第120話 偏愛と崩壊のカタルシス⑥ ~出会い~

 

「ねぇ……これ、いる?」


 道路沿いの歩道で、一人座り込んでいた俺に、その人は声をかけてきた。


 泣きながら後ろを振り向けば、そこには女の人がたっていて、俺は、その人を呆然と見上げた。


 胸元辺りまで伸びた髪は、ミルクティーみたいな、とても明るい色をしていた。紺色のジャケットに赤いチェックのスカートは、どこかの学校の制服なのだろう。


 ブレザーを着たその姿は、一般的に女子高生といわれる年代の人だった。


 だけど、そのお姉さんが差し出してきたものを目にして、俺は体を強ばらせた。


 涙でいっぱいになった目で、改めて確認すると、その手には、さっき俺が放り投げたペットボトルが握られていた。


 俺はその人が、あの時コンビニで声をかけてきたお姉さんだと気づいて、青ざめる。


 警察に連れていかれるのかな?

 それとも、お母さんを呼ばれるのかな?


 いろんなことが頭を駆け巡って、涙が止まらずに溢れてくると、俺はしゃくりあげるような声をあげた。


「ひっ……ぅ、ごめ……な…さぃ…っ」


「そんなに怖がんないでよ。ほしかたんじゃないの? これ」


 すると、お姉さんは、ちょっと困ったような顔をして、その場にしゃがみこんだ。


 そっと俺の顔を覗きこんで、優しく微笑む姿を見て、また涙が溢れてきた。


「おれ……っ、けいさつ……に、つかまる、の?」


「え? 警察?」


 俺がそういえば、お姉さんは、きょとんと目を丸くて、驚いていた。


「警察に捕まるような悪ガキなの、君」


「だって、おれ、それ持っていこうとして……だから……っ」


 悪いことをしたら、お巡りさんに捕まるのだと、子供ながらに理解していた


 ひくひくと震えながら泣く俺を見て、お姉さんは、手にしたペットボトルを見て「あー」と納得したような声を上げると、その後、また優しく笑った。


「あはは、なんだこれのこと~? 万引きするつもりだった? でも、取ってないし。それに、これは、私が買ってきたやつだから警察には捕まらないよ!」


「でも……っ」


「でも、じゃないの! 本当に大丈夫だから。はい、喉乾いてるんでしょ?」


 そういうと、お姉さんは、ペットボトルの蓋を開け、またそれを俺の前に差し出してきた。


 お姉さんは、その後も、ずっと笑っていて、怒られないことを確信して安心したのか、俺はその後おそるおそるペットボトルを受けとると、意を決して喉に流し込む。


「ねぇ、君いくつ?」


「4歳……」


「はぁ!? 4歳!?」


 瞬間、年齢を聞いて声を張り上げたお姉さんに、俺は再びビクリと肩を弾ませた。


「あ、ごめん。4歳とか……幼稚園児がこんなところに一人でいるとかヤバイじゃん! お母さんか、お父さんは? はぐれちゃったの?」


「……」


 小さな子供が一人で、こんな車通りが盛んな歩道にいたことに、お姉さんは真剣な顔をして、俺を見つめてきた。


「お母さん、一緒に探しにいこうか?」


「──や、やだ! いきたくないッ!」


 思わず、顔をあげ、そういった。


「俺ッ……帰りたく……な……ッ」


 とっさに放った言葉は、紛れもない本心だった。


 もう、あんな家帰りたくない。


 すると、お姉さんは、その後暫く黙り込んだ後──


「あ、膝とか手とか、擦りむいてるじゃん!」


 そう言って、俺の右膝を指さした。


 それは、窓から飛び降りた時にできた傷だった。みれば、血が滲んでいて、久しぶりに出来た傷は、ジクジクと鈍い痛みを発していた。


「立てる?」

「え?」


 お姉さんは、そういって、俺に手を差し出してきた。


「こんなところにいたら危ないし、この先に公園があるから、あっちいこっか? その怪我、消毒してあげる」


「…………」


 知らない人に、ついて行ってはいけない。


 そう、厳しく躾られいたはずなのに、俺は不思議とその手をとると、公園まで着いていくことにした。

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