第263話 刃と絆

「お前達は、それをしっかり聞く覚悟があるのか?」


「……ッ」


 隆臣の言葉に、華と蓮は数秒息を止めたのち、また真っ直ぐに隆臣を見つめ返した。


 聞く覚悟──


 正直、あるのかと聞かれたら、ちゃんとした返事を返せなかった。


 ずっと、はぐらかされてきた。


 いつも笑って誤魔化して、兄は、全く話そうとはしなかった。


 内緒にされればされるほど、不満がつのった。


 大好きな兄のことだから、なんでも知っておきたかった。


 だけど、そうまでして隠したいことって、何なのだろう。


 知られたくないことって、何なのだろう。


 もしかしたら、知らない方が幸せなのかもしれない。


 知って、壊れてしまうくらいなら、"今まで通り"知らずにいた方が──


「ないなら、覚悟きめとけよ」


「……!」


 瞬間、隆臣が呟いた。

 そして、その言葉に華と蓮は瞠目する。


「俺も、飛鳥の子供の頃のことはよく知らない。そっちの話になると、いつも話しそらされてたからな。10年一緒にいても、飛鳥がなんで、あんなに家族に依存してるのか、お前達に執着してるのか、俺にも全く分からない。きっと知ってるとしたら、侑斗さんぐらいだ」


「……」


「でも、その侑斗さんですら、話そうとしないのは、飛鳥が嫌がってるからなんだと思う。そんな飛鳥が、やっと話す気になった。でもそれは、


「……っ」


「出来るなら墓場まで持っていきたかったんだろう。でも、それが出来なくなるくらい、お前達が自分に不満を抱いてるのが分かった。だから、なにもかも壊れる覚悟で話すつもりなんだろ? なら、今更『聞きたくない』なんて言うなよ」


「………」


 まるで、心を見透かしているような言葉に、二人は息を呑む。


 追い詰めた──確かにその通りだ。


 自分たちは、今まで兄にどんな言葉をかけてきただろう。


 必要以上に問いつめた。


 いつも隠し事ばっかりだって、責めた。

 話してくれない"不満"を、ぶつけた。


 自分達がむけたあの言葉は、きっと話したくない兄にとっては、心を抉るような"刃"だったに違いない。


「どの道、今聞かなければ、もう二度と聞くことはないだろう。お互いに、もやもやしたものを抱えて生きていくよりは、今ここで腹割って話し合った方がいいと、俺は思う。もしかしたら、今までの関係が壊れるかもしれないけど、それを覚悟で飛鳥が話すつもりなら、お前達もしっかり覚悟した上で、飛鳥の話を聞いてやれ」


 淡々と諭す隆臣の言葉に、華と蓮は黙りこくる。


 椅子に腰掛けたままの蓮は、目を細めて俯いて、キッチンに立つ華は、手を止めたまま動かなくなった。


 辺りには、シチューが煮込まれるグツグツとした音だけが響いていて、空気はただひたすら重くなる。


 そうだ。覚悟を決めなきゃいけない。


 兄の話を聞く覚悟。

 聞いたあと、壊れるかもしれない、覚悟。


 だけど──


「無理だよ。"壊れる覚悟"でなんて聞けない」


 瞬間、蓮が重く言葉を放った。

 そして、その言葉に、隆臣が眉を顰める。


「蓮……」


「蓮の言う通りだよ。私も、壊れる覚悟で聞くなんて嫌」


 そして、続けて華が否定的な言葉を放てば、隆臣は更に困惑する。


 それは『聞きたくない』ということなのだろうか?


「お前達……」


「隆臣さん。私達さ、お兄ちゃんと全く似てないって言われ続けてきたよ。髪の色も目の色も違うし、血も半分しか繋がってない。それでも、そんじゃそこらの兄妹弟よりも仲がいいって、胸を張って言えるよ」


「……」


「お兄ちゃんは、壊れる覚悟で話すのかもしれないけど、私達はそんなつもりで聞きたくない。たとえ、お兄ちゃんがどんな話をしたとしても、それが原因で今までの関係が壊れたとしても──また、


「え?」


 その瞬間、隆臣は目を見開いた。

 その華の言葉には、しっかりとした意志を感じられた。そして、そんな華の声を聞いて、蓮もまた口を開く。


「俺たち、兄貴が今までしてくれたこと、全部覚えてるよ。ずっと傍にいてくれて、抱きしめてくれて、叱ってくれて、こんなこと言うのは恥ずかしいけど、俺たち、隆臣さんが思ってる以上に、兄貴のこと"大好き"だよ。だから──だから、壊れるつもりで聞いたりしない。壊れたままになんて絶対しない。何年かかっても"元に戻す覚悟"で、俺たちは、兄貴の話を聞くよ」


「──…っ」


 一瞬、呆気に取られて、隆臣はただただ、二人を見つめた。


 ずっと、頼りない存在だった。

 いつも、飛鳥の影に隠れて守られてた。


 そんな二人が、いつの間にこんなに、逞しくなったのだろう。


「──そうだな」


 すると隆臣は、どこか安心したように微笑んだ。


 正直に言うと、少し不安だった。


 華と蓮から、飛鳥のことを聞いて、もし、飛鳥が帰ってきたら、この三人はどうなってしまうんだろうって


 自分にとっても、まさに憧れのような兄妹弟だったから、そんな兄妹弟の「絆」が、壊れるかもしれないと思ったら、不安で仕方なかった。


 でも──きっと大丈夫だと思った。


 例え、飛鳥が何を話しても"歩み寄る意思"がある、この二人なら。


 きっと、また三人で仲良く笑い合える日が来る──そう、思った。




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