第15章 オーディション

第199話 喫茶店とコスプレ


 夏休みが終わり、今日から9月に入った。


 華と蓮は二学期がはじまり、朝、眠い目をこすりながら高校に向かい。一方、飛鳥は、10日頃までは、まだ夏休みのため、今日は隆臣と大河に呼び出され、喫茶店にむかっていた。


 暦の上では秋だが、まだまだ日差しは強い。


 飛鳥は、ふと足を止めると、自身の髪に触れた。


 細くて長いその髪は、光に反射すればキラキラと輝き、相変わらず綺麗な色をしていた。


 だが、暑い時は、この髪が、たまに鬱陶しく感じる。


 だけど、切ろうにも、なかなか切る決心がつかないのは、自分の中で、まだ『克服』出来た実感がないから。


(……いっそ、バッサリ切れば)


 気持ちも変わるのだろうか──?


 数ヶ月前に遭遇した『自分の産みの親』の事を思い出し、飛鳥は考える。


 目にしたのは、ほんの少しの間だけ。


 でも、あの人の醸し出す雰囲気は、あの頃と何も変わらなかった。


 あの冷たい瞳も、あの髪の長さも、あの声も。


 変わったとしたら、少し、年老いたことと


 自分の身長が


 あの人より、高くなったこと──





 ◇◇◇




 カランカラン……!


 喫茶店につくと、扉を開け中に入った。


 ベルが鳴ると、顔見知りの店員が「いらっしゃいませー」と声をかけてきて、飛鳥は軽く挨拶をする。


 平日の昼下がり。


 お昼を過ぎた喫茶店の中は、客も少なく、落ち着いていた。


 暑いなか歩いてきたからか、少し汗ばんだ体に、店内のクーラーがひんやりと心地よい。


 飛鳥は、そのまま店内を広く見回したあと、隆臣と大河を見つけると、席へと移動する。


 いつもは、パーティーションで仕切られた奥の席だが、今日は空いてなかったのか、珍しく窓際の席だった。


 外からはまる見えだが、景色を眺めるにはいい席。


「お待たせ!」


 いつも通りにこやかに声をかけると、飛鳥は、4人がけのテーブルで大河と向かい合わせに座っていた、隆臣の横に腰掛けた。


 その後、通りすがりの店員にアイスコーヒーを一つ頼むと、待ってましたと言わんばかりに大河が飛鳥に話しかける。


「神木くん! 今日は大事な話があって!」


「大事な話?」


 突然呼び出され、半信半疑ながらもここに来た。だが、目の前で子供のように目を輝かせる大河をみて、飛鳥は首を傾げる。


「今日は、神木くんが着たい服を聞いておきたくて!! 女装するなら、どんなのがいいですか!?  俺、神木くんが着たいなら、どんな服でも調達してきますから!!」


「いや待って、なんで俺が着たいみたいな話になってんの?」


 大河の言葉に、すかさずツッコむ。


 先日、華と蓮が遊園地に行くのに、ラビットランドのチケットを飛鳥は大河に奢ってもらった。だが、その埋め合わせとして、なぜか「女装」することになってしまった。


 しかも、そんな経緯など全く知らない隆臣は、隣に座る飛鳥をみて


「お前、女装したいの?」


「したいわけないだろ!」


 飛鳥が、笑顔で反論れば、そのタイミングで、アイスコーヒーが運ばれてきて、飛鳥はミルクを注ぎながら、深くため息をついた。


「華と蓮が遊園地行くっていうから、武市くんに聞いてみたら、チケットを奢ってくれたんだけど、埋め合わせに、何してほしいかって話になったら、なんでか俺の女装姿が、もう一回見たいって」


