら出せなくなって、触れられた手の熱を忘れてしまうくらい、全身が熱くなった。


「ゴメン」

「っ……」


 再度謝られて、華は、なんの反応も返せず硬直する。


 その表情を見れば、それが嘘や冗談でないことが、しっかりと伝わってきたから……


「初めは、蓮の姉弟としか思ってなかったんだけど、同じクラスになって、よく話すようになってから、神木のこと、だんだん気になり始めて……気がついたら、好きになってた」


「……」


「さっきのも、本当。正直、まだ好きだし、忘れるなんて簡単には出来ないかもしれないけど、それでも……ちゃんと忘れるから。だから、今までと同じように仲良くしてくれたら嬉しい」


「……っ」


 つかまれた手に軽く力がこもると、榊くんは、普段通りの笑顔を向けて、そういった。


 心臓は、張り裂けそうなくらいドキドキしていた。言葉や反応につまり、ただただ榊くんを見つめていると、触れた手が、そっと離れていくのに気づいた。


「これ、社会科準備室でいいんだよな?」


「え、あ……」


「俺が代わりに持ってく。困らせて、ゴメンな」


 榊くんは華の抱えていた地図を手に取ると、そのまま、たち去っていって、その後ろ姿を見つめながら、華はその場に、ペタッと座り込んだ。


(なに、今の……っ)


 好きだと言われた。2年も前から、ずっと、好きだったと。


 でも……


(なんで? 私、榊くんのこと、ふったりなんかしてないのに──)






 ◇


 ◇


 ◇



(はぁ……もう、バレンタイン、滅びてくれないかな?)


 それから、一時間ほどがたち、夕方自宅に帰宅した飛鳥は、散々女の子から追いかけ回され、げんなりした表情で玄関を開けた。


 毎年のこととはいえ、告白を交わし、プレゼントを回避するのは、とてつもなく疲れる。


 まぁ、これも自分の並外れた容姿のせいなのだが、さすがに誕生日とバレンタインだけは、この容姿を呪いたくなる。


 ちなみに、現在、飛鳥が通う『桜聖福祉大学』では、学校内でのプレゼント交換を禁止しているのだが、実はこの校則、飛鳥が大学に入学してから定められた、かなり新しい校則だったりする。


「飛鳥さん、おかえり!」

「あ、ただいまー」


 飛鳥が家に入ると、先に小学校から帰宅していたエレナが出迎えた。


 小学校から、まっすぐ帰宅したエレナは、飛鳥や華が帰宅するまでの間、一人で宿題をしながら留守番をしている。


 ミサと二人だけの時も、よく母が帰宅するで留守番していたようだが、女の子が一人で留守番するのは、やはり心配だったりもして、こんな時は、セキュリティ付きのマンションでよかったと、あらためて思う。


「宿題、おわった?」


「うん。終わった。でも……」


「ん? どうかした?」


「あのね、実は帰ってきてから、華さんの様子がおかしいの」


「え? 華が……?」


 心配するエレナの言葉に、飛鳥は首を傾げる。


 玄関をみれば、確かに華の靴があった。


(そういえば、アイツ。今日は、蓮と一緒に帰って来るって……)


 バレンタインは、いつも蓮と二人で、右往左往しながら帰宅する華。


 それが、どうやら先に一人で帰ってきたらしい。


(……どうしたんだろう?)


 漠然とした不安をいだき、飛鳥は荷物を置き、サッと手を洗うと、その後すぐさま華の部屋に向かった。


「──華?」


 ノックをして、返事も待たずに部屋に入る。

 すると華は、一人で布団の中でうずくまっていた。


「華、どうしたの? どこか具合でも」


 飛鳥がベッドの前まで行くと、兄に気づいた華はモゾモゾと起き上がり、飛鳥の顔を見つめた。


 だが、その顔は、まるでリンゴように真っ赤になっていて


「ちょ……お前、熱が!」


「だ、大丈夫! 熱なんてないから!」


「え? でも、顔真っ赤だし」


「そうだけど、大丈夫! 病気で赤いわけじゃないの……っ」


「え?」


 意味不明な言葉に、飛鳥は困惑する。病気じゃないなら、なんで赤いというのか?


「なにかあったの?」

「……っ」


 真面目な顔で見つめられて、華はキュッと唇をかみ締めた。


 こんなこと、誰に相談すればいいんだろう。


 本当なら、蓮をすぐさま捕まえて、問いただしたいところだった。


 だけど、蓮の部室に行ったら、また榊くんと顔を合わせそうだったから、蓮に『先に帰る』とLIMEして、華は一人で帰ってきた。


 中途半端な時間だったから、兄にチョコを渡したい女子には、あまり出くわさなかった。


 2人だけ声をかけられたけど、何とか逃げられた。だけど、帰って来てホッとしたら、また榊くんのことを思い出した。


 頭の中では、今でもずっと、あの言葉が響いていた。


『俺、中2の頃から、ずっと、神木のことが好きだった』


 あんなにも真剣に、異性から好きだと告白されたのは初めてで、上手く感情が整理できない。


「華……?」

「……!」


 すると、ずっと俯いていた華の髪に、飛鳥の手が触れた。


 優しく慰めるように、落ち着かせるように、撫でる兄の手つきに、まるで子供の頃に帰ったような錯覚をおぼえた。


 ずっと、このままでいたいと思っていた。

 だから、恋なんてした事もなかった。


 それ故に、誰かを好きになる気持ちが、自分には、まだよく分からない。


 でも、これだけは、よく分かった。


 きっと、自分は、榊くんを、たくさん傷つけて来たのだろうと──



「お兄……ちゃん……っ」


「ん……なに?」


 華がボソリと呟くと、飛鳥は、髪を撫でるのを止め、また華に視線をあわせる。


「その……お兄ちゃんは、今日……誰かに告白された?」


「うん、8人くらい」


「8人!? 多すぎッ!?」


「ていうか、それが何? もしかして華、誰かに告白された?」


「え……?」


 瞬間、ボッと顔が赤くなった華をみて、飛鳥は何かを察した。


(うわ、マジか……っ)


 本当に、誰かに告白されて帰ってきたらしい。


 だから、こんなに顔が赤いのか。


 軽く納得し、だが、心中があまり穏やかじゃない飛鳥は、その後、にっこりと微笑むと


、告白されたの?」


「そ、それは……っ」



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