第534話 恥じらいと浴衣
「ど、どうするって……っ」
髪に触るか、触らないか。それを再度、問いかけられ、あかりは真っ赤になった。
微笑む飛鳥の瞳は、とても愛おしそうに、あかりを見つめている。
優しくて、穏やかで、それでいで、どこか色気のある瞳。
ただ髪を下しただけだというのに、その見慣れない姿からは、いつも以上の色香がただよってくる。
(ど、どうしよう……っ)
目を反らせないからか、心臓の音が、ますます加速する。
それに、触ってみる?といわれたのだから、触った方がいいのだろうか?
「……ッ」
だが、髪に触るのは、初めてではないはずなのに、不思議と恥ずかしさでいっぱいになった。
友達だった時には、全く意識していなかったはずなのに、両思いだと自覚してからは、彼に触れると言う行為が、はずかしくてたまらない。
すると、あかりは、そっと目を反らしながら
「あ、あの、神木さん…っ」
「ん?」
「その……触るのは…ちょっと…恥ずかしぃ…といいますか……それに、ここ最近、必要以上に……その……積極的すぎるというか……か、神木さんは、そういうのになれてらっしゃるのかも…しれませんが……私は、その、全然…慣れてなくて……あの、だから…っ」
恥ずかしさで、上手く言葉が出てこなかった。
自分でも、何を言いたいのかがわからない。
そして、あかりがあまりにも恥ずかしがるのもだから、飛鳥の心臓も少々、慌ただしくなる。
(なんか、そんな顔されると、こっちまで、はずかしくなってくる…っ)
髪に触って見る?って言葉は、そんなに刺激の強い言葉だったのだろうか?
まさか、髪に触るだけで、ここまで恥ずかしがるなんて思わなかった。
もう、キスまでしてるのに??
(というか、慣れてるって……っ)
そして、その言葉には、少々、納得がいかなかった。
確かに、彼女がいたこともある。
他人を愛せない自分に危機感を抱いて、無理にでも、愛そうとしていた。
だけど、結局、愛せなくて、うまく心を開くことすらできなかった。
だけど、今は、あの時とは違う。
人を好きになるって、こういう感覚なんだって、初めてわかった。
こんなにも居心地がいいと感じる女の子は、あかりが初めてで。
たくさん笑わせて、もっと喜ばせたいと思えた異性も、あかりが初めて。
だから、決して慣れとるわけじゃないし、なれてると思われるのは、納得がいかなかった。
というか、まさか、これまでの彼女たちにも、同じようなことを言ってきたと思われているのだろうか?!
だったら、しっかり弁解しておきたい!
「あのさ、ひとつ言っとくけど」
「え?」
「俺、別に慣れてるわけじゃないから。触っていいなんて、あかりにしか言ったことないし、誰にでも言ってるわけじゃないよ」
はっきり目を見て、あかりに伝えた。
なにより、家族にだって、滅多に触らせることはない。
たまに華に髪いじられることはあっても、自分から触っていいと言ったのは、これが、初めてで──
「あかりだけだよ。俺が、こういうこと言ったり、したりするの」
「っ……」
信じて?──と、でもいうように飛鳥が訴えれば、あかりの羞恥心は、限界まで膨れ上がった。
「だ、だから、そういうの、なれてないって言ってるじゃないですか!」
「え!? じゃぁ、どうすればいいんだよ!」
「だ、だから、もうちょっと、抑えてください」
「抑える??」
「あの、だから……言動を控えて…っ」
慌てふためくあかりは、想像以上に初心で、可愛いなとおもった。
手を繋ぐのも、甘い言葉を囁きたくなるのも、全部、あかりが可愛いからなのだろう。
だが、控えろと言われたら、ちょっとは控えた方がいいのかもしれない。
嫌われたくはないし──
「わかったよ。次からは、控える」
「ホントですか?」
あかりの表情が、ちょっとばかし安堵の表情に変わる。
(……といっても、控えるって、どうすればいいんだろう?)
髪に触る?というのがダメなら、何を話せばいいんだ?
というか、これは、しゃべるなってことだろうか?
なら、じゃべれなくなる前に、これだけは、言っておきたいと思った。
「あのさ、これだけは言わせて?」
「え?」
「浴衣姿、すごく似合ってる」
「……!」
それは、会った時から、ずっと思っていたことだった。
黒地に桜柄の浴衣が、あかりの雰囲気によく合っていて、すごく綺麗だと思った。
だが、控えると言った直後に、またもや恥ずかしくなるようなことを言われて、あかりの頬は、カッと熱くなる。
「ひ、控えるって言ったばかりじゃないですか!?」
「いや、これくらいは普通だろ!」
「普通じゃないです! 神木さんにいわれると、胸がドキドキして」
「え?」
「と、とにかく! 私のことは褒めなくていいです! それに、私の浴衣姿よりも、神木さんの浴衣姿の方が、何千倍も似合ってますから!」
「は?」
「す、凄いですね! 金髪なのに和服が似合うなんて! やっぱり、神木さんは、何を着ても似合いますね! あ、もちろん、ロリータ服も完璧に似合っていて、素晴らしかったですよ!」
「お前、それを今蒸し返す!? できれば忘れて欲しいんだけど!」
「忘れませんよ、一生!」
恥ずかしさから、ごまかすのに必死だった。
だから、さっきとは違うことを言っているのに気づかなかった。
「一生?」
「へ?」
「さっきは、忘れるって言ってたのに?」
「……っ」
そう言って、目を細めた飛鳥は、とても嬉しそうで、あかりが、一生忘れないと言ったことを、喜んでるいるのが伝わってきた。
そして、その表情を見ると「忘れる」といった、さっきの自分の言葉が、どれほど彼の心を傷つけたのかが、よくわかった。
(すごく、嬉しそう……っ)
こんな些細な一言に、こんなにも喜んでくれる。
それだけ彼は、私のことを好きでいてくれる。
きっと、こんなに、幸せなことはない。
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