第155話 苦言と選択


「飛鳥、だ」


 瞬間、飛鳥は目を見開いた。

 あまりにもハッキリと告げられた、隆臣の言葉。


 それは、飛鳥にとって、耳を疑いたくなるような言葉で──


「え……なに?」


「だから、全部守るなんて、"お前には無理だ"と言ったんだ」


 飛鳥を見上げ、再度その言葉を繰り返した隆臣に、飛鳥は凍りついたかのように動けなくなった。


 無理? 俺には……?


「っ……なんだよ、それッ」


 分かってる。

 わかってるよ、そんなこと。


 俺には、無理だった。

 俺には、助けられなかった。


 言われたくても

 そんなこと、嫌というほどわかってる。


 だけど──


(そんなに、ハッキリ言わなくても……っ)


 その後、口を閉ざした飛鳥は、きつく唇を噛み締めた。


 どことなく不機嫌そうな顔をした飛鳥。そして、そんな飛鳥をみて、隆臣が小さく息をつく。


「飛鳥……お前、のこと、まだ覚えてるよな?」


「……え?」


 十年前の事件──そう言われ、飛鳥は、またあの誘拐事件のことを思い出すと、苦々しげに眉を顰めた。


「忘れるわけ、ないだろ……あんなっ」


 瞳の奥には、微かな恐怖がうかがえた。だが、そんな飛鳥にむけて、隆臣は、更に声を重くし話し続ける。


「あの時、俺は、。ガキだったとはいえ、我ながら情けないと、今でも思う」


 視線を落とし、当時を振り返る隆臣の表情は、ひどく気落ちした顔をしていた。


 もしかして、まだ、気にしているのだろうか? あんなに、昔のことを──


「ッ……隆ちゃ」


「それでも俺、あの時、お前のもとに戻ろうとしたんだ。早く戻って、神木を助けないとって。だけど、俺は」


「……」


「戻れなかった」


 部屋の空気が、更に重くなる。


 その言葉は、まるで過去の自分を責めているような、そんな暗然とした言葉だった。


 きっとあの事件は、隆臣にとっても忘れられない深い傷になっていて、飛鳥は、とっさにベッドから身を乗り出すと、床に座り込む隆臣に向けて、声を荒らげた。


「隆ちゃん、もしかして、まだ気にしてたの!? いいよ、気にしなくて! あれは、俺が逃げろって言ったんだし!」


「あぁ、そうだな。お前が、俺を逃がしてくれたんだ。まだ小学5年生の子供だったお前が、さして、仲も良くないクラスメイトの俺に、なんの迷いもなく『逃げろ』って叫んで、俺を逃がしてくれた。あの時、一番怖かったのは、捕まった、お前だったはずなのに」


「……っ」


「飛鳥、お前は"強い"よ。子供の頃から冷静で、物事を、よく見てる。その上、度胸もあるし、機転も利く。俺は、あの時、怯えることしか出来なかったのに、お前は、あの誘拐犯に一人で立ち向かっていったんだからな。でも……、お前には無理なんだよ」


「え?」


 だからこそ?

 ──その言葉に飛鳥は困惑する。


「なに、言って……っ」


「お前、大切なものを守りたいんだよな? なら、お前の"大切な人"と、"そうでない奴"が、崖から落ちそうになってて、その二人の手を一人で掴んでいたとしたら……お前はどうするんだ?」


「え……?」


「その"大切な人"を助けるために、もう一人のどーでもいい奴の手を離すのか?」


「っ……そ、れは」



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