第340話 再会と復縁
(あ、そうだった)
(今日、ミサさんが、退院してくるんだった)
玄関にあった見慣れない靴を見て、双子はヒヤリと汗をかいた。
もう精神的に落ち着いているのは承知の上だが、やはり直接、会うとなると気が重い。
とはいえ、玄関先で右往左往している訳にはいかず、双子は同じタイミングで、スっと息を吸うと、改めて覚悟を決めた。
「……いく?」
「あぁ」
二人目を合わさず、お互いの意志を確認すると、靴を脱ぎ、リビングに向かった。
2月の寒い季節──
部屋の中は、外とは違い暖房が入っていて、とても暖かかった。
だが、二人は赤と黒のマフラーをとるのも忘れ、真っ先にリビングの扉を開けた。
──ガチャ
いつもと変わらない、我が家。だが、そのリビングには、いつもとは違う人がいた。
窓辺に佇んで、外を見ている女の人。
兄と同じ、赤みがかった金色の髪と青い瞳。
そして、兄よりも少しだけ低い背丈と、兄と同じ顔立ちをした──美しい女の人。
そこには、紺野ミサがいた。
兄の実の母親が──
「あら、こんにちは」
双子が帰宅したのに気づいたのか、ミサは、長い髪をサラリと揺らしながら振り向いた。
その姿を見て、華と蓮は、あの日のことを思い出す。前に、この人にあった
あの雨の日のことを──
「やっぱり……あなたが、兄の母親だったんですね」
「……あなた達こそ、やっぱり侑斗の子供だったのね」
互いに互いを確認し合い、そして、また沈黙する。
あの日、ミサをみて、兄となにか関係があるのではと、双子は、ずっと思っていた。
だが、エレナを預かったあとも、直接会うことがなかったからか、まだ半信半疑だった。
だけど、そのモヤモヤが、やっと晴れた。
やっぱり、この人が
兄の母親だったのだと──
((ていうか、改めて見ると、この人、めちゃくちゃ美人……!))
だが、あまりにも美しすぎるミサの姿に、双子は、とっさに黙り込む。
さすがは、あの兄の母親!!
もう、オーラと言うか、光り具合が違う!!
年齢を感じさせない、きめ細かな肌と艶やかな髪! そして、なにより、その抜群のスタイル!!
ていうか、本当に40代!?
どうみても、20歳の息子がいるようには見えないんですけど!?
ていうか、マジで母親なの!?
もう、お母さんじゃなくて、お姉ちゃんってレベルなんですが!?
(……わ、若すぎ)
(もう、人間じゃねぇな)
あの兄も、未だに高校生に間違えられるくらい童顔だが、もはや、童顔というレベルを超えている!
(もしや、先祖に天使でもいるの? この親子の遺伝子、怖すぎる)
(ていうか、こんな綺麗な人と、お父さん、結婚してたのか?)
男女の事情はよく分からないが、こんな美人と、あのハイテンションな父が夫婦だった姿が、どうにも想像できず、双子は複雑な表情をする。
ていうか、その父は、今、どこにいるのだろうか?
「あの、うちの父は……今どこに?」
「さぁ……急にいなくなったから、トイレにでもいったんじゃないかしら?」
タイミング悪ぅ!?
なんで今このタイミングで、トイレに行ってんだよ、あの人!?
前妻と後妻の子供が、対面してるんだよ!!
今、親バカにならず、いつなるんだ!!
(う……どうしよう。さすがにお父さんがいないのは、想定外だ)
なにを、話せばいいのか?
はっきり言うと、会話するのが、ちょっと怖い。
というか、こんなに穏やかな人が、母を×したり、エレナちゃんの首を、××したわけで、もしや、兄と同じで、怒らせると怖いタイプですか?
いやいや、兄と同じでは無いけど!
うちの兄は、絶対そんなことしないけど!
でも、何となく、兄と同じ匂いがするんですよね?
