第264話 怪我と祖父母

「ありがとうございました」


 スーッとスライド式のドアが開くと、軽く一礼して、中から飛鳥が出てきた。


 腕には包帯が巻かれていて、まだ少しだけズキズキとした痛みを感じつつも、少し薄暗い病院の待合室まで来ると、エレナと一緒にソファーに座り待っていたあかりが、飛鳥をみるなり慌てて駆け寄ってきた。


「神木さん、大丈夫ですか?」

「!」


 飛鳥の腕をみて、不安げな表情をするあかりに、飛鳥は先程の出来事を思い出して、自身の腕に再び視線を落とす。


 あかりに向けられた一輪挿しを受け止めた際、あの人に傷つけられた左腕。


 多少出血はあったが、幸い縫うほどの深さには達しておらず、医療用テープで繋ぎ合わせるという軽めの処置でことなきを得た。


 まぁ、多少の傷は残るかもしれないけど……


「大丈夫だよ、縫わずにすんだしね」


 すると飛鳥は、きっと責任を感じているであろうあかりに、いつものように笑いかける。


 だが、案の定あかりは


「あの、すみませんでした。私が、ミサさんを逆撫でするようなことしたから……っ」


「…………」


 酷く落ち込んだ様子で、そう言ったあかりに飛鳥は苦笑する。


「なんで、お前が謝るんだよ。あの人が勝手に勘違いしたんだろ」


「でも、関わるなっていわれてたのに……っ」


「あぁ、それは俺が間違ってたよ」


「え?」


 間違ってた──そう言われ、あかりが目を丸くすると、飛鳥は、あかりの後ろで、目を赤くしているエレナに視線をうつす。


「守るためには、関わらせない方がいいと思ってた」


「……」


「でも、よくよく考えたら、子供から助けを求められて無視できるようなやつじゃなかったよ、お前は……」


 少し考えれば、分かるはずだった。


 エレナのことを、あんなにも心配し、気にかけていたあかりが、エレナを見捨てられるはずないことくらい。


「巻き込んで、ごめん」


 真面目な表情で、飛鳥が呟く。


「でも、あかりがいてくれたおかげで……エレナは助かったよ」


 あのあと、エレナから話を聞いて背筋がゾッとした。


 あかりの家が、エレナの家から近かったのが幸いしたのもあるけど、きっとあかりは、エレナから電話をもらったあと、すぐに駆けつけてくれたのだろう。


 もし、これでエレナに、万が一の事があったとしたら、自分はまた、大きな後悔を残すことになっていたのだろう。


 あの、幼い頃のように───…



「いえ、私の方こそ、神木さんが来てくれなかったら、どうなってたか」


「あはは、カッコよかったでしょ俺」


「ふふ……そうですね。初めて王子様らしいところを見た気がします」


「ん? 初めてではないだろ。前に自転車からも守ってやっただろ」


「え? あ、そうですね! すっかり忘れてました!!」


「なんか、お前の中の俺って、すごく情けないやつになってない?」


「そんなことないですよ! とっても頼りになるお兄さんだなって思ってますよ」


 そう言って、ふわりと微笑んだあかりの姿が、また"ゆりさん"に似ていて、飛鳥は少しばかり頬を赤らめたあと、それと同時に双子のことを思い出した。


(華と蓮、心配してるよな)


 病院内の時計を見れば、もう9時になろうとしていた。なんの連絡もなく、こんな時間まで


「あ、そういえば、狭山さんは?」


 すると、ふと思い出して飛鳥は辺りを見回した。


 なぜか、病院に一緒に来たはずの狭山さんの姿が見当たらない。


「あ、狭山さんは、先程先生に呼ばれて……ちょうど神木さんがいなかったので、代わりにミサさんのこと、聞いてきてくるって」


「……そう」


 ちなみに、飛鳥達が今、病院にいる顛末はこうだ。


 あのあと、ミサが泣き崩れたあと、心配した狭山がエレナの家に駆けつけてくれた。


 腕を怪我した飛鳥と、もう立ち上がる気力すらなくなったミサを見て、すぐさま病院に向かおうと、全員を乗用車に乗せた狭山は、その後、夜間受付があったこの病院まで連れてきてくれた。


「てか、狭山さん関係ないよね。俺が行った方がいいのかな? 一応、あの人の息子だし……っ」


「えーと……ミサさんのご両親とか、ご親戚とか、近くにはいらっしゃらないんですか?」


「さぁ、俺その辺、全くわかんない」


「おじいちゃんとおばあちゃんなら、今フランスにいるよ!」


 すると、困り果てる飛鳥とあかり見て、エレナが口を挟む。

 泣き腫らした目はまだ赤いままだが、とりあえず、いくらか落ち着いたようだった。


「え、おじいちゃんとおばあちゃんって、まだ生きてんの?」


「うん。私も電話で話すくらいで、会ったことないから、あまりピンとこないけど……」


 衝撃の事実に、飛鳥が眉を顰める。


 幼少期に、祖父母にあった記憶が全くないからか、飛鳥は自分がどこの国の血を引いているかすら曖昧だった。


 それ故に、もう祖父母など、この世にいないものだと思っていたのだが……


「お母さんが、前の……飛鳥さんのお父さんかな?……と結婚してすぐにフランスにいくことになったみたいで、それからはあまり会えなくなったみたい。それに、今は入院してるみたいだから、どのみち、こっちに来るのは無理だと思う」


「……そう、なんだ」


「…………」


 あかりがそう呟くと、飛鳥もため息をついた。


 あの人の親がフランスにいるとなると、今近くに頼れる人は、誰もいないということだろうか?


 正直、あの状態で、またエレナと二人きりにさせるのは、あまり得策じゃない。


「神木くん!!」

「!」


 すると、そのタイミングで狭山が戻ってきた。


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