第339話 変化と靴


 学期末考査が終わり、下校の時間を迎えた華は、その後帰路に着いていた。


 だが、テストがある日は、部活動も休みになるため、今日は蓮と、最近話題の"榊くん"も一緒で、華の心中はとてつもなくドキマギしていた。


(どうしよう、まさか、この3人で帰ることになるなんて……っ)


 蓮を中心に、左右に航太と華が並ぶ。


 横に3人並んで帰るのは、よくあることだが、先日、告白?なんてされたものだから、明らかに、いつもと空気が違った。


 まぁ、この空気に一番困惑しているのは、間に挟まれた蓮かもしれないが


(なんか、空気が重い)


(神木、やっぱり気にしてるよな?)


(普通に! 普通に、振る舞わなきゃ……!)


 三者三様、ざまざまな想いを心の中で呟く。


 だが、ここで何も話さなければ、この先、もっと話せなくなる。


 そう、思った華は


「さ、榊くん、テストどうだった!」


「え? あー、まぁまぁかな?」


「そうなんだー。やっぱり、榊くん頭いいよね~」


「そ、そうでもねーよ」


「「「………………」」」


 わざとらしく声を上げつつも、再び沈黙が訪れ、3人黙り込む。


 すると、さすがに痺れを切らした蓮が


「あーもう、なんなんだよ、お前ら! なにかあったのか!?」


(なにかって……っ)

(あんたのせいでしょ!)


 耐えきれず声を上げた蓮の声に、華と航太は、複雑な表情をうかべた。


 元はと言えば、すべて蓮のせい。


 だが、蓮だって、バレンタインの日のことは、まだ知らない。


 航太も話していないし、華だって、兄に相談したあと、蓮にも話す気でいたが、また話すとなると、なんだか恥ずかしくなってしまい、そのまま。


(どうしよう……しかも、私、変な勘違いしてたし)


 ちなみに、昼間、華が言った葉月への質問は


「何言ってんの? 私、榊のこと好きじゃないよ」


 そんな返事を返され、あっさり誤解が解けた。


 とはいえ、あかりさんのことと言い、さすがに早とちりがすぎる!!


(……気をつけなきゃ。もっと、冷静に物事を考えて)


 そう自分自身に言い聞かせると、華は改めて航太を見つめた。


 榊くんは、優しい人だ。


 見た目だってカッコイイし、運動も勉強もできる。きっと、榊くんを好きな女の子は、今藤さん以外にも、いるかもしれない。


 だって、こんなに、素敵な男の子なんだから……


(でも、そんな榊くんが、ずっと、私のことを、好きでいてくれたんだよね)


 でも『友達』だと思っていた相手を『異性』と意識しただけで、こんなにも、ぎこちなくなるなんて……


(私……今まで、榊くんに、どんな風に接してたっけ?)


 ほんの少し前のことが、まるで、遠い昔のことのようだ──



 ◇


 ◇


 ◇



「なぁ、華。お前、最近おかしいぞ?」


 その後、自宅マンションに戻ってきた双子は、エレベーターの中で会話をしていた。


 7階に着くまでの数分間。壁によりかかる華に蓮がといかければ、華はバツが悪そうに顔を背けた。


「べ、別に……」


と、なにかあったんだろ?」


「……っ」


「あー、やっぱり」


 瞬間、赤くなった華を見て、蓮が納得したように答えた。


 ちょうど、バレンタインの後から、華の様子がおかしい。それは、双子だから故に気づいた、小さな変化かもしれないが……


「どうしたんだ? 榊も、なんか落ち込んでるみたいだし」


「え……榊くん、落ち込んでるの?」


「まぁ、落ち込んでるっていうか、カラ元気って感じかな」


「そう……」


「告白されたのか?」


「っ……な、なんでわかるの?」


「分かるよ。俺たち、双子なんだから──」


 そういって納得するかは分からないが、蓮は兄同様、華の変化には一早く気づく。


「ふったのか? 榊のこと……」


「ふ、ふってない……でも、榊くんは、ふられたと思ってて……好きになってごめんって、謝られた」


 謝らなくてもいいのに、なぜか、謝られた。


 でも、きっと、謝らなくちゃいけないと思わせてしまうほど、私の態度がおかしかったのかもしれない。


「そっか……やっぱり、ふられたと思ってたんだな」


「え?」


「いや、ゴメン。こうなったのは全部、俺のせいだ」


 すると、蓮が、苦渋の表情を浮かべながら、そういって、華は目を見開いた。


「べ、別に、蓮のせいってわけじゃ。私の態度が、そう思わせたんだろうし」


「いや、俺のせいだよ。榊の気持ちを利用して、華をけしかけたから……ごめんな。俺が、華と榊の関係、壊したようなもんだ」


「…………」


 一際ひときわ、沈んだ表情で謝る蓮に、華も言葉を詰まらせた。


 たしかに、もともとあった『友達』という関係は壊れてしまったのかもしれない。


 でも──


「人生って、変化の連続だね」


「え?」


「変わりたくないって思っていても、変わっていっちゃう。でも、変わってしまったものは、受け入れるしかないよ」


 これまで、家族がだった。


 この優しい世界にいれば、苦しむことはないと思っていた。


 でも、世界は変わる。


 変わりたくなくても、些細なきっかけで変わってしまう。


 そして、それは、家族だけじゃなく


 友達や周りの環境も──



「私は、大丈夫。でも、蓮と榊くんは、大丈夫?」


「え?」


「蓮と榊くんは、仲悪くなってたりしてないよね? 私のせいで、二人が喧嘩して友達じゃなくなっちゃうのは、もっと嫌……」


「…………」


 すると、華が悲しそうに、蓮を見つめて、そう言った。


 胸の前で、手を組む華は、まるで祈っているように見えて──


 華は、いつもこうだ。

 自分より、周りのことを心配する。


「仲悪くなってたら、一緒に帰ってねーよ」


「そ、そうだよね」


「あぁ……だから、心配するなよ」


「………うん。ありがとう」


 それは、本当に、ほっとしたような表情で……


 華は今、必死に「今まで通り」を心がけながら、ふるまっているんだろう。


 これ以上、榊を傷つけないように──


 そして弟が、大切な友達をうしなわないように……


「華……」


「ん? なに?」


「前にも言ったけど、榊は良い奴だよ。だから、もし好きになるなら、あー言うやつにしろよ」


「え?」


「ていうか、華のことを大事にできるやつじゃねーと、俺も兄貴も父さんも、絶対許さないからな」


 瞬間、目が合うと、酷く真面目な表情で、そう言われた。


 それは、珍しく見る、弟の"本気"の表情で──


「て、なにそれ!! ハードル高すぎ!?」


「じゃぁ、一生結婚できないな」


「するし! 結婚したいし! ていうか、見てなさいよ! いつか、みんなが納得するような、最高の彼氏つれてくるんだから!」


「そうかそうか。でも、今の華じゃ、ハイスペックな男子には釣り合わな」


「うるさい!」


 ──ピンポン!


 瞬間、双子を乗せたエレベーターが、7階についた。


 華と蓮は、先程の空気が嘘のように言い争いながらも自宅の前まで進むと、いつものように玄関を開けた。


「ていうか、そういう蓮はどうなのよ? 好きなことかいないの?」


「はぁ、俺のことは別に」


「「あ!」」


 だが、その瞬間、玄関に見慣れない靴があるのを見て、双子は硬直する。


(そうだった……)

(今日、ミサさんが、退院してくるんだった…っ)


 玄関には、女性もの靴があった。それは、父の前妻で、兄の実の母親である


 ──紺野 ミサの靴だった。

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