あー、やっぱりこの2人、親子かもしれない。
「そんなに、怖がらないで」
「「……っ」」
すると、またミサの声が響いて、双子は跳ね上がった。
一瞬、心を読まれたのかと思った。
だが、そんな中ミサは、うろたえる双子を見つめ、深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「………え?」
そういって謝罪をしたミサに、双子は息を飲む。
その姿は、話に聞いていたミサとは、全く違うようにも見えて──
「それは、なにに対する謝罪ですか?」
すると、華が矢継ぎ早に問いかける。
この光景は、どうにも腑に落ちなかったから。
すると、ミサは
「エレナのことと……ゆりさんのことよ。あなた達には、大変なご迷惑をお掛けしました」
頭を下げたまま、ミサは再度重く言葉をはなった。だが、その言葉を聞いて、双子は眉を顰める。
「謝らないでください」
「俺たち、エレナちゃんのこと、迷惑だなんて思っていません」
ピシャリと言い放った双子。
だが、それに、ミサが異を唱える。
「……気を使う必要はないわ」
「別に、気は使ってません。私たち、この4ヶ月、エレナちゃんと一緒にすごして、本当に、妹ができたみたいに楽しかったんです。だから、迷惑だなんて思ってないし、この先、別々に暮らすことになっても、私たちは、この先も、エレナちゃんのことを妹のように思います」
「…………」
「それに、母のことも……人を傷つけたのは、許されないことだけど、あなたに刺されてなければ、母はきっと、父と結婚していません。きっと、そのまま別れて、また違う人生を歩んでいたかもしれない。そうなったら、私たちは──産まれてません」
あの夜、兄のことと同時に、母のことも聞いた。
親戚の話を、ほとんど聞いたことがない母の──結婚前のこと。
義理の親の元で苦しんでいた母を、高校を卒業し仕事が見つかるまでの間、父が面倒を見ていたらしい。
でも、それは、刺されて入院していなければ、きっと、気づけなかったことで──
それがなければ、父と母の運命は、一生、交わらないまま、お互いに、別の道を歩んでいたのかもしれない。
「私たちは、母のことを覚えていません。でも、写真の中の母は、いつも楽しそうに笑っています。本当に幸せそうに……だから、これだけは、分かります。きっと母は──ミサさんのこと、怨んでません」
「……っ」
真っ直ぐに、目を見てそういった華が、一瞬ゆりにも見えて、ミサは息を飲んだ。
怨まれていなければ、それでいいと言うわけではない。謝らなければいけないのも、変わらない。
それでも──
「きっと母なら、私達と同じことを言うと思います。私に謝るくらいなら、その分もまとめて、エレナちゃんと、お兄ちゃんに謝ってくださいって」
強く意志を秘めた瞳に、ミサは目を伏せた。
確かに、言いそうだと思った。
あの日──
『飛鳥……こ、れは……ぁんたのせい、じゃなぃから……だから……そんな顔…しない……で』
刺された自分のことよりも、飛鳥のことを考えていた、彼女なら──
私は、自分のことしか、考えられなかったのに
意識を失いそうになりながらも、飛鳥を抱きしめてあげた、阿須加 ゆりなら──
「……そう。強いわね、あなた達。お母さんにそっくりだわ」
「……え?」
だが、そう言ってミサは、また二人に頭を下げた。それはまるで、また謝ろうとでもするように。
でも──
「ありがとうございました……エレナのそばにいてくれて……あの子を、飛鳥を守ってくれて、本当に、ありがとうございました……この御恩は、一生忘れません。この罪は、今後一生をかけて、飛鳥とエレナに償っていきます」
青い瞳から、ぽたぽたと涙が流れ落ちた。
その涙には、この十数年間の、様々な思いが詰まっているのだと思った。
喜びも悲しみも
怒りも憎しみも
だけど、それを全部受け止めて、また、ここから、ミサさんの新しい人生が始まるのだと思った。
人は、やり直そうと思えば
いつだって、やり直せるはずだから──
「涙、拭いてください」
「……!」
すると、泣きだしたミサを気遣ったのか、蓮がカバンの中から、ハンカチを取り出した。
だが、それを差し出した瞬間、華がギョッとする。
「ちょ、ちょっと蓮! それ一日使ったやつじゃないの!?」
「使ってねーよ。そんなん渡すか。これは、予備に入れてた方。……ていうか、俺いつもタオルの方使ってるから、ハンカチはほとんどつかってねーんだよ」
