第336話 元通りと普通

「誰に告白されたの?」

「そ、それは……っ」


 にっこりと黒い笑顔をうかべた兄とは対照的に、華は顔を赤くし躊躇する。


 話した方が、いいのだろうか?

 でも……


「それは……言えない」


「ふーん……(言えないってことは、俺の知ってるやつか)」


 何人か心当たりがありつつも、酷く思い詰めた表情をする華に、飛鳥は、その後ひとつだけため息をつくと、そのまま話を続けた。


「それで。お前は、何を落ち込んでるの?」

「……え? 落ち込んでる?」


 そう言われ、華は驚いた。


 妹の反応をみて、落ち込んでいることを察した兄。だが、それは華ですら、よく分かっていない気持ちで、こういう所は流石と言うべきか、やはり兄には、敵わない。


「今日ね。好きって言われて」


「うん」


「でも、その人、私にフラれたらしくて」


「うん?」


「ふった記憶はないの。でも、フラれたって言ってて……それで、ゴメンって謝られた。ちゃんと忘れるから、今まで通り、友達として接して欲しいって……っ」


「…………」


 ちょっとよく分からない話に、飛鳥は無言のまま考え込んだ。


 華はふってない。

 だが、その子は、ふられたらしい。


 それで華に好きだと告白して、忘れると言ってきた?


(……なんか、ややこしいな)


 だが、可愛い妹が悩んでいる。これは、兄として、なんとかしてあげなくては。


「華は、どうしたいの?」


「え?」


「付き合う気があるの?」


「え、付き合うって!? そ、そんなの、まだ良くわかんない……っ」


「じゃぁ、華はその子に、今後どう接していきたいの?」


「どうって……っ」


 榊くんは、友達だ。

 蓮と仲が良くて、だからか自然と話しやすくて


「と、とりあえず今は、"友達"でいたいと思ってる。でも、私たくさん傷つけちゃった気がして、私と一緒にいたら、余計に辛くなるんじゃないかなって……っ」


「…………」


 涙目の華を見て、飛鳥は落ち込んでいる"真の理由"を理解した。


 華は、その子を傷つけてしまったことを悩み、今こうして、落ち込んでいるのだろう。


「華が、そんな調子じゃ余計に傷つくよ」


「え?」


「その子が『友達でいて欲しい』って言ってるなら、接してあげるのが、その子のためなんじゃないかな? それに、お前の環境は、前と何も変わらないよ。ただ、元に戻るだけ」


「元に……」


 兄の言葉に、華は冷静に今の状況を振り返った。


 確かに、現状は何も変わらない。自分と榊くんは、いままでどおり「友達」のまま。


 でも──


「何もなかったようになんて、出来ないよ!!」

「……!」


 再び顔を真っ赤にして、華がうったえた。


 なにもなかったように、出来れば良かった。


 でも、知ってしまったら、好きだといわれてしまったら、もう、今まで通りになんて出来ない……!


「飛鳥兄ぃは、告白されまくってるから慣れたものかもしれないけど! 私は、なにもなかったように振る舞うなんて、そんな器用なこと出来ない!」


「誰が慣れてるって……!」


「慣れてるでしょ! 今日だって8人に告白されたとか言ってたじゃん!」


「あのな、俺は別に華の立場で話してない!」


「はぁ!?」


「だから、告白された側の立場で話してないって言ってんだよ!」


 どうにも理解出来ず、華は眉をひそめた。


 告白された側でないなら、フラれた側の立場で言っているということだろうか?


が、なに言ってんの!? 全然、説得力ない!!」


「悪かったな」


 このモテまくりな兄が、フラれた側を理解できるとは思えず、華はじとりと睨みつけた。


 だが、その後しばらく口を噤むと、飛鳥はまたゆっくりと話し始める。


「確かに、俺にフラれた側の気持ちを、完全に理解することはできないよ。でも、もし俺が……、同じことを思うとおもったんだよ」


「え?」


「告白したあと、それが原因で疎遠になるのは嫌だなって……だったら、どんな形でもいいから傍にいたいって、俺だったら思う。だから、その子も、それだけ華の事が、好きだったんじゃないかな」


「……っ」


 青い瞳が、いつも以上に真剣で、華の顔は再び赤くなった。


 どんな形でもいいから──その言葉に、胸が熱くなる。


 フラれても疎遠には、なりたくない。

 友達のままでも、そばにいたい。


 それほどまでに、榊くんは、私のことが好きだったのかと……


(そういえば……二年も前から、好きだったって言ってた。私、全然気づかなかったけど)


 兄の話に納得して、華は少しだけ冷静になった。自分だって、榊くんと、これっきりにはなりたくない。


 だけど、自分があやふやな態度をとれば、余計に榊君を傷つける。


 そして、こちらが話しかけなければ、榊くんからは、話しかけて来ないような気がした。


(今まで通りに……できるかな?)


