第4章 雪の日の二人

第337話 成長と旅立ち

「ぁ~、終わったー!」


 バレンタインがすぎた週末・金曜日。


 桜聖高校にて、午前中の授業が全て終わると、華は気だるそうに、机の上に突っ伏した。


 授業と言っても、行われたのはテスト。


 2月中旬のこの時期、バレンタインが終わると、怒涛の期末考査が始まる。


 昨日から始まった期末考査は、来週まで続くのだが、華は早くも根を上げていた。


「あー、英語やばい!」


「あーあ。来週は数学からだよ? 大丈夫?」


「ふぇ~葉月、明日一緒にテスト勉強しよう!」


 土日で、ある程度ヤマを張らないと太刀打ち出来ない!と、華が、お弁当を持ってやってきた葉月に泣きつくと、葉月は「はいはい」と席につきながら華をなだめた。


 すると、そんな二人の横を、今藤こんどうさんが通り過ぎた。先日、榊くんに告白をしていた、あの今藤さんだ。


「そういえば、フラれたらしいね、今藤さん」

「……っ」


 過ぎ去ってしばらくして、葉月がボソリと呟いて、華は思わず息を飲んだ。


 バレンタインの次の日、クラスの女子が今藤さんを慰めているのを見た。好きな人にフラれて、悲しんでいる今藤さんを……


「でも、また来年も告白するんだって」


「そ、そうみたいだね」


「華はどうなの?」


「え?」


「気になる人、出来てないの?」


 葉月が茶化しながら聞いてきて、華は頬を赤らめた。


 気になる人──今、気になるのは、確実に"榊くん"だ。


 あれから、すれ違っても、兄の助言通り、普段通り接してきた。


 だけど──


(そういえば……葉月も榊くんのことが、好きなんじゃなかったっけ?)


 遊園地の時の事を思い出し、華は困惑する。


 なんだか、複雑だ。葉月は、榊君が好きで、榊くんは、自分のことが好きだなんて──


「は、葉月の方こそ、どうなの?」


「え?」


「その……好きなんじゃないの?」


「は? 誰を?」


 キョトンと目を丸くする葉月は、全く身に覚えがなさそうだった。だが、華は思い切って口を開くと


「だから、を!」


「へ?」











 第337話 『成長と旅立ち』









 ◇◇◇



「準備できたか?」


 病院のベッドの上で荷物をまとめおえたミサは、侑斗に声をかけられ顔を上げた。


 10月末に入院して、約4ヶ月。


 何とか精神も安定し、退院には漕ぎ着けたが、ミサ自身は、あまり浮かない顔をしていた。


「どうしたんだ。また、エレナちゃんと暮らせるようになったってのに、暗い顔して……」


「そりゃ、エレナと暮らせるのは嬉しいわ。でも、仕事も何ヶ月も休んでしまって、色々不安もあるのよ……それに侑斗、もうすぐロスに戻るんでしょ?」


 まるで捨てられた子犬のように、悲しげな表情で見つめるミサに、侑斗はため息をついた。


 確かに、二月末には、ロサンゼルズに戻ることになっていた。


「仕方ないだろ。俺もいつまでも日本こっちにはいられないし……それに、電話でもメールでも、連絡したら、ちゃんと返すよ」


「そう、だけど……っ」


 海外に行けば、簡単には会えない。

 だからか、ミサは不安げなままだった。


 ここ数ヶ月、ミサの入院の手助けはしてきたが、身寄りもなく友達もいないのか、ミサの見舞いに来た人は、侑斗とエレナの二人だけだった。


 その上、両親はフランスにいて、頼れるのは侑斗ただ一人。だからこそ、不安で仕方ないのだろう。


「ミサ、携帯出して」


「え?」


の連絡先教えとくから、なにかあったら、飛鳥を頼ればいい」


「……っ」


 だが、その後、携帯を取り出し、電話帳の欄を開いた侑斗をみて、ミサは目を見張った。


 飛鳥──それは、何度と会いたいと願っていた大切な大切な我が子の名前だったから。


「っ──待って! それはダメ! あの子、絶対、私からの電話なんて嫌がるわ!」


「!?」


 すると、スマホを手にした侑斗の手を握り、ミサは血相を変えて、そういった。


 思い出すのは、あの日、自分を怒鳴りつけた飛鳥の姿だった。


 どれだけ、あの子を傷つけてきたのか、それを今になって思い知った。


 そして、今、自分が、どれほどのかも……


 でも、全部、自業自得だ。"愛"と偽って、自分の"願望"を押してけてきた──罰。



「あの子……一度も顔出さなかったの。エレナを連れてきても、あの子は病室にはこなかったの……あの子にとって、私は……っ」


「はぁ……そんなんじゃ、また入院することになるぞ。それに、飛鳥なら大丈夫だよ」


「大丈夫って……っ」


「確かに、お前の存在は、飛鳥にとって複雑だよ。正直、接し方に困ってる部分はあるかもしれない。"母親"として扱うべきなのか、どうするべきなのか、とかな。……でも、俺から一つ言わせてもらえば、この先、お前が、。あいつの母親は『ゆり』だけだ」


「……っ」


 ゆり──その名を聞いた瞬間、ミサは掴んでいた手をゆっくりと離した。


 侑斗は、そんなミサを見つめると


「この先、お前が母親として『ゆり』を超えることはない。ゆりは、俺たちが飛鳥に植え付けた傷を、全部取り除いてくれた。今の飛鳥があるのは、全部ゆりのおかげだ。それだけ飛鳥にとって、ゆりはかけがえのない人で……例え、血が繋がっていなくても、飛鳥の母親は"ゆり"だけだ。それだけは自覚しておけ」


「………」


 侑斗の瞳は酷く真剣で、そして、その言葉は心の奥底にずっしりと響いた。


 血の繋がり以上に越えられない『親子』としての『絆』が、その二人の間にはあるのだと……


「まぁ……お前だけじゃない。俺だって、未だに越えられないんだ」


「え?」


「俺は、助けを求めて伸ばしてきた飛鳥の手を『もう、俺の子じゃない』って言って突き放した。一度でた言葉は、もう覆せない。あの時、俺は、飛鳥を捨てたも同然で、その時失った"信頼"を取り戻すのに何年とかかった。だからお前も、まずはその信頼を取り戻すことを考えろ。ゆっくりと、時間をかけてな……それに、飛鳥は結構いい男だぞ」


「え?」


「お前が『困ってる』と連絡してきて、それを突っぱねるような"器の小さい男"じゃない。必ず力になってくれる。だから、何かあれば、飛鳥を頼ればいい」


 優しく微笑む侑斗は、何の心配もいらないとでも言うようで、ミサの目にはじわりと涙が浮かんだ。


 成長した息子に、心がざわついた。あの小さかった飛鳥が、今ではもう大人になっていた。


 凛々しく逞しく、器の大きな男性に、成長していた。そして、そんな飛鳥を育ててくれたのが


 侑斗と、ゆりさんなのだと──



「ほら、携帯出して」


 すると、侑斗は、再びスマホを操作すると、ある連絡先を差し出してきた。


 090から始まる、携帯の番号。

 飛鳥の連絡先だ。


 ミサは、それを見て、ゆっくりと目を閉じると


「うん、ありがとう……っ」


 そういって、連絡先を登録した。





 外には、暖かい日差しが射していた。


 また、ここから始まる、新しい人生への旅立ちを、祝福するかのように──




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