第237話 変化と指先
「蓮華、午後から雨らしいから、傘持っていけよ」
高校に行く準備を済ませた後、華と蓮が玄関に立つと、飛鳥が傘立てを見ながら声をかけた。
玄関先で外を確認すると、空にはすでに厚い雲がかかっていて、それを見た華が小さくため息をつく。
「雨かー。今日は文化祭の練習があるのに」
「仕方ないだろ。じゃぁ兄貴、いってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
いつも通り挨拶をすると、双子はそれぞれ傘を手にし、家から出ていった。
その後飛鳥は、無事送り出したことに息をつくと、再びリビングに戻り、キッチンで朝食の後片付けを始めた。
スポンジを手に取り洗剤をつけると、3人分の食器を洗い始める。
いつも通りの朝──
だが先日、華にあかりとの関係を問いただされてから、飛鳥は双子との間に漠然とした不安のようなものを感じるようになっていた。
(なんだか、嫌だな……この感じ)
華と軽く修羅場ったあと、蓮が仲裁に入ってくれたおかげで、華とも仲直りでき、無事ことなきを得たはずだった。
だが、あの後から、どこかぎこちないというか、今までの兄妹弟の雰囲気とは、何かが変わってしまったように感じた。
(でも、こうなったのは……全部、俺のせいだよな)
食器についた泡を丁寧に洗い流しながら、飛鳥は先日、蓮に言われた言葉を思い出した。
『兄貴、昔から俺たちに隠し事ばかりだよね』
そういった蓮は、どこか悲しそうだった。
別に、あかりのことを隠そうとしたわけじゃない。
だけど、二人に隠し事をしているのは確かなことで、それが原因で不安にさせているのも、よく分かっていた。
(このままじゃ、ダメなんだろうけど……)
争いや不安の種は、出来るだけ作りたくない。
自分は幼い頃、家族が崩壊していく様を嫌というほど見てきた。
仲が良かったはずの両親は、次第に喧嘩をするようになった。
目を合わさなくなって
会話をしなくなって
いつしか、父は帰って来なくなって
それから少しずつ、"あの人"は変わり始めた。
(もう……あんなの嫌だ……っ)
もし、隠し事をしているせいで、二人を不安にさせているなら、全部、話したほうがいいのかもしれない。
幼い頃のことも
エレナのことも
そして
俺の”母親”のことも──
ガシャン──!!
「ッ!?」
だが、考え事をしていたせいか、洗っていたコーヒーカップが手元から滑りおちると、シンクの中でガラスの音が響き渡った。
見れば、手元から滑り落ちた蓮のカップが、見事、華のカップの上に落ち、二つのコーヒーカップがものの見事に割れてしまっていた。
愛用のカップを割ってしまったことに飛鳥は表情を曇らせると、割れたカップを拾い上げようと、シンクの中に手を伸ばす。
「い……ッ」
だが、その瞬間、指先に鋭い痛みが走った。
どうやら、拾いあげようとしたカップの破片で傷つけてしまったらしい。
指先には、ジワジワと赤い血が滲んでくる。
「………」
すると、痛む指先を見つめながら、不意にあの日の残像が蘇った。
『ゆりさん、死なないで──ッ』
幼かったあの日、まだ小さかった自分の手に、べっとりとついた
──ゆりさんの”血”
「……悪いことって、重なるもんだな」
自分の指先を見つめ、呟く。
もう、あんな思いしたくない。
家族が壊れていくのなんて、見たくない。
だから……
「ちゃんと話さなきゃ……華と蓮に──」
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