第200話 衣装選びと呼び出し

「……た、武市くんの家で? 二人っきりで?」


「はい! 嫌ですか?」


 その大河の言葉に、飛鳥はニッコリと微笑むと


「嫌。──というわけで、隆ちゃんの家でしよ?」


「ぶっ!?」


 大河の提案を笑顔で拒否したかと思えば、今度は、いきなり名出しされた隆臣が、飲んでいたアイスティーを吹き出した。


「お前、俺を巻き込むな!?」


「だって俺、武市くんの家知らないし。全く知らない家で、俺に一目惚れしたとか言ってたヤバイやつと二人っきりになるんだよ? しかも、そこで服脱いで、女装までするって、無理、怖い。絶対嫌だ…っ」


「……」


 まるで、泣きつかんばかりの勢いで、飛鳥が隆臣に、ひそひそと話をする。


 確かに今でこそ背も伸び、だいぶ男らしくはなったが、未だに髪は長いわ、女に間違われるわで、見た目が中性的であることには変わりはない。


 男物の服を着てるから男だと分かるが、女の格好をすれば、未だに違和感なく着こなせる気がした。


 高校生の時にはノーマルな一般男子高校生に、あそこまで邪な感情を抱かせた厄介すぎる奴だ。


 この容姿に、妙に色気のある仕草。


 いくら大河とはいえ、部屋に二人っきりで、女装までするとなると、確かに、危険な気がしないでもない。


「はぁ……わかったよ。じゃぁ、うちでやればいいだろ」


「ほんと? ありがとう。隆ちゃん!」


 隆臣が、渋々了承すれば、飛鳥は安心したのか、にっこりと綺麗な笑顔を浮べた。


 そして、それを見て、隆臣は思う。


 小五の時から、自分はこの笑顔に弱い。


 笑って珍しく「ありがとう」なんて言われたら「まーいいか」なんて思ってしまう。


(てか……なんで俺は、男を守ってるんだ?)


 そして、ここ10年で染み付いたこの習慣が、酷く憎らしく感じた。


「それより、決められそうですか? なんなら、全部着てくれてもいいんですよ!」


「は? 一着に決まってるだろ」


 すると、また大河が話しかけ、飛鳥が黒い笑顔を浮かべた。


「てか、決まんねーなら。もう、これで決めればいいだろ」


 すると、ついには、しびれを切らしたらしい。隆臣が、バッグの中からノートとペンを取り出した。


 何を始めるのかと、飛鳥と大河がそれをのぞきみると、紙には次々と線が引かれ、下の空欄に先程、提案されたコスプレ衣装が書き込まれる。


「決まらないなら、あみだくじだな」


「あみだ!?」


 するて、隆臣は、飛鳥の前にあみだくじの紙を、ずいと差し出した。


 まるで、運試しとでも言うように──


「マ、マジで?」


「大丈夫。ちゃんとスーツははずしといてやったから」


「おー、これなら簡単に決まりそうですね! さっすが橘~」


「ほら、何番にする?」


「……っ」


 すると飛鳥は、①~⑧までの数字が振られた紙を、じっと凝視する。


「じゃぁ、②番?」


 と、飛鳥が恐る恐る答えると、その②から、あみだくじを進めていく隆臣。


 三人が、紙には視線を集中させる中、そのペンの先に書かれていた衣装は


 果たして──?






 ◇


 ◇


 ◇



「紺野!」

「?」


 30階建てのビルの12階──


 そのフロア内でデスクに向かいパソコンを打っていたミサは、課長に呼ばれ、視線を上げた。


 先程まで電話で何かを話ていた課長。だが、その電話を切るなりミサをよびつけた課長の表情は、少し重苦しい色をしていた。


「なんでしょうか、課長?」


 ほかの社員より少し広めのデスクの前に立つと、ミサは課長に問いかける。


 すると、課長は一呼吸置いた後、ゆっくりと話し始めた。


「今週の土曜日、出社できないか?」


「土曜日?」


 急な出社命令にミサは首を傾げる。


 基本的に事務の仕事は土日休みだ。それに、今週の土曜日は、丁度エレナのオーディションが行われる日。


 どの道、出社するのは厳しい。


「申し訳ありません。土曜日は用事がありまして、出社は厳しいかと……」


「そうか……実は今、社長から内線が入ってな。土曜日、またお前に、秘書課の仕事を手伝ってほしいと言われた」


「………」


 秘書課と聞いて、ミサは眉を顰めた。


 事務職でありなら、秘書課や受付など、ミサはなにかと他の課に応援にいかされることがあった。


 急な欠勤や人手が足りないならば致し方ないと、応えてはきたが……


「あの、ほかの子にお願いすることは出来ないでしょうか? その日はどうしても外せない用事がありまして……」


「お前、この前、秘書課の応援で取引先に行った時、相澤社長にひどく気にいられたそうだな?」


「……っ」


 その言葉を聞いた瞬間、何やら嫌な予感が過ぎる。


 相澤社長は、この会社にとって、とても大口の取引相手で、確かに先日会った際、気に入られたようではあった。


「土曜日は、相澤社長を接待する。紺野、お前は、その相澤社長直々のだ」


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