第369話 誤解と悄然


「神木さんて、橘さんと付き合ってるんですか?」


「は?」


 あかりから放たれた衝撃の一言。

 それを聞いて、飛鳥は目を見開いた。


 付き合ってるのか?

 そう聞かれたのは、わかった。


 だが、その相手は……


「あかり」

「は、はい」


 すると飛鳥は、ニッコリと微笑むと


「お前、俺の、わかってる?」


「わ、わかってます。男性、ですよね?」


「うん、男性だよね。じゃぁ、なんで、そのの俺が、と付き合ってるなんていうの?」


「う……っ」


 口調は、とても穏やかだった。

 相変わらず、鈴のなるような清廉とした声だ。


 だが、その声とニッコリ笑った笑顔とは対照的に、言葉はチクチクと痛い。


 もしや、これは、逆鱗に触れてしまったのでは!?


「あ、あの、最近は、同性愛的な話も大分オープンになって来ましたし! 神木さんと橘さんなら、ありえない話ではないかなーなんて!」


「あはは! ありえないな~、絶対ありえない!」


「で、でも、聞いたんです!」


「聞いた?」


「と、とある方から、お二人がお付き合いされていると聞きまして……でも、さっき面接の時には、美里さんから、付き合ってないとも聞いて」


「お前、どんな面接、受けてきたの?」


 なぜ、自分と隆臣の交際の有無を、面接時に話さなくてはならないのか!?


 その状況は、皆目見当もつかなかったが、とりあえず、自分と隆臣に関する、よくない噂が広まりつつあるのは、よくわかった。


「その、って、誰?」


「え?」


「俺と隆ちゃんが付き合っるって、誰が言ったの?」


「え……と」


 瞬間、ピリッと引き締まった空気に、あかりは冷や汗をかいた。


 もしこれで、から聞いたと言ったら、どうなってしまうだろう。


 もしかしたら、また関係が悪くなってしまうかもしれない。今日やっと、歩み寄り始めたばかりだというのに……!


「そ……それは、ちょっと、言えません」


「言えない? なんで? 大学の人?」


「だ、大学の人では」


「じゃぁ、なんで話せないの? 別に、相手を責めたりしないよ。ただ、元凶は突き止めておかないと、変な噂が広まって、あとでややこしことになっても困るし」


「そ、そうですけど……っ」


 だが、それでもあかりは話そうとはせず、しばらく黙り込んだあと、飛鳥は、無音のため息をついた。


 どうして、好きな女の子に、男と付き合ってると思われなくてはならないのか?


 あかりに、そんな話を吹き込んだ相手を、軽く恨みたくなった。


 だが、ずっと誤解されたままでいるよりは、いいだろう。今、あかりが聞いてくれたのは、不幸中の幸いだ。


「ちゃんと話して……俺はともかく、隆ちゃんに悪いから」


「そ、そうですよね、橘さんに……あ」


 だが、その瞬間、あかりは、あることを思い出した。あのお花見の日、ミサは、言っていたのだ!


『私も、、驚いてしまって……』


 ──と!


「あ、そうでした! その方、から聞いたって言ってました!」


「は?」


「ですから、橘さんから聞いたみたいなんです! もしかしたら、橘さんは、神木さんと付き合ってるつもりなのかもしれません!」


「…………」


 ──何いってんだ、こいつは。


 流石にありえない話に、飛鳥もツッコミたくなった。


「あのな。隆ちゃんが、そんなこと言うわけないだろ!」


「でも、確かに、橘さんに聞いたって言ってたんです! それに、神木さんに、その気がなくても、橘さんは神木さんのことが好きなのかもしれないじゃないですか!」


「え?」


「だって、お二人、いつも一緒にいますし、親友通り越して、恋人って言われても違和感ないくらいですし。なにより、神木さんは、橘さんの気持ちを、しっかり確認したことあるんですか!?」


「か、確認って……っ」


 隆ちゃんの気持ちを?

 俺を、好きかどうか?

 しかも、恋愛対象として?


「そんなの、確認しようと思ったこと、一度もないよ!」


「だったら、真実は分からないじゃないですか! 本当は好きで、でも友達でいるために、隠しているのかもしれないし……!」


「隠してるって……でも、俺たちは男同士で」


「好きに、男とか女とか関係ありません! なにより神木さんは、同性に好かれてもおかしくないくらい、魅力的な人です! 見た目だけじゃなくて、中身もとても素敵だし! 優しいし、しっかりしてるし! 一緒にいると、つい、甘えなくなってしまうような……そんな……っ」


 そんな、温かくて優しい人で──


 だから……っ


「だから、橘さんの気持ちを、確認すらせず、ありえないなんて決めつけないであげてください!!」



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