第338話 後悔と心配


 神木家のマンションにて──


 侑斗は、一度ミサの自宅に荷物を届けたあと、再びミサを連れて、自宅に戻って来ていた。


 ミサにとっては、初めて招かれた神木家。


 それは、昔、自分たちが住んでいたあの一軒家とは、また違う作りのマンションで、侑斗は今この家で、子供たちと一緒に暮らしているかとミサは不思議な感覚に陥った。


「ここ、持ち家なの」


「まぁ、そうだな。もう、星ケ峯に帰る気なかったし。なにより、桜聖市は子育て支援にかなり力入れてるから」


「そうね、私もこの街に引っ越してきたの、それが理由だったし」


 子育てをするなら、この町は、とても住みやすい。


 まさか、侑斗と同じ理由で引っ越してるとは、思わなかったが、なんだかんだ、似ているのだなと、少しだけ感慨深くなった。


「エレナのこと、今日までありがとう。大変だったでしょ、子供が4人もいたら」


「うーん、そうでもないさ。どっちかと言うと、飛鳥と華が良く面倒見てたからな。俺は楽なもんだったよ。そうだ、エレナちゃん、今日は4時すぎに帰って来るから、それまではゆっくりしていけ。まぁ、その前に、華と蓮の方が先に帰って来ると思うけど」


「そうなの?」


「あぁ、あいつら今日テストみたいだから」


「…………」


 その話を聞いて、ミサは少し複雑な表情をした。


 その双子は『阿須加 ゆり』との間の子だ。


 そして、前に会った双子の男女。

 きっと、あの子たちが、そうなのだと思った。


 男の子は、侑斗によく似ていた。女の子は、どことなく『阿須加 ゆり』の面影を宿していた。


 あの日、唐突に、あの子たちに自宅を問いかけたのは、この子たちの自宅を突き止めれば、飛鳥に会えると、一種の勘のようなものが働いたから……


「飛鳥は、いつ帰ってくるの?」


 リビングに通されたあと、その場に立ちつくしたまま、ミサが問いかけた。


 整然とした、オシャレなリビング。


 そして、中を見回せば、チェストの上に卓上型の仏壇があるのが見えた。


 仏壇と言うほど堅苦しいものではなく、この洋風のリビングにも難なく溶けこむ華やかで、おちついたデザインのもの。


 そして、そこには、まだ若い『阿須加 ゆり』の……いや『神木 ゆり』の写真があった。


 ミサが初めて見た女子高生の頃と、あまり変わらない、若々しい女性の姿。


 そして、それを目にして、改めて彼女が亡くなったことを思い知らされる。


「飛鳥は、今日は6限までだから、帰りは遅いぞ」


 すると、先の問に侑斗が答えて、ミサはそっと目を閉じた。


 飛鳥に、しっかり謝りたい。

 でも──


「会いたいなら、夜までいるか?」


「いいえ、帰るわ」


 まだ、会ってはいけない気がした。


 会う前に、やらなくてはならないことが、沢山ある。


「私……阿須加さんに、謝れないままだったわ」


「…………」


 写真を見つめて、ミサが呟くと、侑斗もまたゆりの写真を見つめた。


「人を刺しておいて、何も謝罪せず、私は、お金だけで解決したの。今になって、謝れなかったことを後悔しても遅いのに……本当にバカよね、私って」


 写真を、ただただ見つめたまま、ミサは過去の自分を情けなく思っていた。


 病室の前まで行って、結局、怖くなって逃げ出した。


 責められるのが怖かった。

 人殺しと罵られるのが怖かった。


 しかも、それだけでなく、義母の話を真に受けて、恨まなくていい彼女を、ずっと恨み続けてきた。


 もう、繰り返しちゃいけない。やるべきことを、やってからでないと


 ──飛鳥に、会ってはいけない。



「今日、エレナが帰って来たら、その足で、あかりさんに謝りにいくわ。今度は、逃げない」


「…………」


 ハッキリと、そう口にしたミサ。だが、侑斗は、その瞬間、眉をひそめた。


「いや、大丈夫か? ちゃんと冷静にあやまれる?」


「大丈夫よ! そんなに疑わないで……!」


「そんな事言われてもなー……言っとくけど、これ以上、あかりちゃんに何かしたら、飛鳥、本気で怒るぞ」


「分かってるわよ。私だって、これ以上、あの子に、嫌われたくないもの」


 そう言ったあと、ミサは、ゆりの仏壇に向かって、深々と頭を下げた。


 あの時、謝れなかったことことを悔やみながら、数分間、頭をあげず懺悔する姿をみつめながら、侑斗は、携帯を取り出した。



(一応、飛鳥に連絡しとくかな)




 ◇


 ◇


 ◇




(そっか、無事に退院したんだ……)


 講義が一段落し、休み時間に入った飛鳥は、侑斗から入ったメッセージを見ていた。


 父から入ったLIMEには


【ミサ退院したよ。エレナちゃんが帰ってきたら、あかりちゃんに謝りに行くって】


 そう、書かれていた。


(あかりに……か)


 未だに不安なのは、あんな所を見たせいかもしれない。


 あの日、あの人は、傍にあった花瓶を、あかりにむけて振り下ろした。


 今日は、エレナも一緒だし、大丈夫だとは思うが、よく癇癪を起こしていたあの人の姿が離れないせいか、やはり不安はある。


(帰りに、よってみようかな。あかりの所……)


 あまり、夜行くべきではないが、やはり心配だ。飛鳥は、そう考えつつ、また次の講義の準備を始めた。


 どうか、これ以上、あの人が、誰かを傷つけることがありませんように


 そう、願いながら──



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