「……あー、なるほど」


 横でぶつくさ言う飛鳥を見つめ、隆臣は小さく相槌をうつ。すると


「つまりお前は、妹弟のために身体を売ったと」


「その言い方やめて!」


 だが、あながち間違ってない。


 チケット奢ってくれたお礼に、わざわざ自分の身もプライドも犠牲にして、身体を差し出しているわけだ。


 ならば、ある意味、身体を売るわけで…


「あのさ、武市くん。今から他のことに変えられないの?」


「逃げるな飛鳥。男なら、約束したことはちゃんと守れ」


「っ……お前、楽しんでるだろ?」


 女装から、なんとか逃げようとする飛鳥を、隆臣が横から追撃する。


 どうやら、もう逃げられそうにない。


「それでは、神木くん! 衣装は何にしますか! いくつか候補は上がってるんですが!」


「候補?」


 大河がキラッキラと目を輝かせると、向かいに座る飛鳥と隆臣は、同時に首を傾げた。


「色々ありますよ~。セーラー服に、メイド服に婦人警官、ナース、浴衣、チャイナ服、巫女さん、チアガール、あとは、キャリアウーマン風のスーツとか!!」


「なんで、そんなマニアックなやつばかり候補にあがってんの?」


「ほぼ、コスプレだな」


 前の文化祭でした女装(女子高生)とは比べ物にならないガチなラインナップに、飛鳥は蒼白する。


「……ちょっと待って、まさか、その中から決めるの?」


「そうですよ! こんな機会滅多にないですし!」


「ていうか、わざわざ調達してこなくても、女装させたいなら、また高校のブレザーでもいいんじゃないのか?」


「まー、神木くんが着てくれるなら、俺はなんでもいいけど……」


「てか、隆ちゃん。なんでブレザーなら調達しなくて済むの?」


 わざわざ調達してこなくても…と言った隆臣に、なにか当てでもあるのかと、飛鳥が問いかける。


「ブレザーなら、華のがあるだろ」


「馬鹿なの!? 妹の制服、兄が着てたら、それただの変態だよね!?」


 まさかの、華から借りてこい!?

 そんな手段でくるとは思わなかった。


「借りるわけないだろ! 大体、華は女子の中でも小柄なほうだから、サイズ合わないよ」


「小柄なほうじゃなければ、女子の服も着れるみたいな言い回しだな」


「あー!! 確かに神木くん! 普通に女物いけそう! Lサイズくらいなら難なく入りそう!」


「………」


 自分で言った言葉に、更なるツッコミが来て、飛鳥は口ごもる。


 そして「入るかもしれない…」と思ってしまった自分に更に泣きたくなった。


「で、飛鳥。どうするんだ?」


「え?」


「ブレザーが嫌なら、さっきの中から選ばないといけないだろ?」


「ど、どうするっていわれても…」


 飛鳥はその後、うーんと考え込んだ。


 はっきりいうと、どれも着たくない。


 だが、着なくてはならない以上、どれかを選ばなくてはならない。


「スーツとかは? まだ、マシなんじゃないか?」


 すると、横から隆臣が、無難なものを提案してきた。


 だが、スーツと言われて、飛鳥は女性用のスーツを着た自分の姿を想像する。


 だが…


「いや、待って無理。スーツだけは無理。俺たぶん吐く。お願いだから、それ以外にして!」


「なんで、そんなにスーツ毛嫌いしてんの?」


 口元を押さえ、ひどく気持ち悪そうにした飛鳥を見て、隆臣が再びツッコむ。


 だが、ちょっと想像したら、とんでもなかった。


 幼い時、モデル事務所に連れていかれる時に、よく「ミサあの人」がスーツを着ていた。


 女装用のスーツ着て、髪を下ろそうものなら、確実に激似する!


「じゃぁ、神木くん! チアガールとかどうですか?」


「えー、なんかスカート短そう。あまり露出しないのがいい」


「ていうか、これ男に着せて何が楽しいんだ? 普通は女の子に着せて楽しむもんだろ?」


「え!? 何言ってるんだよ橘?! この見た目に、この美しさなら、神木くんは性別を凌駕するよ!! ハッキリ言って神木君なら、俺いくらでもいけるとおもう!!」


「「…………」」


 何が?

 何がいけるの?


 ご飯か?

 ご飯何杯でも、いけるよって意味か?


 それとも、別の?


 その先を問うのがあまりに怖くて、飛鳥と隆臣は、ひたすら硬直する。


「そ、そう言えば……女装って、どこでするの?」


 すると、飛鳥が不意に気になったことを、ポツリと呟いた。すると、それを聞いた大河は


「あ。俺の家とかどうですか? 俺一人暮らしだから、家には誰にもいれませんし」


「……え? 武市くんの家で? 二人っきりで?」


「はい! ダメですか?」


「…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る