第334話 告白と勘違い

「ごめん。俺、今藤さんの気持ちには答えられない」


 聞こえてきたのは、確かに華の知っている"榊くん"の声だった。


 その声はハッキリと──だが、少しだけ影を帯びていて、告白を断ることに申し訳なさを感じているのが伝わってきた。


「本当に、ごめん」

「あ……うんん。榊くんが、謝ることないよ」


 再度謝る榊くんに、今藤さんがシュンとした声で、そういった。

 普段は閉まっている視聴覚室のカーテンは、今は開いているのか、窓から射し込む夕日が、やけに哀愁を誘う。


(ど、どうしよう……っ)


 離れなくては──そう思っていたはずなのに、華の足は、まるで縫い付けられたように動かなくなった。

 心臓は、うるさいくらい鼓動を刻んでいて、入ってきた情報は「音」だけなのに、その情景は、まるで目に浮かぶようだった。


 窓を背にして佇む榊くんと、その前で、涙を堪えている今藤さんの姿──


「ねぇ、理由だけ、聞いてもいい?」

「え?」


 すると、また今藤さんが、榊くんに話しかけた。


「私の、どこがダメなのか、教えて欲しい」

「…………」


 なかなかハードなことを聞かれていると思った。でも、榊くんは包み隠さず


「俺、好きな子がいるんだ」


 その言葉に、咄嗟に声を殺したのは、華の方。


 好きな子──それが、誰のことを言っているのかわかって、華の顔は更に赤くなる。だが……


「まぁ、もうるんだけど」

「……え?」


 その言葉に、今藤さんが困惑する。だが、困惑したのは、今藤さんだけじゃなかった。


(……あ、あれ?)


 フラれてる──榊くんは、確かにそう言った。だが、前に蓮に榊くんのことを話されて以来、華は榊くんが、自分のことを好きなんじゃないかと思っていた。


 だが、

 ということは──


(えぇ!? うそ! 榊くん、私のこと好きじゃないじゃん!?)


 そう確信して、羞恥心でいっぱいになった。


(ッ……うそ、蓮のやつ、私のことからかってたの!? もう、恥ずかしい……っ)


 穴があったら入りたい。自分のとんでもない勘違いに、華はひどく震えた。

 だが、よくよく思い返せば、蓮は「榊は、華が好きだよ」とハッキリ明言したわけではなく……。


 華の顔は青くなったり、赤くなった理を繰り返したあと、最終的に白くなった。


 さすがに、自意識過剰すぎる。榊くんが自分のことを好きだと勝手に勘違いして、よそよそしくなっていたなんて……


 だが、そうして華が懺悔する最中、二人は、さらに話を続けた。


「ふられてるんだったら、なんで……」


「まだ、忘れられないんだ」


「え?」


「ふられてるし、見込みないのはわかってるんだけど、まだ、好きなんだ。だから、こんな気持ちのまま、他の子と付き合うなんて出来ないから」


 再度そういうと、榊くんは、改めて「ごめん」と頭を下げた。


 好きな人がいて、だけど、その人を思い続けたまま、別の女の子と付き合うなんて出来ないから──


 だから、榊くんは断ったんだ。


(榊くんと付き合ったら、きっと幸せなんじゃないかな?)


 その声からは、榊くんの一途な思いが伝わってくる。凄く、その子のことが、好きなんだなって、わかった。

 それなのに、なんで、その子は、榊くんをふったのだろう。


 男女の仲って難しい。

 兄だって、あんなにモテるのに、あかりさんへの恋が実るとは限らない。


 好きな人と、両想いになるって、本当はとても、奇跡的なことなのかもしれない。


「じゃぁ、また来年、告白してもいい?」

「え?」


 すると、静かなその空間で、また今藤さんが声を発した。


「来年には、わすれてるかもしれないから、その子こと。だから、もう一回だけチャンスをくださたい。それでダメなら、諦めるから……!」


「わッ、ちょ──」


 すると、今藤さんは半ば強引に榊くんにチョコレートを持たせたらしい。榊くんが焦った声を上げた瞬間、逃げるように視聴覚室から飛びだしてきた。


(あ……!)


 それに気づいて、華は咄嗟に物陰に隠れた。なんとか、今藤さんには見つからずにすんだけど


(なんだか、すごい所、見ちゃった……っ)


 あんなに情熱的な告白、まるでドラマみたいだ。華は、他人の告白にドキドキしっぱなしだった。


(すごいなぁ……今藤さん)


 上手くいかなかったけど、それでも、ちゃんと想いを伝えて、また、来年も告白する気でいる。


 自分は、まだ、恋すら、よくわからないのに──


「あれ、神木?」

「!?」


 だが、その直後、今後は榊くんの声をかけられた。

 隠れていたのに、見つかってしまったらしい。物陰に隠れた華を、驚いた様子で見つめる榊くんに気づいて、華は咄嗟に取り繕う。


「あ、あの、これは……わっ!?」

「……!」


 身振り手振りをつけ、弁解しようとしたからか、手にしていた地図がスルリと腕の中からすべり落ちた。


 バラバラに散らばった数本の地図。


 すると、それを見た榊くんは、地図を拾いあげようとしゃがみ込んで、華もそれに続いて腰を下ろす。


「ご、ごめん!」


「いや。これ、どっか持っていくの?」


「……うん。社会科準備室に……」


「手伝おうか?」


「うんん、一人で大丈……ッ!?」


 瞬間、二人の手が重なった。


 どうやら、同じタイミングで、同じ地図を掴んでしまったらしい。華が地図を掴んだ手の上に、榊くんの手が触れて


「あ、あの……ごめん!」

「…………」


 だが、その後、華の手を、榊くんはなかなか離そうとはせず──


「……さっきの、聞いてた?」

「え……?」


 その問いかけに、華の心臓はより大きく跳ねた。顔をあげれば、榊くんが真剣な表情で、こちらを見つめていた。


 触れた手は未だに繋がったままで、だけど、嘘をつくのはいけないような気がして、華は、覚悟を決め謝ることにした。


「ご、ごめんね。その……盗み聞きするつもりはなかったんだけど……っ」


「…………」


「えっと、その……やっぱり榊くんモテるんだね! 葉月からも聞いてるよ! バスケしとる時とか、すごくカッコイイって評判だって!」


「…………」


「それと、今藤さんはいい子だよ。明るいし、可愛いし、一途だし。きっと、榊くんのことも、大事に……!」


「神木」


「ッ……!?」


 やたら饒舌じょうぜつになって、まくしたてたが、それを唐突に止められた。


 掴まれた手を更に強く掴まれて、辺りは、まるで夜の海のように静まり返った。


 すると、それから暫くして


「ごめん」


「え?」



 一瞬、何を言われたのか、分からなかった。


 ──好きになって?


 あれ、何を言ってるんだろう。

 榊くんが好きなのは、私じゃなくて──



「俺、中2の頃から、ずっと、神木のことが好きだった」

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