第238話 強さと憧憬

「あー彼女欲しい~」


 大学が終わり、いつもの喫茶店でお茶をしていると、窓際の席で大河たいががつまらなそうな声を発した。


 窓の外には、午後から降り出した雨がしとしと音を立てながら降っていた。


 10月も中旬にさしかかり、秋が深まりだした雨の日は、ほんのり肌寒い。


「お前、最近そればっかだな」


 向かいに座る隆臣たかおみがコーヒーを飲みながら大河に話しかける。


 ここ最近、大河はことある事に「彼女が欲しい」などといっているのだが


「だって、今、何月だと思う!? 10月だよ、10月!! 二ヶ月後にはクリスマスがくるんだよ!! てか二人とも”彼女欲しい”とか思わないの!? このままいけば、俺たち3人ともぼっち確定だよ!?」


「別にぼっちじゃないよ。クリスマスは、家族と過ごすし」


「俺もクリスマスはバイトだし」


「あぁぁぁぁ、いいのか それでぇぇ!! 俺たち大学生だよ! もう20歳すぎたんだよ! お酒も飲めるし、夜遊びしても補導されない年頃になったんだよ! それなのに、家族と過ごすとか、バイトだとか言ってて虚しくないの!?」


「うるせー」


「余計お世話」


「だいたい、大河もクリスマスはバイトだろ?」


「う……っ」


 力説するも痛いところをつかれて、大河は押し黙った。


 確かに、大河が週末バイトしている遊園地ラビットランドは、クリスマス・イブの24日から25日にかけて、クリスマスイベントを開催する。


 つまりスタッフは、基本的に出勤するハメになるのだが


「そうなんだけどさ~でも、たまには『彼女と約束があるんで~』とかいってクリスマス休みたいじゃん! 三年連続クリスマスにバイトだなんて……!」


「「…………」」


 テーブルの上に突っ伏して項垂うなだれる大河をみて、飛鳥と隆臣は憐れむような視線をむけた。


 確かに、クリスマスは恋人のイベントだ。


 しかも場所が遊園地なら、さぞかしカップルで賑わうことだろう。


 そんなイチャつく恋人たちを見つめながら、クリスマスに仕事とは、さすがにかわいそうな気もしてきた。


「そういえば、武市たけちくんて、好きな子はいないの?」


 すると、流石に不憫に思ったのか、飛鳥が大河に優しく問いかけた。


「好きな子ですか?」


「うん」


「好きになったのは、高2の時に一目惚れした神木くん以来いません!」


「うわ、聞かなきゃ良かった」


 せっかく心配してやったのに、最後に好きになったのが、まさかの自分とは。


 飛鳥が軽く呆れかえると、今度は隆臣が


「飛鳥、お前責任取れ。あの日、お前に一目惚れさえしてなければ、大河も、もう少しまともな人生歩めてたと思う」


「責任てなに! 女の子でも紹介しろってこと? てか、なんで俺のせいになるの?」


「お前の女装姿はシャレにならねーんだよ。大体、あと何年たったら、れっきとした男になるんだ?」


「今でも、れっきとした男なんだけど!」


 隆臣の言葉に、飛鳥が不愉快そうに眉を顰める。


 だが、大河が一目惚れをした例の学生時代。


 飛鳥の桁外れた可愛さを前に、道を踏み外しそうになった一般男子高校生が、果たしてどれだけいたことか?


 それを思えば、本当にこの美人すぎる友人は厄介なやつだと思う。


「まぁ、大河も彼女がほしいなら、まず好きな子見つけた方がいいんじゃないか? もちろんじゃなく、で」


「そんなこといわれても……あ。でもちょっと気になる子はいるかも?」


「気になる子?」


「はい! 前に神木くんが、教えてくれた、あかりちゃん!」


「「……………」」


 すると、思わぬ人物の名前が飛び出してきて、飛鳥と隆臣は、無言のまま大河を見つめた。


 そういえば、前にあかりの話になったとき、大河は飛鳥にあかりを紹介して欲しいと言っていた。


 あの時は、あかりに関わりたくないと思っていたからか、飛鳥は「自分で何とかして」と突き放してしまったのだが……


「え? あれマジだったの?」


「だって、あかりちゃん、髪長いし優しそうだし、まさに癒し系って感じで! 外見だけいえばド・ストライクなので、一度お話だけでも出来たらなーとは」


「…………」


 そう言われ、飛鳥は改めて、あかりのことを思い浮かべた。


(話って言われても……そう言えば、あかりってどんなタイプの男が好きなんだろう?)


 別に紹介するのは構わないが、仮に大河を紹介したところで、あかりの好みが大河でなければ、玉砕は目に見えてるわけで


(……あ、でも、あかりに彼氏が出来れば、俺がわざわざ彼氏のフリする必要もなくなるのかな?)


 華にも、あかりとのことを疑われている手前、あかりに彼氏ができれば、友達だって立証できるし、ある意味一石二鳥!


 なのだが……


(でも、あかりって……彼氏欲しがってるようには見えないというか)


 大野のことも、かなり嫌がっていたようだった。それに──


『私は神木さんみたいに、誰かの役に立ちたいとか、そんな立派な目標があるわけではなくて……ただ、に必要な学歴とか資格を取っておきたかっただけなんです』


 前に「なんで司書を目指しているのか?」と聞いた時、あかりはそう言っていた。


(でって、どういう意味なんだろう)


 俺と違って『大切な人』は易々と増やせるくせに、なんで一人で生きていこうとしてるんだろう。


(きっと、あかりのことが気になるのは、そういう所なんだろうな……)


 未だに『家族』に依存している自分と違って、あかりは、親元を離れて一人で暮らしていて、しっかり自立してる。


 忘れたかったことも、忘れずに受け入れて


 前に進んでる──


 俺が、ずっとずっと悩んで、どうしようもなかったことを


 克服しようとして、出来なかったことを


 あかりは、簡単にやってのけてしまうから──


(……なんであんなに、強いんだろう)


 ふと窓の外を見れば、アーケードを彩るハロウィンの装飾が目に入った。


 黒とオレンジに彩られたショーウィンドウはとても華やかで、それは雨の中でも、よく目を引いていた。


 だが、この華やかな装飾も、10月が終われば一気にクリスマス色に変わるのだろう。


(クリスマスも一人で過ごすのかな……アイツ)


 寂しくないんだろうか?


 どうしたら、あかりみたいになれるんだろう。


 どうしたら、一人でも平気だと思えるようになれるんだろう。


(俺には……独りで生きるなんて、絶対無理だ)





 自分にはない『強さ』を持ってる女の子。


 気になるのは



 ただの『憧憬』か?



 それとも───



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