 顔を見れば、赤くなってしまいそう。

 声だって、裏返ってしまいそう。


 正直、普段どおりに出来る自信は、まったくない。だけど──


「ありがとう……私、頑張る」


 そう言うと、華は再び飛鳥を見つめた。


 だが、まさかこの兄から、フラれた側の意見が出てくるとは思わなかった。


 兄は、それだけ今、あかりさんのことが好きで、そして、フラれる可能性もあることを、不安視している。


(お兄ちゃんと、あかりさんは……どうなんだろう)


 もし、お兄ちゃんか告白したら、あかりさんは、どうするんだろう?





 ◇


 ◇


 ◇




「聞いてよー! 花山ちゃん、フラれちゃったんってー!」


 夕方、講義を終えたあかりの隣で、安藤に青木が話しかけた。


 ショートカットの落ち着いた美人の安藤と、ボブヘアーが可愛らしい青木は、ことあるごとに飛鳥の話をしている、あかりと同じ教育学部の学生だ。


「うわー、今日(バレンタイン)だけで、何人フラれたんだろう」


「ホント! 果たしてこの先、神木先輩の心を射止める女子は現れるのか!?」


「そういえば、薗田さんもふられたらしいね」


「え! 薗田さんって、読モ(読者モデル)やってる超可愛い子でしょ!」


「あのレベルでふられちゃうんだから、普通の子じゃ、絶対ムリだよね~」


「…………」


 隣で騒ぐ安藤たちの話を聞きながら、あかりは、ノートを片付け、ふと昨日のことを思い出した。


『はい、俺からのバレンタイン♡』


 そう言って、手作りのクッキーを手渡してきた彼は、朝から噂の的だった。


 誰が告白するだの、フラれただの。


 今日は2コマ目から講義を受けに来たあかりだが、来た頃には、既に話題の中心になっている程で……


(神木さんから、クッキーもらったなんて知られたら、とんでもない事になりそう……っ)


 ちなみに、そのクッキーは、まだ食べていない。ちょっと勿体ないなと、思ってしまったから。


 なぜなら、見た目が可愛くて、眺めているだけでも幸せな気分になりそうで……


(神木さんて、結構器用なのね。料理もできるみたいだし)


 ──普通の子じゃ、ダメ。


 そう言った安藤たちの話に納得する。


 彼に釣り合うのは、見た目も中身も、だ。


 じゃなくては、きっと、誰も納得しない。



(普通でダメなら、普通の私は、もっと釣り合わないなぁ……)


 それを考えると、"恋人のフリ"をしてもらっていることに、申し訳なさを感じてしまう。


 いつまでも、彼氏のフリなんてさせられない。もしかしたら、いつか彼女だってできるかもしれない。


 いくら、人を好きになれないといっていても、彼に釣り合う、最高の彼女が現れたら、気持ちも変わるかもしれない。


(引越し……しようかな)


 大野の件を解決するなら、それが一番よかった。


 こちらに来て、もうすぐ一年。まさか、こんなにすぐ引越しを考えることになるとは思わなかったが、隣人がストーカーになるのは、さすがに困る。


(あ、でも引越しって、結構お金かかるよね?)


 生活費は、親が振り込んでくれる。


 だが、引越し費用まで親には頼りたくないし、なにより、心配させたくない。


(やっぱり……アルバイト始めてみようかな?)


 理久(弟)には『バイトはするな!』といわれたが、こうなれば、背に腹は変えられない。


 あかりは、弟のことを思い出し、苦笑いを浮かべつつも、自分で何とかしなくてはと、腹を括った。


(お金を貯めて、私が引っ越せば、もう彼氏のフリをする必要もなくなるし……神木さん、喜んでくれるよね?)


 これ以上、彼に甘えないように──


 あかりは、そう決心し、アルバイトを探すことにしたのだった。

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