第470話 お化粧と免除


 

 無事に着付けをすませると、華は姿見すがたみの前で、不思議な感覚に陥っていた。


 ピンクグレーの生地に、百合ゆりの花が描かれたレトロな浴衣。そのせいか、鏡の中には、とても上品で奥ゆかしい少女がいた。


 瑞々しい肌は、ほのかに色づき、べにをさしたことにより、口元がつややかに彩られる。


 だからか、子供っぽいと思っていた顔は格段と女らしくなり、一見すれば、どこかの御屋敷のお嬢様みたいだ。


 そして、そんな自分に驚いているのは、他ならぬ、華自身だった。


(……なんか、私じゃないみたい)

 

 これは、化粧をした、ミサさんの腕がいいからだろう。


 ちんちくりんな小娘が、劇的に、ビフォーアフターしてしまった!


「ミ、ミサさん、これって、詐欺じゃないですか? もう別人というか、なんというか……! 私、彼氏の前で、化粧を落とせないと言っていたお姉さんの気持ちが、今、やっとわかりました!」


「あら、華さん、そんな年上の知り合いがいたの?」


「あ、いえ! 言ってたんです!」


「あぁ、そうなのね。でも、詐欺じゃないわ。華さんは、ゆりさんに似て上品な顔をしているし、きっと化粧すれば、あでやかな子になると思っていたの」


「あ、あでやか……そんなの、初めて言われました」


「ふふ、浴衣も可愛いし、とても綺麗よ。それと、今日使った、ファンデとかリップは、新しいものを買って、今度プレゼントするわね」


「え?」


 だが、その言葉に、華は動揺し


「そ、そんな! メイクしてもらっただけでも十分ですよ!」


「そう言わないで。侑斗は、化粧品のことなんてわからないでしょうし、エレナの件では、とてもお世話になったから、私になにかできることがあるなら、してあげたいの。だから、受け取って」


「……っ」


 ミサが柔らかく笑えば、その表情が、あまりにも兄にそっくりで、華は息をのんだ。


 やはり親子だ。

 その笑みは、見惚れてしまうほど美しい。


 そして、その顔でお願いされれば、不思議とNOとはいえなくなる。


「あ、ありがとうございます……すごく、嬉しいです」

 

 恥ずかしがりながらも、そういえば、受け入れた華を見て、ミサは、ニッコリ笑って喜んだ。


 それに、確かに、父は化粧のことがわからないし、相談もできない。なにより、言ったところで


『華には、まだ化粧は必要ないよ』

 

『そうだ、そうだ。化粧しなくても、こんなに可愛いをだから!』


 なんて言って、兄とふたりがかりで、化粧品不要論を唱えてきそうだ。


「良かったね、華さん!」


 すると、今度は、着付けを終えたばかりのエレナが、華の手をつかみ


「お化粧おぼえたら、華さん、どんどん綺麗になりそう!」


「えー、それはないよー。自分でやったら、とんでもない仕上がりになりそうだもの」


「そんなことないよ! それに、分からない時は、お母さんに教えてもらえばいいよ!」


「え、そんな……いいのかな?」


「いいわよ。いつでも遊びに来きなさい。エレナも喜ぶし……それにしても、侑斗たちは、どんな反応をするかしら? なんだか楽しみね」


(あ、そっか……っ)


 ミサの言葉に、華は改めて、自分の姿を見つめた。


 化粧をして、女らしくなった自分を見て、家族はなんというだろう?


 華は、男三人の反応を、ちょことだけ想像してみる。

 だが……


 (うーん……なんか、からかわれて終わりそう……っ)



 ◇


 ◇


 ◇



「あれ? 父さんは、浴衣着ないの?」


 飛鳥の部屋から出た蓮が、リビングに行くと、そこには、浴衣ではなく私服姿の父がいた。


 もう少しで、48歳になる父の侑斗は、50歳目前でありながらと、まだ若々しい。


 だから、浴衣姿も似合うだろうと思うのだが、侑斗は、見ていたテレビの電源を切ると、勝ち誇ったように答える。


「俺だけ特例で、浴衣、免除になったんだ。華が『お父さんは、もうオジサンだから、浴衣じゃなくていいよ!』って」


「え!? なにそれ、ズルくない!?」


「いやー、だって、この年で浴衣はなぁ。若い頃は着たけど、もう着れない……ていうか、下駄げたで長時間歩きたくない。足腰弱ってるオッサンにはつらい」


「あー、だから、華もOKだしたんだ」


「そーいうこと」


 侑斗が、ぐっと親指をたてる。

 つまり、オッサンだから、許されたと?


 だが、確かに、下駄で歩くのは、意外としんどいし、父には辛いかもしれない。

 

 そう、蓮が、納得していると、今度は蓮の浴衣姿を見て、侑斗が頬を緩めた。

 

「しかし、久しぶりに見たなー。蓮の浴衣姿。爽やかだし、すごく似合ってるぞ! 俺の若い頃にソックリだ!」


「……一言、余計なんだけど」


「あはは。まぁ、そーいうな。それより、飛鳥と隆臣くんは? 着付け、まだおわらないのか?」


「うーん、あと少しかな。でも、隆臣さんなら、兄貴の部屋を追い出されて、今、俺の部屋にいるよ」


「え! なんで!?」


 仲良く着付けの真っ最中かと思いきや、そうではないらしい。


 すると、蓮は、あの後の話を、こと細かに説明し始めた。


「隆臣さん、兄貴に『着付けを教えてほしい』って言ってきたんだけど、兄貴は見られながら着替えるのが、恥ずかしくなったみたいでさ。隆臣さんに『M Tubeエム チューブで、着付け動画検索して、蓮の部屋で着替えてこい』って言って追い出して……だから今、隆臣さんは、俺の部屋で、一人で着替えてる」


「……そうか。災難だったな、隆臣くん」


 せっかく来たのに、追い出されるなんて!?


 だが、喧嘩をしつつも、収まるところに収まったらしく、着付けは順調?のようで、侑斗は、ほっとした。


 なにより、6時には、紺野家に華たちを迎えに行く。

 

「じゃぁ、俺もそろそろ、でかける準備をしますか!」


 そういった侑斗は、久方ぶりの夏祭りを堪能すべく、ソファーから立ち上がった。

 

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