「そ、それならいいけど」
使用済みにハンカチだったらどうしようと、華は気をきかせたが、さすがに大丈夫だったらしい。
蓮が再びそれを差し出せば、ミサは素直に「ありがとう」といって、ハンカチを受け取った。
そして──
「あの、ひとつだけ、確認しておきたいことがあるんですが?」
「確認?」
蓮にそう言われ、ミサは涙を拭き取りながら首を傾げた。
すると、蓮は一度、華に目を向けると、まるで覚悟でも決めたかのように、二人は真剣な表情で、改めてミサを見つめた。
「まだ、父のことが好きですか?」
「……え?」
その質問に、ミサは瞠目する。そして、その質問の奥にある心理を理解したのか、ミサもまた、はっきり答えた。
「──好きよ、今でも」
「「……………」」
ハッキリと、嘘偽りなく、気持ちを告げれば、双子は、決して取り乱しはしなかったが、その瞳孔が、微かに戸惑っているのが分かった。
無理もない。別れた前妻が、まだ自分たちの父親のことを、好きだと言っているのだから。
「でも、安心して。侑斗と復縁したいなんて思ってないから」
「え?」
「これ以上、あの子の……飛鳥の幸せを壊そうなんて思わないわ。それに侑斗は、あなた達のお母さんの事が、好きで好きでたまらないみたいよ。だから、この先私は、母としても、女としても、ゆりさんは越えることはない。だから、私が侑斗と復縁して、あなた達の母親になることもない。だから……安心してね」
そういったミサは、どこか吹っ切れたようにも見えて、双子は目を見開き、そして安堵する。
「あ! 華蓮、おかえり~」
すると、そのタイミングで、幸か不幸か、侑斗が戻ってきた。
3人が同時に侑斗を目を向けると、少しばかり深刻な3人を見て、今度は侑斗が困惑する。
なぜなら、双子は、妙に真面目な表情をしているし、ミサに至っては涙目になっているから。
「ど、どうした? もしかして、俺のいない間に、なにかあった?」
「別に。このタイミングでいないとか、空気読めない父親だなって言ってただけ」
「ホント、親バカが聞いて呆れるよね?」
「あー、もしかして、あれかな!? みんなして、俺の悪口言ってたのかな!?」
呆れ返る双子に、侑斗がつっこめば、賑やかに騒ぎ出した3人を見て、ミサも微笑んだ。
「侑斗、悪口なんて言ってないわ。あなたが、どれだけ、ゆりさんのことを好きか、教えてただけよ」
「な!? お前、子供になに話してんだよ!?」
「大丈夫よ。女子高生に手を出して、私と別れて半年も経たないうちに再婚したことまではいってないわ」
「言ったよね! 今、ハッキリ言ったよね!? てか、女子高生には、手出てないからな!?」
「それ通用すると思ってるの。一緒に暮らしておいて」
「それでも、出してないんだよ! まぁ、誰も信じてくれないけどね!」
「あはは!」
侑斗とミサのやり取りをみて、今度は華が笑いだした。
父のおかげか、空気は一気に明るくなって、そんな中、華は、またミサをみつめると
「ミサさん、そのハンカチ、必ず返しに来て下さいね」
そう言われ、ミサは先程蓮から手渡された、ハンカチを見つめた。
ブランド物のハンカチだ。
シャレたロゴの入った、コバルトブルーのハンカチ。
「傘は返さなくていいけど、そのハンカチは絶対に返してください。それ、お兄ちゃんが、蓮の誕生日にプレゼントしてくれたものだから」
「え?………飛鳥が」
その言葉に、ミサは、再度ハンカチを見つめた。
飛鳥が、弟のことを考えて選んだもの。だけど、その華の言葉の意味を悟って、ミサはまた目に涙を浮かべた。
「返しに来い」ということは、また「会いに来い」ということ。
その優しさに、胸が熱くなったから──
「えぇ、ありがとう……必ず、返しに来るわ」
そういって、柔らかく笑ったミサに、双子もまた、にこやかに微笑んだ。
そして、その後ミサは、エレナが帰宅後、神木家を出ていって、エレナと暮らした神木家の日常は、静かに終わりを迎えた。
ミサは、この後、あかりに会いに行くと言っていた。
華と蓮は、少しだけ不安だったが、さっきのミサを見たからか、きっと、大丈夫だと思った。
最後に、嬉しそうに笑ったミサの表情は、とてもとても、兄によく似ていたから……
暖かくて、優しい、私たちが大好きな
兄の、あの表情に──
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